10 アデール
晩餐の時間は淡々と過ぎた。
初日ということで皆様子見なのだろう、隣の席の者と時折会話を交わす程度だ。
私もソフィア様と、料理についての感想などを話した。
食事を終えると、このまま部屋へと帰ってもいいし、手前にある控え室へと移動して候補者同士交流を深めても良いと言われた。
「リナ様はどうなさいますか」
ソフィア様に尋ねられる。
「そうですね……私は部屋へ戻ります」
おそらくこの場では社交性を見るのだろう。
けれどさすがに今日は疲れたし、私はお妃になるつもりはないのだ。
もう休みたい。
「そうですか。では私も戻りますわ」
ソフィア様と二人、部屋に戻るのに控え室を通り抜けようとしたその時。
「まったく、嫌ですわ。こんな下位の方々と同じ扱いだなんて」
大きな声が聞こえてきた。
「アデール・ラビヨン様ですわね……あんな大声で」
ソフィア様が眉をひそめた。
真っ赤な髪に、意志の強そうな茶色の瞳。
アデール様はゲームでヒロインに何かと対抗してくる侯爵令嬢で、気位が高く何かとヒロインが子爵令嬢であることを貶してくるのだ。
アデール様の前には三人の令嬢がいた。
(あれは子爵三人娘……)
ヒロインを含めて三人いる子爵令嬢は、爵位の低さから仲間意識が芽生えて友人関係となるのだ。
(すごい、やっぱりゲームの世界なのね)
ゲームで見たのと同様の展開に、不謹慎ながら少しワクワクしてしまう。
「子爵令嬢がお妃候補だなんて何を考えているのかしら」
不快な表情を隠そうともしないアデール様の声に、部屋の空気が悪くなっていく。
「アデール様。その辺にしてはいかがかしら」
見かねたのだろう、ソフィア様が声をかけた。
「……ソフィア様」
「ここにおられる方は皆、お妃候補として王宮が選び陛下が承認されたのです。問題はございませんわ」
「……」
自分より高位のソフィア様の言葉に言葉を詰まらせたアデール様の、視線が私と重なった。
「――だからといって子爵の娘や、孤児院育ちの卑しい者にお妃が務まるとは思えませんわ」
「アデール様っ」
「ソフィア様」
声を上げたソフィア様の腕に触れた。
「ソフィア様まで大きな声を出さなくとも……」
「ですが」
「他の方々と比べて……四年前に貴族となった私にお妃が務まらないのは本当のことですもの」
位の低い子爵令嬢とはいえ、生まれた時から貴族なのだ。頑張ればお妃にだってなれるだろう。
けれど四年前まで……貴族どころか、人間としても扱われていなかった私には、とても無理な話だ。
「リナ様、そのようなことは……」
「――自覚しているならいいですわ」
私を睨みつけると、髪を翻してアデール様は控え室から出て行った。
「リナ様……」
「帰りましょう、ソフィア様」
悲しげな表情で私を見たソフィア様に笑顔を向けると、私は部屋にいる令嬢たちを見渡した。
「ご不快にさせて申し訳ございませんでした」
部屋を出て行こうとすると、私をじっと見つめていたアリスと一瞬視線が合った。