13 夜会の支度
昼食を終えると夜会の準備が始まった。
夜なのにどうしてそんなに早くからなのか疑問を抱いたが、『まずはお嬢様を磨きます』と侍女に宣言された。
湯船に入れられ、身体を温めると全身を丹念に擦られる。
お湯からあがると今度はオイルを使ってのマッサージだ。
気持ちがいいけれど……夜会の前にこんなことをするのだろうか。
お母様はそこまでやっていない気がする。
侍女に尋ねたところ、お母様はいつどのような場に出ても良いように日頃から磨いているのだそうだ。
……貴族って大変だ。
洗った髪を乾かしながら梳かれていると、試験の結果が届けられた。
やはり政治関係が弱いようだ。
そもそもこの国の女性は政治には関わらないものだけれど、妃となればまた別なのだろう。
(そういえば、各自学ぶように言われたけれど……家庭教師を雇えないのかしら)
家での勉強は、本を読むか両親やお兄様から学んでいた。
お兄様には家庭教師がついていたから私もつけて欲しかったけれど……我儘になるかと言い出せなかったのだ。
家族は血の繋がっていない私にたくさんのものを与えてくれる。
だから逆に……望むものがあっても、これ以上欲張ってしまったらゲームのリナのようになってしまうと言いづらかったのだ。
でも、家族と離れている今ならば言えるかもしれない。
とりあえずマチューに聞いてみよう。
「お嬢様。どちらのドレスにいたしましょう」
侍女が二着のドレスを手にして私の前に立った。
夜会用のドレスは五着持ってきているそうだが、国王陛下に初めてお会いするので特に品格のあるドレスにすべきだという。
――社交界デビューもしていないのに何故そんなにドレスを持っているのかというと、これは私を着飾らせて喜んでいるお母様の趣味だ。
「そうね……水色がいいわ」
私の髪色は濃紺なので、ドレスは明るい色が多い。
特に水色は好きな色なのだ。
やはり、最初の夜会は好きな色で参加したい。
裾が大きく広がったドレスにはレースやシフォンで作られた白薔薇があしらわれている。
袖はないが、肩に飾り付けられたドレープやレースで二の腕の痣が見えづらいように工夫されている。
ダンスを踊るときには見えてしまうだろうが、一瞬だから目立たないだろう。
私のために作られたドレスは全てこの痣が隠れるようになっている。
アクセサリーは大粒のサファイア、ハーフアップにした髪には白薔薇を模した髪飾り。
休憩を挟みながら、準備を終えたのは夜会が始まるギリギリの時間だった。
「可愛らしいですわ、お嬢様」
「本当に。まるで天使のようです」
やり遂げた満足感と充実感に満たされた侍女たちの言葉を受けながら鏡に映る自分を見る。
(確かに……自分でいうのもアレだけど、可愛いわ)
この四年で成長したとはいえ、他の令嬢と比べると小柄で華奢な体つき。
その体型と、スカート部分をパニエで大きく膨らませたドレス、そして大きな目を持つ顔立ちは美しいというよりも可愛らしい印象だ。
ゲームのリナとは同じ顔のはずだけれど、向こうは性格のキツさが目つきに現れていて、化粧やドレスも濃い色を使っていた。
今の私はどちらかというとタレ目で、化粧も侍女曰く『愛らしさを強調して』みたそうで、体つきと相まって幼く見えた。
本来の夜会は、エスコートしてくれるパートナーと共に参加するのが決まりだ。
けれど今回の参加者はお妃候補ばかりということで、護衛騎士がエスコートを担当する。
正装の騎士服に身をつつんだマチューは三十歳くらいだろうか、騎士らしい立派な体格で、肩には幾つもの勲章が飾られている。
おそらくかなりの立場なのだろう。
そんな人がお妃候補の護衛などやっていていいのかと尋ねてみたら、『私は今後王太子妃の護衛責任者となる予定です』と教えてくれた。
他の候補者の護衛騎士もまた、王太子妃の護衛となる予定のものばかりだそうだ。
お妃の護衛は男性王族と比べて気を使う部分も多く、彼らにとっても今回の選考会は訓練の機会となっているという。
「家庭教師ですか」
マチューのエスコートで夜会会場へ向かう途中、私は尋ねてみた。
「ええ、独学でもいいのだけれど……短期間で学ぶにはその方が効率がいいかと思いまして」
「かしこまりました、聞いてみましょう」
別に私がお妃になるのではないのだから、そう真剣に学ばなくてもいいのだろう。
けれど、試験問題で解けないものがあったことが、正直悔しかったのだ。
「よろしくお願いします」
「他にも何かご要望がございましたら遠慮なくお申しつけください」
笑顔でマチューはそう言ってくれた。