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チカラを知れ

 瞼の裏に薄明るさを感じて、ぼくは目を覚めました。

 上体を起こすと、頭はまだ重く、若干の嘔気が伴う。酒を飲みすぎたせいだ。

 周りを見渡せば、広間では全員が一様にして雑魚寝しており、昨夜がいかに激しい宴会だったのかは明らかだった。

 かくいうぼくも、階段という狭い隙間でよく眠れたものだ。おかげで身体の節々がとても固くなっている。

 ぼくは立ち上がって、凝りをほぐすために伸びる。

 昨日の惨状を思い返しながら、床に転がっている人を踏んづけぬよう、慎重にぼくは窓辺に向かった。


 イヴとティアは、ソファで肩を貸しあって寝ていた。

 彼女たちは早々に夢の中へ退散していたので、比較的ましな寝床を確保できたのだ。

 足元に見知った、褐色肌の嫌味な男が、上裸で倒れ伏していた。

 こいつは踏んでもいいか、と脳裏に邪悪な考えが過ぎるも、ぼくは自分をたしなめて、窓を開放する。

 お酒の匂いをはらんだ熱気が、清涼な空気に換わっていくのを確かめて、そばにあった椅子へ腰かけた。


 白んだ空が徐々に赤みを増していく姿を眺めているうちに、ぼくはこの世界の季節が、ぼくの住む日本とは異なることに気が付いた。

 夏とは比べて、空の色づきがずいぶんと速い。

 それに、外から冷ややかな風が吹いて、ぼくの肌が粟立った。

 緑は豊かだったので、春先から初夏の頃合いだろうと見当をつける。

 そんな取り留めのない思考をしているうちに、階段を下りてくる足音が聞こえ、ぼくはそちらに目をやった。


「もう起きたのか」


 ジョンだった。

 彼の装いは昨日とは違う。今日は、黒いワイシャツに深緑のベストを羽織っていた。


「うん、寝床が悪くて」

「だろうな。水は飲むか」

「もらいたいね」


 部屋の隅に山積みとなった箱を開けて、ペットボトルの水をジョンが投げ渡してくる。

 水を口に含んで、ぼくはようやく渇きを自覚し、勢いよく飲んでいく。

 あっという間に半分がなくなったところで、一息ついた。


「昨日から聞きたいことがあったんだけど」と、ぼくは言う。


 ジョンが小さな丸椅子を持って、ぼくの隣へやってきた。「話してみな」


「ぼくはこっちの世界へ来たとき、学院の裏にある森にいたんだ。もしかしてそこに行けば、もとの世界に戻れるのかな」

「ああ、なるほど。暮らすにも物がないのか」

「そう。話を聞いたら、イヴやほかの子は十分に準備した鞄を預けているらしいんだけど、ぼくは手ぶらで来たから」

「おかしな話だ」

「ぼくもそう思うよ。試験を受けたときクォーツは、ぼくがここに来ることは急に決まったかのようなことを言っていたんだ。ジョンはなにか知らないかな」


 ジョンは考え込むように口をつぐんで、水で喉を湿らせたあと、こう答えた。


「理由は知っている。だが学院長がそれを説明していないのなら、勝手におれが伝えるわけにはいかないだろう。すまない」

「いや、いいんだ」残念だったが、ジョンを責めるのはお門違いだ。「クォーツに尋ねてみるよ」

「それが一番良い」ジョンは立ち上がった。「さて、家に戻りたいんだったな。マナミの言うとおり、あの森はそっちの世界に繋がっている。まだ朝は早いし、行こうぜ」

「え、今かい」

「おいおい、昨日と同じパンツで過ごすつもりか。おれは絶対貸さないぞ」

「ぼくだって人のパンツは嫌だ」


 意見が一致したところで、ぼくたちは表へ出た。

 明朝の空を仰ぎながら、ジョンと共に歩いていく。

 彼は愛煙家のようで、澄んだ空気と共に吸い込む煙を、満足そうに吐き出している。

 一本いるか、と誘われたが、生憎と吸った試しがない。

 ジョンが煙草をくわえるさまが格好良くて、少しの憧れを抱きつつも、ぼくはお断りした。


 昨日通った道のりをそのまま引き返して、陽が地上に差し込み始めたころ、ぼくたちは森へたどり着く。

 ジョンが先導して、森の奥へ進み、その姿を消した。

 わかっていたが、目の前で忽然と人がいなくなる光景は、さすがにうすら寒い感覚を覚える。

 ジョンが向こうで待っているだろうから、あまり躊躇はしていられない。

 ぼくは固唾を飲んで、彼のあとを追った。


 不意に耳が詰まったかのように耳鳴りがして、視界がゆがむ。

 景色が渦を巻いて混じり合っていき、とある時点で急速にそれは、再び風景を作り出す。

 すでにぼくは、さびれた公園を背に立っていた。

 ただ、今日は晴れているためか、昨日ほど物悲しい雰囲気はそこにない。


「案内してくれよ」


 前に立つジョンが言った。

 うん、とぼくは首を振り、記憶を頼りに歩き進む。

 通り過ぎていく街並みに、ジョンは感心の声を上げた。彼もやはり、別の世界は初めてらしく、興味を示いているようだ。

 僕はその様子を面白く思いつつ、会話のなかで時折それらの説明を挟んでいく。

 やがて家に着くと、穴だらけの部屋の有様に、ジョンは笑った。


「いやあ、傑作だなこれは」

「笑いごとなもんか。これらを直すのにかかるお金のことを想像するだけで、吐き気がする」

「いいから笑っておけ。()()()()()()()()()()、それだけでいいじゃないか」

「うん……そうかもしれない、いや、そうだね。ジョンは正しいよ」

「当然だ。さあ、あまりのんびりはしていられないぞ。風通しが良くなっていない服があるなら、持っていこうか」

「ついでにシャワーも軽く浴びてくるよ。奇跡的にテレビは無事だから、暇を潰していてくれるかい」

「テレビか。世界が変わっても、人が創るものはあまり変わらないな」


 ジョンは慣れた手つきでリモコンをいじり、無様なソファに腰かけた。

 それを見届けて、ぼくはしばらく家を離れる準備をし、浴室へ行く。

 シャワーを終えて、身支度を整えたぼくが部屋に戻ると、ジョンはつまらなそうな顔でテレビの画面を眺めていた。

 画面に映るは、連日話題となっている例の男だった。


「飯田良基か」


 ぼくの呟きに、ジョンは眉を吊り上げる。


「なるほど、こいつがね」

「知ってるのか」

「名前だけな。テレビに出るなんて、よっぽど有名人らしい」

「たくさんのメディアで取り上げられているよ。社会現象も起こしている」


 ぼくも一緒になって、テレビを見た。

 飯田良基は、画面の向こう側で、またも人を宙に泳がせている。そして自身を超能力者だと名乗っていた。

 その芸当に、種や仕掛けがあるのかは見抜けない。あるいは彼は本当に、サイキッカーなのかもしれない。

 ぼくはジョンに意見を求めた。


「ねえジョン、飯田良基はサイキッカーだと思うかい」


 ジョンは一拍置いて、リモコンをいじりテレビを消した。

 家を出ていく彼のあとを、ぼくは荷物を持って追う。

 公園までの街路を歩きながら、ジョンは先程のぼくの問いに答えた。


「あいつがサイキッカーなのは間違いない。まだ未熟だとしても」


 未熟、とわざわざ評したジョンの心意はわからなかったが、その主張には同意だった。

 アストラ学院のサイキッカーである先輩方は、より上手に道具を操ってみせる。

 飯田良基やぼくのように、ただ浮かす、飛ばすしかできないなら、それはジョンにとってしてみればお遊戯に過ぎないだろう。


「あの人は学院に呼ばないのかい」


 チカラある者を学院に招待していると、クォーツは説明していた。

 自覚したばかりのぼくと違って、飯田良基は目立つ存在であり、以前よりその超能力を披露していたのだ。

 クォーツの目に留まってもおかしくはないはずだが、とぼくは勘ぐる。


「招待に応じなかったらしい。別に、珍しいことじゃない。むしろ誘われて無警戒に来るほうが、どうかしているだろうさ。ただ納得いかないことがひとつある」

「なんだい、それは」

「デポートという能力がある。それは消去するチカラで、学院長のもうひとつの能力だ。これによってクォーツは、招待に応じなかった者と、試験に落ちた者の一部の記憶を消し、超能力とアストラ学院の存在を忘れさせている」


 ジョンの話に、ぼくは驚くと同時に、つじつまが合わないことを理解した。


「でも、飯田良基は――」

「そう。消されたはずだが、憶えている」

「どうして」

「さあな」ジョンは肩をすくめた。「わからないことは考えても仕方がない。ともかく、少し急ごう。せっかくの初講義に遅れるぞ」


 たしかに、日が昇ってずいぶん時間が経っていた。

 ぼくたちはいわゆる編入生として、今日からチカラを扱うための講義や演習を受けることになっている。

 腕時計の短針が八時を指し示しており、出席まであと一時間を切っていた。

 ジョンとの会話がうまくまとまっていないことにむず痒さはあったが、遅刻をしないことのほうがぼくには重要だ。

 ああ急ごう、とうなずいて、ぼくたちは早足で寮へ戻った。



 #



「諸君が当学院の一年生と、同じ教育課程を受講するには、足りないことだらけだ。チカラの扱いや、サイキックへの理解、そしてルール。まずそれを今日で叩き込む」


 教壇に立つクォーツは、広々とした教室の全体にも響く声で、そうぼくたちに宣言した。

 講義を受けている場所は、個性的な建築物がいくつもあるキャンパスのなかでも、ひときわ規模が大きかった平行四辺形のような建物の一角だ。

 何度かに渡って行われたらしい試験の合格者たち二十余人が、ここには集められている。

 国籍や年齢もばらばらだ。


「サイキックとはなにか。サイキッカーならば承知のとおり、このチカラは離れたところにある物質を動かすことに特徴がある。これには特別な筋力はいらない。諸君が動かしたいと願えば、それだけで好きに動かすことができるのだ」


 ぼくがいた世界で、超能力が流行として世間に認知されたのが、およそ半年前だった。

 世界中で火が付いたように話題は広がっていたし、嘘か真かも不明な、奇跡を起こす動画がインターネット上で溢れていた。

 そのときからアストラ学院での試験が適宜執り行われていたとするなら、事実超能力を得た人口は、想像よりもずっと少なかったのかもれしない。

 さらに試験というかたちでふるいにかけられていることを考慮すれば、今ここに居られるのは、奇跡的と考えたほうが良さそうだ。


「しかし能力には個性がある。ひとりひとりの容姿や性格のように、まったく同じということはない。それぞれ浮かすことが得意だったり、飛ばすことが苦手だったりする。あるいは直線の動きは容易いが、複雑な動きには苦労するなど。だから諸君に、本日は課題を言い渡す。()()()()()()()()()()()()()()()()。明日、その成果を披露していただこう。もちろん何でも持ち込んで構わない。チカラを存分に発揮して欲しい」


 クォーツの言葉を受けて、ぼくは自分のチカラについて思案してみる。

 とはいえ考えるための材料は少ない。ぼくはまだ、二回しかチカラを使っていないうえに、操ったのはガラス玉のみだ。

 ぼくの特徴――それはきっと、真っ直ぐに速く飛ばすこと。

 意図してできた試しはないものの、確信があった。


 はやく、練習をしてみたい。

 気持ちが逸っていくのを、ぼくは感じる。

 一晩寝て頭を整理し、自分に超能力というチカラが宿った現実を受け入れてみると、ぼくは思いのほか抵抗がなかった。

 家を荒らしてしまったときとは違い、混乱することもない。ジョンやイヴといった仲間もできたからだろう。

 心持ちが変化したぼくの頭のなかはもう、サイキックでいっぱいだった。

ジョン好きよ個人的に


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