第六幕「灰色」
「……お前、ちょっとそこにある新聞を取っとくれよ」
「……? 新聞って、あなたの手にある、その新聞のことですか?」
「ん? ああ、何だ本当だこんな所に。いや、最近すっかりボケが激しくなってしまったようだよ」
「(笑い声)やですよあなたったら」
「いやすまんすまん。あいつがいなくなってから、何だかすっかり老け込んじまったみたいだよ」
「(沈黙)」
「(同上)」
「(吐息)そうだった、そうだったな。これは言わない約束だったな」
「ええ、もうあんな恐ろしいことは、思い出さない方がいいわ。私たちには、とても耐えられることなんかじゃないんですから」
「(沈黙)」
「(同上)」
「なあ、耐えるって、どういうことなんだろうな?」
「(振り向く顔)え?……どういうことって、それは……」
「たとえばだよ、たとえば。たとえば、この新聞紙は、いったい何に耐えているのかな?」
「やめてください! 変な冗談を言うつもりだったら、あたし……」
「いやすまんすまん。ちょっと思うことがあったものだからな。そんなつもりは全然ないんだ。
だが、ちょっと言わせてもらえるかい?」
「……」
「……変な気分にさせるつもりじゃ、なかったんだ。許しておくれ。(うつむく瞳)……たとえば、だ。この新聞。この新聞はさ、心なんかないじゃないか? だからこれは、印字される痛みも知らないし、こんな不祥事を体中に埋め尽くされる恥辱も知らないし、手に取られ、捨てられるまでの、そのあまりの短さも知らない。その後新聞は、収集され処理場まで運ばれて、熱却されるだけだ。そんなむごい刹那の一生も知らないで、この新聞はここにいる。何でだろうな? やっぱりそれも知らないだけだから? いていいのかいない方がいいのか、そういうことがわからないから? ……どうなんだろう? 本当は、こういうことなんじゃないのかな?」
「(沈黙)」
「(同上)」
「(同上)」
「(誰かの、笑う声)」
「…… そうだよ。お前は耐えすぎたんだ。本当は、こんなにいろんな痛みを知ることはなかったのに、本当は、こんなにぼろほろになるまで生き続けることはなかったのに。お前は、私たちがそうであるように、耐えすぎたんだよ……」




