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Singalio Rou' Se lef  作者: 篠崎彩人
最終章「雪降る野原に、愛を繋いで」

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第八幕「White Twilight」

「グリィ、おはよう、グリィ、起きて、グリィ、早く起きて。あたし言っておきたいことがあるの、グリィ、あたしの声が聞こえる、グリィ、あたしがいなくなってしまう前に、グリィ、あなたと話をさせて……」

 声がする。確かに、アイカの声だ。

 起きてくれと呼びかけている。だが、いくら自分に起きなくてはと呼びかけてみても、体がいうことを聞かず、目も開けることができず、ただ意識だけが確かな中で、私は横たわっている。

「起きられない、起きてくれないのね、グリィ……」

 待って、待ってくれアイカ。今、今すぐ起きるから、どこにも行っちゃ駄目だ、行かないでくれ、アイカ……。

「……きっとグリィ起きてない方がいいんだな、だってもし起きてたらグリィの目が涙で溢れ返っちゃうかもしれないもんね。うん、きっとこれで良いんだ」

 誰か私を起こしてくれ、頼むから、誰か私を起こしてくれ。

「ふふふ、………可愛い寝顔。きっといい夢を見ているのね。あたしの夢かな。だといいな。寝ていてねグリィ。たとえ聞いてもらえなくても、私ちゃんと話をするから」

 ああ、ちゃんと聞いてるよ、だから何処にも行かないでくれ。君の夢を見ていただけだなんて、そんなの嫌だよ……。

「何処から何処を話せばいいかな。全部を話してしまうのは、ちょっと悲しすぎる気がするものね。グリィ、ううんグリエル、私はもうあなたと一緒にいることはできません。もう、一緒にいられる時間が終わってしまったの。だからこれで、お別れです」

 そんな、そんなのあんまり一方的すぎるじゃないか。今度の君のわがままは聞いてあげないぞ。やめてくれ、どこにも行かないでくれ、アイカ……。

「グリエル? こんな話を聞いたことある? 植物はなぜさやさやと風に揺れるのか。それはね、ここで今生きていることが嬉しくてしょうがないから。植物はなぜ、その場にじっと佇んでいるのか。それは、生きている物たちの声に耳を傾けるため。周りの全ての物とじっくり対話するためだし、周りの全てを愛するためなの。そして植物はなぜキラキラと輝くのか。それは太陽のせいだけじゃないわ。生きている物たちの優しい気持ちが愛しいから、生きている物たちの思い出がとても美しいから、植物は輝くの。そして、植物はなぜそのどれもが枯れていくのか。それはね、生きている物たちの愛が消えてしまうから、生きている物たちの思い出が溶けていってしまうから、生きている物の心が、憎しみに支配されて行くから、悲しくて悲しくて植物は枯れるの。

 ……でも、それで全てが終わってしまうわけじゃないわ。そうして終わってしまっても、たとえ誰の記憶からも消えてしまっても、誰かが感じた喜びは、ちゃんと消えずに残っていくの。その先に、新しく生まれてくる物があるんだから、それがまた静かな喜びを紡いでいくんだから、愛しく思う気持ちを繋ぎ止めておくことができたなら、それで大丈夫、上手くやっていけるよ。

 ……あ、もう、お迎えが来ちゃったみたいだ。えへへ、信じらんないな、これでグリィと、ホントに、お別れなんだな。……グリィ、今までほんとにありがとう。今は静かに寝ていて。おやすみ、いままでわがままばっかりでごめんね」

 いつだったか、その話はどこかで聞いた覚えがうろ覚えながら、私の片隅にある。誰かと手を繋いで、自然の匂いをかいで、明るい世界に心躍らせながら、優しい声でその話を聞かされた気がする。私のことを天使だと言って、暖かく包み込んでくれた人がいたことを、私は知っている。誰だかは、いったいいつのことなのか、何処でのことだったかは思い出せないが、ただ一つだけはっきりしていることがある。私もその人のことが大好きだということだ。

 急速に視界のような映像が意識の中に流れ込んできた。初めに目についた物は、軽快なメロディーでも奏でているかのようにばらばらと舞い落ちてくる雪だった。そのひと粒ひと粒に、私とアイカのかけがえのない思い出が詰まっているように思える。落ちては積もっていく純白の雪。その白い景色の中に、雪に彩られ出した見事な大木がある。幾多の年月を経てきたその幹は、生命に充実していて力強い。

 その木の陰に、若い男女が休んでいる。女性は幹に凭れながら、男性の頭を膝の上にのせて寝かせている。 女性の顔は見えない。ただ、この時間が永遠に続いてくれればと願う気持ちは、その穏やかな物腰から伝わってくる。男性は、眠っているのではない。女性の顔を見透かすように、大木にほとんどを遮られた上空を見上げている。雪は何処から来るのだろうか。そんなことを思っているのかもしれない。暖かそうな色が、幾つもの葉の周囲にぼんやりと浮かび上がっている。腹の上に何の不服もないように合わせられていた手が、やがて上空の方へ、滑るように、無気力を根気へと変える過程のように、時折ためらいがちに減速しながらそれでも確実に伸び上がっていく。彼の視界の前に、その骨太の手が立ち塞がった時には、——この時初めて、男が私自身であることに気づいた——指のつけ根の部分から、爪先や、手首の周囲に至るまで、棘のような光が、針先をこちらに向けて付着していた。手は、構わず上方を目指していく。半狂乱のように震えるその手は、付着する光の針が、実際は氷の細かな柱であり、少しでも早くそれを解かして欲しいがために、天に向かっているのだでも言いたげだ。 指の間から、葉の隙間から、一つの光の集団の存在は見て取れる。しかし、これは届くより先に、手が凍えて死んでしまうのだろう。あの光は、雪を生んだのだろうか。私は、その男となって考えた。

 届かないことがわかっているのに、天を目指し続ける手は、雪に埋もれていくように、静かに段々小さくなって、私の視界から消失していった……。

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