メルトダウン
私はサラリーマンだ。特に大きな不安も無いが、大きな喜びも無かったので、有給をとって路上で寝てみた。東京の真っ昼間、ホームレスでもない男が、そこそこ良いスーツを着たまま、そこらへんで寝転ぶ。
人々の視線こそ痛いが、普段やらないことをやった開放感で不思議と頭が軽く、気持ちよかった。
そんなこんなで寝ていると、ある人が声を掛けてきた。
「そんなところでどうしてるんです」
彼は真面目そうな男だった。黒縁メガネに七三分け。彼は神経質そうな、わずかに驚きを孕んだ表情をしていた。
「いやね、特に理由は無いんですよ」
「理由がない?」
「そう。突然したくなったんです」
「へえ、そうですか……僕も隣で寝て良いですか?」
「どうぞどうぞ」
彼は私の何かに共鳴したのか、そこで寝転んだ。お互いにそれ以上の話題は無く、話したくもなかったが、気まずさはなく、寧ろこれまでのどんな友人関係よりもある意味心地よい関係だったかも知れない。
二人並んで寝転んでいると、いろんな人がこちらを見る。こちらを見る人の中には、私達に混ざって寝転ぶ者も居た。これはだんだんと大規模になっていき、ついには100人ほどの集団が路上に寝転ぶ異常事態となっていた。
私はなんとなく満足したので、立ち上がって家に帰る事にした。彼らは私を気にかける事無く、ただそこに寝転び続けていた。
数日後見に行くと、そこには1000人規模の集団が寝っ転がっていた。ことの発端となった私はとうの昔に居なくなっているというのに、まだ模倣を続けていた。いや、これはもはや模倣などでは無いのかも知れない。これこそが彼らの自己表現であり自己満足であり自己肯定なのだ。
数年が経った。彼らの集団はそのまま成長を続け、東京都の人口の半分ほどがそうなった時、首都圏は崩壊した。彼らの集団が世界中に飛散するのには時間はかからず、まもなく「なんとなく」は世界を包み込み、世界経済を崩壊させるはずだ。
私は彼らに属さない人々が細々と生きている集落を抜けると、彼らに近づいた。彼らは相変わらず私のようなぼーっと顔で空を見上げ、寝ている。私は彼らの横に寝っ転がった。彼らははじめからそうであったように何も反応せず、私も特段彼らに何を要求するでも無かった。
頭が軽くなり、気分が爽快だ。
世界が融解して行く中、私はそんな自滅的で投げやりな爽快感を抱いていた。




