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その風はどこからか

 勉強の資料として配られた紙に、僕は目を落とす。

 クォーツやジョンと会話をしてわかっていたことだが、資料に綴られているのは英語だ。

 ぼくの世界とこちらの世界、英語の起源はどちらにあるのだろう。

 そんな取り留めのないことを、ぼくは考えていた。


 隣に座る少女は、艶やかなワイン色の髪を前後に揺らして、今にも目をつぶってしまいそうだった。

 クォーツの厳しい視線が彼女に突き刺さるが、注意の前に、午前の講義の終了を知らせる鐘が鳴る。

 はっとして、イヴは面を上げた。


「危ない、寝るところだった」


 起きてはいなかったと思ったが、彼女の基準では睡眠のうちに入らないようなので、ぼくは苦笑にとどめて声をかけた。


「イヴ、お昼一緒にどうかな」

「もちろん。さ、行こ」


 実は結構な勇気を出して誘ったので、笑顔で快諾してくれたことにぼくは安心する。

 支度を整えて教室を後にし、学生の流れに付いて食堂へ向かった。

 講義のなかでクォーツは学院の説明もしてくれたのだが、ありがたいことに併設された食堂であれば、無料で利用できるとのことだ。

 各自に与えられた学生証を示せば良いらしく、こちらの貨幣を持ち合わせていないぼくたちへの配慮に痛み入る。


「イヴはさ」食事を摂りながら、ぼくは訊く。「どんなサイキックを使うの」


 クォーツ曰く、チカラにも個性がある。

 試験では宙に浮く椅子や机に夢中だった。彼女を特別意識していたわけではなかったこともあり、ぼくはまだ、イヴが物を操る光景に出くわしていないので、純粋な興味があった。


「うーん」食べ物を口に含んだまま、彼女は思案顔で唸り、水を飲んで答えた。「わたしにもまだわからない。マナミみたいに速く真っ直ぐ飛ばせないのは、たしかだけどね」

「ぼくもあれは、ほぼ無意識だから――確信はあるけれど、絶対とは言い切れないよ」

「火事場の馬鹿力、って感じだったもんね」

「昨日は本当にひどい目に遭った」ぼくは顔を歪ませて、まだ軋む感覚が残る腕をさすったあと、話を続ける。「課題のことなんだけど」

「発表会のことね」

「うん。でも、イヴもぼくも、自分のチカラをいまいち理解できていない。理解しないと練習も進められないじゃないか」

「言われてみれば、そうね。時間は一日しかないのだし、やみくもに練習したら間に合わないわ。マナミは何か、考えがあるのかしら」

「いや、どうしたものかなって」

「そうねえ」


 ぼくたちは食事の手を止め、一緒になって首をひねる。

 しかし、新入生たるぼくの頭は、超能力という未知の領域で役に立ちそうもない。

 結構な難題にいよいよ頭痛を感じはじめたとき、助け船がやってきた。


「どうしたの、ふたりしてそんな難しい顔しちゃって」


 ぼくたちが囲んでいたテーブルの空席に、ティアは座って言った。

 二人前の食事を手に、遅れてジョンも着席する。


「ティア、ちょうどよかった」と、ぼくは切り出す。「知恵を貸してほしいんだ」

「あたしとジョンは、あなたたちの教育係よ。良いに決まってるじゃない。ね、ジョン」

「当然だ」彼は口端を上げて同意した。「それで、何を悩んでいるんだ」


 ぼくはふたりに、これまでのイヴとの会話を短く伝え、浮き彫りになった問題を挙げた。

 するとティアが笑った。「なーんだ、そんなことかあ。もっと深刻なことかと思ったのに」


「ぼくにとっては深刻さ」

「ふふ、そうね。でも簡単なことだわ。()()()()()()()使()()()()()を思い出して。それが答えだから」


 ティアが教えてくれたことは、概ねぼくの予想通りだった。

 であればやはり、サイキッカーとしてぼくの個性は、速く真っ直ぐ飛ばすことになる。

 ただし、ガラス玉だった点も考慮すると、おそらくは軽いものか小さいもの――あるいはその両方を兼ね備えた物質という条件があるはずだ。

 それについてはおいおい、確認していくしかない。

 差し当たっての方針が決まり、ぼくはイヴの様子を伺った。


「どう、イヴはわかったかい」

「きっとね。わたしはたぶん、大きくて重たいものを操るのが得意なのかもしれない」

「へえ、すごいな」


 線が細く、女性らしいイヴからは、あまり想像ができないチカラだった。

 その意外性に、ますます興味が湧いてくる。

 だがひとまず、ぼくはふたりに感謝を示しつつ、この際なのでもうひとつ、お願いをしてみた。


「それで練習なんだけど、夕方ふたりに時間があったら、付き合ってくれないかな。先輩がいればとても心強いんだ」


 ジョンとティアは快く受け入れてくれた。

 それから食事を再開し、午後を迎える。

 午後はサイキック以外の超能力を持つ学生らと、グループを作り交流して、それぞれのチカラを学ぶ時間だった。

 クリアボヤンサーの特性から配慮をして、男女が分かれることになったので、ここで一旦イブとは離れる。

 彼女と夕方に寮で待ち合わせの約束をして、ぼくは指定されたところへ移動する。

 すでに数人が席に着いており、当然ながらぼくとは異なる、その人たちの肌や髪色を見て緊張が生まれた。

 果たしてぼくは、上手に彼らと関係が築けるだろうか。


「ええと、よろしく」


 ぼくの言葉に、皆が反応してくれる。

 挨拶さえ済んでしまえば、あとは勢いで乗り切れると考えて、ぼくは続けて自己紹介した。

 それが功を奏したのか、流れで自己紹介が順繰りにおこなわれた。

 各々が、自分のチカラを自慢げに話す。

 サイキッカーのぼく、透視・予知のクリアボヤンサー、瞬間移動のテレポーターなど、ほかにも多彩な超能力者がこの場には集まっていた。

 ぼくは興奮が隠し切れず、最初の不安はどこへやら、彼らに次々と質問を重ねていった。

 しかし仕方がないことである。

 ぼくにとってこれはまるで、幼き頃から夢想した漫画の中の話のようだったのだから。

 おまけにぼくと同じ思考の人が大半もいたらしく、話は徐々に熱を帯びて盛り上がっていく。

 いつの間にか日は傾いて、眩しい斜光がぼくたちを照らしていた。



 #



「マナミ、飛ばしてみてくれ」


 傍らでジョンが言う。

 ぼくは口を引き結んで頷き、石が転がる地面に右手をかざして、動け、と念じた。

 すると石は、頼りなさげに風で揺られながら、ぼくの膝丈までおもむろに浮かび上がる。

 手のひらを地に向けていた右手で、十メートル先の的を指差せば、石はゆるやかな放物線を描いて的の手前で不時着した。

 絶望感がぼくを襲った。


「いやあ、下手だなおまえ」ジョンは困ったように頭をかいた。「嬢ちゃんとは大違いだ」


 離れたところで練習をしているイヴを見やる。

 ぼくとジョンは寮の庭先にいるが、彼女はそのチカラの個性上、寮から距離を置かなければいけなかった。

 イヴのサイキックは、大きくて重たいものを操るチカラ。

 現にイヴはいま、一台の赤い車を、空中で縦横無尽に操っている。


「お願いいいやめてえええ」


 涙ぐんだ叫びが聞こえてくる。

 ティアの指導のもとサイキックの練習をしていた彼女は、上達が早く、冗談で持ってこられた車をも浮かしてみせた。

 予想外に強力だったイヴのチカラにより、こうしてティアは悲鳴を上げたのだ。


「パパに怒られるからあああ」

「し、静かにして。集中が切れちゃうから」


 宙を飛び回る車に手をかざして、イヴはどうにか制御しようと試みている。

 だがイヴにとっても、あまりに重量があるせいか、一筋縄ではいかないらしい。

 やがて速度が落ちてきて、車体と地面が並行になるまでコントロールできると、イヴは深呼吸をしてから掲げた両手をゆっくりと下ろしていく。


「ひいいい」


 さすがにティアは、気が気でない様子だ。

 見ているぼくもどきどきしてきた。

 いつの間にか、派手な光景に人も集まっている。

 周囲が固唾を飲んで見守るなか、慎重にチカラを制御するイヴだったが、そこに狙い澄ましたかのような一陣の風が吹き抜けた。

 砂埃が舞い、車体は揺れる。

 あ、とイヴが顔を背けて、よろめいた。

 ぼくも思わず、最悪な展開を予期して、声を漏らした。

 途端に車は浮力を失い、風に煽られ前のめりとなって落ちていく。

 重たい衝撃が響いてフロントバンパーがひしゃげると、次いで派手な音を立てて車体が着地した。


「そんなっ」


 ティアは膝から崩折れて、愛車の変わり果てた姿に言葉をなくした。

 イヴが慌てて彼女に駆け寄り、声を掛けるが、ただのしかばねのように無反応である。

 黄昏時のティアの背中は、ずいぶんと哀愁が漂っていた。


「まさかあんな悪いタイミングで風が吹くなんてね」


 ぼくは苦笑いをして、ジョンに向けて呟いた。

 同じく彼も苦笑していると思ったが、窺った表情は渋面で、その鋭い目つきは去っていく野次馬の一角を捉えていた。

 ジョンは言う。


「あれが偶然だと?」

「え?」

「奴らがいるってことは、フェノメナキネシスの一種が使われたはずだ」


 フェノメナキネシス――自然現象を操る超能力のことだ。

 それを使用する者たちを総称してフェノメナーと呼ぶらしいが、サイキッカーに個性があるように、彼らにも細分化されたチカラがある。

 そして通常は、そのチカラに合わせた呼び名で表される。

 つまり、今のいたずらが誰によるものかと言えば、


「エアロキネシストの仕業に違いねえ」


 と、ジョンは断言した。

 ぼくは、ジョンが眇めている集団を、同じように目で追った。

 フェノメナーの者たちは、チカラを象徴するみたく、髪色が赤かったり青かったり、あるいは緑といった鮮やかな色彩を、個々人が有していた。

 そのため髪の色で、フェノメナーの特性を推し量ることができる。


 ふと背後に視線を感じたのか、見つめる先にいた数人の男が、こちらへ振り向く。

 男たちの瞳と毛色は、春先の草木を連想させるほどに新緑だった。

 それは彼らが、エアロキネシストであることの証明だ。


 目が合っていたのは僅かだった。

 遠くの男たちは、こちらへの興味をすぐに逸らして、寮の方向へと帰っていく。

 しかしぼくは、喉の奥に突っかかりを覚えて、その背中から目を離せない。

 顔を背ける束の間に見せた、彼らの不敵な笑みが、はっきりとぼくの網膜に焼き付いていた。


超能力者たちが集まってきましたね…物語はこれからです

次は5/31 です

感想、評価、ポイントいただけると励みなります…!!!!!!

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