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試験開始

正面、視線の先には、白亜の宮殿が如き絢爛豪華な建造物が現れていた。


ぼくは息を飲んで立ち尽くした。

喚くでもなく狼狽えるのでもなく、ただ様変わりした風景に、釘付けになった。

ぼくの目が収めるそれらすべては、どこを切り取っても、まさに風光明媚という言葉のとおり。

ただ、思考がまったく追いついて来ないため、美しさに感動することさえ、今のぼくにはままならない。

視覚の情報を、脳が淡々と処理しているだけだった。


そのあいだの1秒はとてつもなく長いようにも感じたし、ともすると数分ほど奪われたかにも感じられた。

とにかく、どれだけの時間、ぼくは呆けていたのかわからないが、足元から聞こえた猫の鳴き声で、ようやく意識を取り戻した。

白猫は先程と同じように、ぼくの隣に立っていた。

ぼくが鳴き声に反応したとわかると、そいつはやはり、ぼくの先を行く。


「…………」


後ろを振り返る。

大小様々な草花と立派な幹を持つ巨木が、陽光を浴びて色とりどりに輝いている。

森がどこまで続いているかは計り知れなかった。


それからもう一度、前に直る。

目の前で森は途切れていて、風にそよぐ緑の絨毯がなだらかに続いている。

この丘陵を真っ直ぐ進んだところに、大規模な建物がある。

建物には人がいるかもしれない。


猫の背に視線おいて、逡巡したあと、ぼくはまたそいつに付いていくことした。


丘の上を歩いていくにつれて、宮殿の全貌は次第に明らかになろうとしていた。

まず、遠目でも薄々わかっていたことだが、まるでドーム球場かと見間違うほどに規模が大きいということだ。

建物を正面からしか認識していないため奥行きは知れないものの、幅に見合うほどの空間が内包されているだろうことは想像に難くない。

その中央には、誰かを迎い入れるように開け放たれた観音開きの大扉と、少しばかりの階段がある。


そして、ぼくは目を凝らす。

気のせいではなさそうだ。

階段の段差には、派手なシャツを着込みサスペンダーを付けて佇む男の姿があった。

彼はサングラスをかけていたが、こちらを見ているのは確かだった。


そうして、宮殿と男に目を奪われているうちにいつの間にか白猫を見失っており、ぼくは見上げるほどに巨大な宮殿の足元にたどり着く。

階段のそば、男は軽薄そうな笑みで、声をかけてきた。


「少年が最後だ」


この言葉には、多くの意味があった。

ゆえにぼくは、男に尋ねたいことが次々と浮かんできたが、それよりも早く、彼は手に持っていた小さな紙を渡してきた。


「紙にかかれている数字の席に座るんだ。中へ入ってすぐ右の通路を進んだら、部屋の前に女がいる。迷うことはないだろう」


ため息とも返事ともつかない反応をして、ぼくは頷く。

男はぼくへ笑いかけて言った。


「ボランティアはここまでだ。俺は去る。信じているぞ、相川真波(あいかわまなみ)。また会おう」


男が指を鳴らすと、彼の姿はまたたく間に消え去った。

ちりも残さず、彼のいた痕跡はすでにない。

寂れた公園で、白猫がそうなったときと同じだった。

おそるおそる、男が元いた空間に手を伸ばす。

しかしその指先が、何かしらを捉えることはなかった。

おもむろに腕を戻して、あたりを見回し、やはり誰もいないようだとわかった。


ぼくは諦観を胸に、渡された紙へ一度視線を落としたあと、大扉の内側へ目を向ける。


「行くか……」


独りごちて、いくつかの階段を上る。

ぼくはいよいよ、建物の中へ入っていった。

その一歩で、外からも分かるとおりに、豪華な内装であることを知った。


床は真紅で染め上げられ、金色の紋様を施したカーペットが隙間なく敷かれており、高い天井では輝く花の蕾がごときシャンデリアが吊るされている。

白亜の壁には、何者かの肖像画が掛けられていて、等間隔に並んでいた。どれも目にしたことのない者たちだ。

広間の端には、階段が2つある。階段は中央に向けて緩やかな曲線を描いており、どちらとも二階へと続いていた。

そして、左右への通路もある。

男のいうとおり、右の通路に進んだ。

日差しが入り込んで眩い回廊は、先が細く見えるほどに長く続いているようだった。同じこしらえの豪奢なカーペットが敷かれており、半ばでは、露出が多い装いの女性が腕を組んで立っている。


ぼくは彼女のところで、男に渡された紙を見せた。


「あの、これ」

「見なくともわかるわ。さあ中へ入ってちょうだい。席はすぐ手前にあるわよ」


その場で、顔を覗かせて部屋の様子を知る。

学校の教室のように、多くの椅子と机が整然と並んでいた。

そこには数十人の老若男女が、声も発さずに大人しく座って、張り詰めた顔をしている。誰もが、目も合わさず、ただひたすらに何かを待っているふうだ。

自分のであろう空席は、迷うことなく見つけられた。

だが、異様な空気感のせいで、すぐに座る気にはなれなかった。

ぼくは声を潜めて、女性に尋ねた。


「ここで何が始まる。ぼくは、どうすればいいんだ?」

「残念だけど質問には答えられないの。あたしはただのお手伝いだから」果たして彼女は、肩をすくめ、眉根を下げて苦笑した。「だからあたしとしては、あなたが席に着いてくれないとすっごく困るのよ」


彼女に質問しても得られるものがないとわかり、ぼくは無言で頷き、意を決して自分に与えられた席に座った。

数人の視線を感じたが、わずかのことだった。

肌に張り付くように湿った上着を今更のように気持ち悪く感じ、あまり騒がしくならないよう慎重に脱いでいく。

そうしながら、ぼくはここに集められた人たちの髪の色や肌の色に多様性があると気がついた。


斜め右前の男性は、黒い肌からアフリカ系だと考えられる。

左隣の女性は、ワイン色の艶髪をしており、スコットランドやアイルランドを出自としているのかもしれない。

他にも、ブロンドヘアーの白人や、アジア系の特徴を持つ者たちがいた。


なぜここには、これだけの人種が集められているのだろうか。

しかし、今の状況に疑問を待てば、きりがない。

白猫と共に行動してから、奇妙なことは重なっているのだ。

心の平静を取り戻すべく、ぼくは深呼吸を繰り返して、ときが過ぎるのを待った。


数分後、重たく響き渡る鐘の音を合図に、スーツ姿のひとりの老齢な男性が現れた。

ぼくは彼に目を奪われた。

オーラというものが本当にあるとしたら、それは彼こそが纏っている空気感に違いなかった。

軍人のように鍛え上げられた肉体が、服の上からはっきりと見て取れる。

男性は堂々と僕たちの前に立ち、流暢な英語でこう言った。


「ご機嫌よう諸君」


短く切り揃えられた頭髪と、流麗な所作から、その男性は紳士のようでありつつ、兵士のようでもあり――


「早速試験を開始する」


そして顔には、大きな傷が走っていて、彼は右眼しか開いていなかった。

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