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パラレルワールド

 気がついた頃には、教室に残る人がぼくを含めて五人になっていた。

 変わらず教壇には、老齢な男がいる。

 教室にあるほとんどの椅子と机は、その役割を果たさずに転がっているため、他の三人は立っていた。

 ぼくだけが床に座り込んでいるのはきまりが悪いと考え、立ち上がろうすると、脇ぎわに忍び込む人影があった。

 ワイン色の艶やかな髪を、肩口で揃えた少女である。

 目が合い、少女は微笑んだ。


「手伝うわ」


 突然のことに驚きつつも、ぼくは素直にありがとう、と応じる。

 それから少女はぼくの軋む腕を、丁寧に自分の首へ回して、ぼくに肩を貸した。

 少女の助けで膝を立てると、その様子に頷いた男は口を開いた。


「では話をすすめるとしよう。晴れてアストラ学院に入学が決まった諸君ら四人は、そのチカラをより高みに昇華すべく当学院のカリキュラムを受講しなければならない。この点については事前に説明を受けているだろうが、誤った認識の者はいるかね」


 ぼくにとっては、聞いたこともない話だった。

 手を上げることに苦痛が伴うぼくは、代わりに声を上げる。


「そもそもぼくは、何も知らないままにここへ連れて来られた。わからないことだらけだ」

「ああ、すまない。()()()()()()()。可及的速やかに誘導をしなければならなかったからね」


 男の指先が空をなぞる。

 散らかっていた四つの椅子がひとりでに動いて、ぼくたちそれぞれのもとに置かれた。


「座りたまえ。丁度良い機会だから一連の流れと今後のことを話そう」


 いい加減ぼくも、この場に馴染んできたようだ。

 チカラによって椅子が浮いたことに、もう驚くことはなかった。

 ぼくたちが席に着き、男は流暢に語り出す。


「そもそもこのチカラ――君たち四人にとって言わば超能力とは、我々の世界がそちらへ干渉したがため、君たちに生じた副産物である」男は、ぼくの隣に座る赤毛の少女を指差し、英語で問う。「君、パラレルワールドはわかるかね」


「あり得るかもしれない世界、というふうに解釈しているわ。たとえばわたしが生まれたという時点から事象の観測を始めたとして、むかし車に引かれたことがあるわたしは、今生きていますけど、死んでいる現実も存在する可能性があるということよね」


 幸い、ぼくは英会話に素養があったので、彼女の話をかろうじて聞き取ることができた。


「とても良い回答だ。付け加えるとするなら、パラレルワールドとはわたしにとって、仮定の現実ではない。そして今日、諸君にとってもそうなった。この世界こそがもうひとつの現実だ」


 これを受けて、少女は訊いた。


「でも、なぜ急に、そちらの世界はわたしたちの世界に干渉するようになったの。いままではそんなことなかったのに」

「いいや、あった。かの有名なピラミッドは奴隷が汗水垂らして築いたものではない。ストーンヘッジは意味があって建てられたものではない。アトランティスはただの悪しき国の例えではない。このようなものはいくつもある。残念ながら、失われた遺跡や滅んだ文明も少なくはないがね」


 そこで、と男は続ける。


「同じ轍を踏まぬよう、チカラの正しい扱い方を指導すべく、そちらの世界の人々を学院に招待した。ここに諸君を残したのは、特別に能力が高いからだ。その過ぎたるチカラで誤ったことをさせないためなのだよ」


 ぼくはふと、追い出された人の行方が気になって、それを伝えた。

 男はこう答えた。


「ファーストはわたしの世界の学生だ。大きく枠を取ることはできないし、そちらの世界をいたずらに混乱させるのも不本意であるから、必要な処置を行った。彼らはチカラを知る前の日常に戻った、それで終わりだよ」


 最後の一言を耳にして、ぼくはよく考えず、つい尋ねた。


「もしぼくも、もとの日常に戻りたいと言ったら」


 男は不敵に笑った。


「ほう。チカラが使え、特別と言われ、教育をしてもらえるとわかったうえでなお、君は本当に戻りたいと考えるのか」


 ぼくは答えることができなかった。

 超能力いえば、たしかに誰もが一度は憧れるであろうチカラだ。

 贅沢を極めた富豪が、貧困は耐えられぬように――ぼくもまた、その魅力を知ってしまった。

 何よりも腕の鈍痛をよそに、話を聞いてしまっている現状は、我ながら恐ろしさを覚える。

 それがぼくの、正直な気持ちなのかもしれなかった。


 男は他の三人の顔を見回して、表情から意思を汲み取ったようだ。

 満足げに頷き、教壇を下りた。


「ついてきたまえ。学院の案内をする」

わたしも超能力ほしい

次は5/22 12時更新

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