ほかほか、ほっこり
「肉まんの中でさー、何が一番好き?」
放課後の帰り道。空はすっかり暗くなり、小さな雪がそっと降りては静かに積もる。そんな中、凪沙と希咲は先ほどコンビニで買った肉まんを半分にして食べながら、帰路についていた。
希咲の容量をつかめない唐突な質問に、凪沙は呆れた表情で、ため息にも似た息を小さく漏らす。
「は? なに言ってるの? 肉まんは肉まんでしょ? 一番も何もないじゃない」
「……んぐん、そうじゃなくて。ほら、カレーまんとか、ピザまんとか、いろいろあるじゃない」
「あー、そういうこと」
質問の意図が分かった凪沙は、納得がいったように頷いてから最後の一口を口に放り込む。そして長い黒髪をかきあげて、少しの間考える素振りを見せた。
「うーん、特にないかな。みんなどれもおいしいし」
「えー、そうなの。なんかつまんなーい」
「じゃあ、希咲はなにまんが好きなの?」
「うっ、そう言われると難しいな……チーズまんか、いや、チョコまんもいいけど、海老チリまんも捨て難い。うう……一体どれがいいんだぁ!」
こんなくだらない質問なのに、希咲は文字通り頭を抱えて本気で悩んでいる。一方凪沙はそんな彼女の姿を、バカだなと思いながらも、どこか楽しそうに眺めていた。
「あっ、最近だとあれが美味しい。安納芋まん」
「あんのういもまん?」
しばらくうんうんとうなっていた希咲は、名案が思い浮かんだとばかりに嬉々とした顔でそう答えた。しかし凪沙の方は、聞いたことのない単語に思わず小首を傾げる。
「えっ、知らないの? 駅前のコンビニで新しくでたやつ。デミグラまんと一緒に」
聞き慣れない言葉がもうひとつ出てきたことによって、凪沙の頭の上にハテナマークがますます増えていく。それを見た希咲は、やれやれといった感じで少しわざとらしく肩をすくめると、スクールバックからスマホを取り出した。そして慣れた手つきで画面を操作して凪沙に見せる。
希咲が見せてくれた画面は、駅前のコンビニの新作商品の紹介ページで、そこに例の安納芋まんとデミグラまんの情報も載っていた。
デミグラまんのデミグラとは、デミグラスシチューのことであり、お肉の代わりにそれが包まれている。凪沙もこれは確かに美味しそうだと思った。
しかし、次に安納芋まんの紹介を見たときに、彼女の表情が一瞬、引きつった。
そこには安納芋まんの断面の写真が載っているのだが、それが、黄色い餡が紫の皮に包まれているという、色合いだけ見ると、お世辞にも美味しそうとは言えない代物だった。
「これ、ホントに美味しいの?」
「うん、すごっく美味しいよっ。中の餡が甘くて、ほんのりお芋の香りがして」
「へえー、そうなんだ……」
目の前の希咲は、この珍妙な色合いの食べ物を、いかに美味しいかを熱烈に語ってくれているが、それでも凪沙の心が揺らぐことはなかった。と言うよりも、希咲は時々味音痴なところがあるから、はなからあまり信用していない。以前教室で、メロンパンにマヨネーズをたっぷりとかけたものを希咲が、うまいうまいと言って頬張っていたのを凪沙は思い出す。
「あれはすごく美味しいーよ。あ、でも、一番はやっぱり、あんまんかな」
「あー、あれは確かに美味しいよね。時々無性に食べたくなる味で」
「うんうん、あのほどよい甘さと、餡の中に残る豆の食感がたまらないよね」
「は? 何言ってるの? あのまったりとした口当たりがいいんでしょ」
その瞬間、まるで氷に亀裂が入ったかのような、嫌な音が二人の間で響く。そこには粉雪がちらつく寒空の下に吹く風よりも、より一層冷ややかな空気が流れ込み、そして……
「あんまんは、粒餡でしょっ!」
「いいえ、こし餡よっ!」
この世でもっとも無意味な争いが勃発した。
「凪沙っ、こし餡とか全然分かっていないっ! 粒餡方が、豆の食感が残っていて、あんこ~って感じがして美味しんだよっ!」
「希咲こそ分かってないようね。こし餡の方が裏ごしされている分、口当たりがよくて老若男女問わず好まれるのよ。大体、粒餡のあんまんなんて売ってないからっ」
「売ってるもんっ! そっちこそ、こし餡のあんまんとか、それホントにあんまんなのっ?」
そのあとも二人は、どちらの餡がよりおいしいのか、どちらがより優れているのかを言い争い続けた。時折吹く冷たい風に粉雪が舞い、宝石を砕いたような小さな光が散りばめられた夜空が、雲の切れ目から見える。周りには他の人影は見当たらない。そんな中、二人のあんこに対する想いだけが永遠と、不毛に響き続けている。
どれだけの時間をいがみ合っていたのだろうか。気が付いたときには二人共息を切らし、ぜいぜいと白い吐息をまき散らしている。それでもしばらく無言のままお互いを睨みつけていたが、でもほどなくして、
「ぷっ、あはははっ」
「うっ、はははっ」
先ほどとは打って変わって、二人の楽しげな笑い声だけが虚空に響き渡る。
結局、美味しければなんでもいい。それがすべてだ。
「凪沙、もう一個買って帰ろうか」
「えー、今食べたばかりでしょ」
「いいじゃん。安納芋まん食べようよー」
「私は遠慮しておくわ」
「うー、ノリが悪いなー」
そんなこと言いながらも、凪沙の足は希咲と一緒に、駅前のコンビニへと向かっていた。
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