プロローグ
『お姉ちゃん、大好き!』
「あんたなんか生まれなきゃよかったのに」
『お姉ちゃんが私のお姉ちゃんで良かった!』
「あんたが私の姉だなんて最悪だわ」
『ずっと一緒だよ、お姉ちゃん』
「さっさと行きなさいよ、その汚い顔見せないで」
『――お姉ちゃん、お姉ちゃん……死なないで……』
「ああもう、ホント邪魔。さっさと死ねばいいのに」
『お姉ちゃん……ごめんなさい……りなお姉ちゃん――』
「リナ!」
耳元で声が響いて、ハッとして目が覚めた。
「リナ……大丈夫か」
青年が心配そうに私を見下ろしていた。
「リナ? 私が分かるか」
整ったその顔をぼんやりと見つめていると、黒い瞳が不安そうに揺れる。
「……おにい、さま」
「リナ。うなされていたよ、また嫌な夢を見たのか?」
大きな手が頬を撫でる、ひんやりとした感触が心地良い。
「熱もあるな。可哀想に」
優しい声にじわり、と目が熱くなる。
「リナ、もう大丈夫だ。もう誰もお前を傷つけない」
「……はい」
「リナは私たちが守るから。何も怖いものなどないからな」
「はい」
こくりと頷くと、目の前の顔が柔らかく緩んだ。
「リナ、愛しているよ。私の大切な妹」
「お兄さま……私も、大好きです」
「おやすみ。今度はいい夢を」
そっと私の額に口づけを落とすと、お兄様は汗を拭かせよう、と侍女を呼びに部屋から出て行った。
「はあ……あれから二年も経つのに」
天井を見つめてため息をつく。
二年前に比べて減ってきたとはいえ、定期的に押し寄せる悪夢と不安。
治ったはずの傷跡に蘇る痛み。
この不安定な状態はいつまで続くのだろう。
新しい家族の庇護の元で、外の世界を知らず、真綿に包まれるように優しさだけに触れる生活。
「でも……もう、いい加減ちゃんとしないと」
家族に甘えたままでは、きっと『あの未来』が来てしまう。
家族のために。
そして、あの子のために。
「私は――絶対に『悲劇の悪役令嬢』にはならない」
小さく呟いたはずの声が、静かな室内に響いていった。