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Singalio Rou' Se lef  作者: 篠崎彩人
最終章「雪降る野原に、愛を繋いで」

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38/53

序編「がんじがらめの小鳥、と、もの悲しげな庭師」/終幕「唇と別れのアダージョ——Adagio for lips or split」

 見上げた空に、

 見えるのは。

 赤い空と、血に飢えた純白の雪。


 少年の瞳に、

 映るのは。

 涙と恐怖の、鮮烈な原色模様。


 痛々しく、

 身もだえる人々の、

 顔、

 声が、

 脳裏を掠め、飛び去って行く。


 少年の周りに世界はあっても、

 少年の心に世界はない。

 消えゆく流れ。

 思い出深い時間……。


 男は、

 声を押し殺して鳴咽し始めた

 少年の手を取る。


 そっと、

 愛のこもった手つきで

 小さな宝石を握らせる。


 唇が、微かに揺れる。

 少年は、

 驚いて顔を上げる。


 そして、

 手のうちの宝石を見つめる。


 しばらくの間。


 轟音と共に、

 辺りの空気が、

 辺りの草木が、

 悲鳴を、

 上げる。


 強欲な悪魔の

 研ぎ澄まされた爪が、

 淡く赤に染まった大地を

 木の片をえぐるように砕いてゆく。


 耳塞ぐ少年。


 男は、

 少年を見詰める。


 不安に満ちた少年の瞳が

 男の前で揺れる。

 口が、何かを訴えるように、

 むしろ自分に向けて発するような動作で、

 動く。


 また動く。

 激しく、無意味に活動的になる。


 男は、

 黙って少年の口元を見守る。


 動く!

 男は、

 それを厳しく制した。


 しばらくの間。


 男は、

 内から起こる痛みに耐えている様子で、

 今持てる力を振り絞って、

 唇から、優しい雰囲気を漏らす。

 少年の心を、

 その断続的な動きで手繰るようにして、

 唇は使命を持って語りかける。


 周囲の獣の狂乱の奇声を、

 既に自らを見失った辺りの空間を、

 なだめるような、

 いましめるような、

 つつみこむような。

 永遠と、唇は、言葉の旋律を紡ぎ出す。


 その間。

 反発し、

 それでも安心したような唇。

 さげすみに満ちた、

 自己を嘲笑する唇。

 愛を、人の温もりを求める

 絶えず呼吸を続ける唇。

 不安に平静を失い、

 上下を合わせることのできない唇。

 そして、力のこもった、

 一線を描いた唇。


 男は領く。


 周囲に、

 光を発し

 うねる食欲な蛇の群が迫る。

 蛇の下の生命が、

 押しつぶされ、

 生命を抜き取られ、

 干からびて

 大地の上で眠っている。

 無慈悲な地上の炎の海で舞っている。


 金属の接触する刃物のような音と共に

 時間が、

 終わりを告げた。


 鋼鉄の鎧の中に少年は居る。

 全ての人々に別れを告げて。

 過去の風景に別れを告げて。

 涙を、絶え間なく頬に伝わらせて。


 男は巨大な鎧に凭れる。

 そして、糸の切れた操り人形のように、

 その場に崩れ落ちる。

 満足げな、

 悲しげな、

 愛を貫いた男の表情が、

 そこにはあった。

 彼の中だけでの、

 大切な思い、

 大切な真実。

 ……そして、時間は、

 彼を、永遠にその場所に置いた。


 しばらくの間。


 耳も目も、何もかも塞いだような少年。

 しかし唇には、まだ強い決意が残っている。

 今より少年だった日の思い。

 青白い空へ向けての、

 飛翔。

 あの、空の、向こうへ。

 空の、ほくの、大地へ。

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