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Singalio Rou' Se lef  作者: 篠崎彩人
第一章「枯葉の愛」

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第四幕「輝く瞳」

 翌日、私の目覚めは朝の煌きに迎えられた。霧を抜けて降り来る淡い光のヴェールが、それを物語っている。情眠を食らずに済んだ微かな喜びが、私の心を潤してくれる。

 昨日傍らで安眠していたアイカの方を見ると、何故か、その姿はなくなっていた。目覚めた時に、それを迎えるべきであった私の怠慢への報復とでもいうのだろうか。願わくば、朝ばかりは爽快でありたいものだ。

 だが白色の支配する霧中にただ一ヵ所黒霧が現れ、すぐ様に、私の憂さは白けたのだった。

「あーっ、グリィ、起きちゃったーっ」

 私の杞憂も知らぬ風に、開口一番に斯うと切り出された。幾分かは、此方の気配りも心に留めていて欲しいものだ。

「こら、何処に行ってたんだ。心配したんだぞ」

 アイカは私と世界という現実から目を背けて、

「いんですよーだっ。紳士さんのお誘いをお受けするのはレディーの礼儀ですーっ」

 と自らの独立独行を正当化する。だがそれは許されない。この霧の中で分け隔てられるのは、本当に危険なのだ。今回はアイカが無事戻って来てくれたのだから、結果としては事なきを得た。しかし、もしアイカが私の居所を見つけ出せず、私を捜して行復うというような事態に陥れば、アイカと私は、もはや二度と出会うことがないほどに分け隔てられてしまうことも起こり得るのだ。ただの、小さな戯れさえ死に直結し得るという呪われた現実を、概言して戒めなくてはならない。

「それじゃ駄目なんだよ、アイカ。何かがいたからってついて行ったりしないで、ちゃんと僕に教えなさい。……えっ、何だって?」

「紳士さんっ! ほら見て見てっ!」

 彼女は嬉々として、纏っている黒い衣服に乗せた一匹の虫を見せた。我々に、神の瞳の輝きたる光を齎す存在、伝承上の尊大な神住まう星、太陽を思わせる、幾つかの橙色の斑点を持つ体、その小さな身体には似つかわしくない不釣合いな巨大な顎を持つ、我々にとって極々ありふれた虫だ。食すにはあまりにも矮小なその肉体は希望の依代足り得ないが、この虫がいるという事実はすなわち、海洋という希望に至る存在と直結する物だ。そして、今までの旅の進路も、この地点をもって終了ということになろうか。

 彼女が彼らを「紳士さん」と呼ぶには少々訳がある。彼らは海辺界隈に息づく生物であり、我々が海洋の傍に寄ると、いつでも彼らの姿を見受ける。それがアイカには出迎えているように思えるらしく、その事実をもってアイカは彼らを「紳士さん」と信じ切っている、という訳だ。彼女の海好きも手伝って、彼女の大好きな生き物の一つになっている。因みに一番好きな生物は「グリィ」 らしい 。

 ついていく気持ちはわからなくもない。だが、私の見ていない所でそうされる訳にはいかない。説教の終結には甚だ不十分だ。早速それに掛かろうとすると、即座にアイカがロを開いた。

「へへへ……紳士さんったら礼儀正しいよっ? ほらほらっ」

 話をすぐに逸らそうとする、彼女の悪い性癖だ。しかし、彼女はその故の他、生き物という子供の至高の玩具を手に入れた喜びが一入であるに相違なく、それ故からに、私に同意を求める向きもあるのだろう。ここで、彼女の話の腰を折ることを望まない。私は取りあえず、話に同調することにした。

「うん、かわいいね」

「……」

 何故かしら、彼女の機嫌を損ねてしまった。思い当たる節はと思い、ただいまの言動を振り返るが、いまいちその節は見当たらない。だが、その解答は容易に得られた。

「アイカのほうがかわいいのに……」

「あ、ああ、そうだよね」

 そして、彼女は恐るべき謀の全容を吐露した。

「せっかく、紳士さんが噛みついてグリィ起こしてくれるんだったのに……ねえっ?」

 ああ、なんて危険な子供なんだ。子供ほど残酷な生き物はない、身に刻むべきアフォリズムだ。躾をしっかりつけないと、非情の悪女と化す恐れもある。しかし、海があるならば様々なことで困憶を洗い流して、それこそ海にたゆたうが如き時が過せる。そうした平和を慈しむ幾日間も考えられよう。

 希望に胸の膨らんだ私は、奇人宜しく瞳を輝かせながら、アイカに訓垂れることとなってしまった。合わせ鏡であるかのように、煌くアイカの笑顔が私に、この子に今通じているのは説教ではなく、私の顔の内容だけだということを教えてくれた。

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