11 密会
宵闇の広がる、離宮を縁取る庭園の東屋に座る人影があった。
その人影へ、もう一つの影が近づいていく。
「――殿下」
「ソフィアか」
声をかけられ、先にいた人影が顔を上げる。
「『帽子の天使』はいらっしゃいましたか」
「ああ」
月明かりもない夜の庭でその表情は分かりにくいが、目の前の青年は口角を上げたようだった。
「間違いない。やはりリナ・ロンベルク嬢だ」
「そうでしたか」
「それで、ソフィアから見て彼女はどうだ」
「そうですわね、ロンベルク夫人の教育の賜物でしょう、立ち振る舞いに問題はございませんわ」
リナは謙遜していたが、彼女の手本のレベルが高すぎるのだ。
他の同世代の令嬢たちと比べれば全く問題はない。
「性格も謙虚で穏やかなようです。出自以外は問題ないかと」
「……そうか」
エルネストは頷いた。
「それで、その出自ですが」
ソフィアは言葉を続けた。
「孤児院出身で両親の身元は不明とのことですが、おそらく貴族でしょう」
「何故そう思う」
「顔立ちです。平民と貴族とはやはり持って生まれた作りが異なるものですが、彼女からは平民らしさが感じられません」
「……そうか」
「リナ様の本当の出自が明らかになれば、より選びやすくなるでしょう」
「ロンベルク公爵は知っているだろうか」
「さあ、それは何とも……けれど今まで全く表に出さなかったのです、何らかの事情はあると思いますわ」
「そうか、分かった」
エルネストは立ち上がった。
「リナ嬢の出自については調べてみる。君には彼女を見守って欲しい」
「ええ、勿論ですわ」
「感謝する」
「ふふ、感謝なんていりませんわ」
ソフィアは笑みを浮かべた。
「私たちは共犯者でしょう」
「――ああ、そうだな」
エルネストが立ち去るのを見送って、ソフィアもまた自身の部屋へと帰っていった。
「……ふうん」
しばらくして、木陰からもう一つ影が現れた。
「共犯ねえ……何か色々と『ゲーム』と設定が違うのね」
ローズゴールドの髪を揺らして、アリスは遠ざかったソフィアの後ろ姿を見ながら首を傾げた。
「まあ、追々分かるのかな。それより問題は『悲劇の悪役令嬢』ね。『帽子の天使』なんて……呼び名はちょっと微妙だけど、殿下と会ったことがある設定なんてあったっけ。それに孤児院ってどういうことなんだろ」
頭を巡らせ、見上げたその先にある部屋。
――既に灯りの消されたそこはリナ・ロンベルクの部屋のはずだ。
「計画、練り直さなきゃかなあ」
呟くとアリスはあてがわれた部屋へ戻ろうと身を翻した。