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Singalio Rou' Se lef  作者: 篠崎彩人
最終章「雪降る野原に、愛を繋いで」

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第三幕「Princess of songs Singalio Rou' Se lef」

 ボクは天使と出会った。

 空の嘘が何であるか、その頃にはもうすでに悟っていた。これは過去のものだ。知るよしはないのだ。鳥が、空を切り裂くように軽やかに通り過ぎて行くし、雲も忙しく空の色を塗り替えて、塗り替えては違う彩りを添えていく。青白く不健康そうな空がいちどき顔を見せていたかと思えば雲はその顔を異常なまでに白いナプキンで強引に拭い、強烈な汚れで炭と灰のミックスジュースを含みだし、そしてその絞り汁が空を見上げるボクの顔面を襲う。やめてくれ。何をやめて欲しいのか、それはまず確実に、降り注ぐ雨に対しての思念ではなかった。たぶん、ボクに嘘をついた空に対して。ボクをとりまく、匂いのない温もりのない感情のない意味のない、不快で不気味な空気に対して。そして、ボクのいるこの庭と、この体に対して。青い嘘つきの壁を貫いて、その向こうの本当の、ボクがきっと力強く踏むことのできる大地に、飛んで行きたかった。それがたとえ嘘でも、ただ一度でもいいから、力強く、自らの生を歩む実感が欲しかった。

 その日も、ボクは降りしきる雨の中、横たわりながら青い天井に向かって声を失うほどに鳴咽していた。子供でもこんな泣き方はしないだろうというほどに、止めどなく目からいたいいたいと叫ぶ涙を流して、無邪気に転げ回った。うわあい、うわあい。心は、痛みを麻痺させる精神薬として、過去の、少なくとも幸福を味わっていた幼少期のことを、ジグソーパズルのように滅茶苦茶に脳に繋いでいた。

 そんなことをしているうちに、だ。ボクは一瞬、見た。美しい草原の、いや、美しくなった草原の、そのただなかに、輝かしい太陽があったのを、見た。背筋をそれこそ何か細長い生物が勢い良く駆け上がった気がした。大きくボク自身がのけぞったような気がした。ただ目だけが、それを正常に追っていた。

 太陽の下。薫り高く空気を演出するありとあらゆる緑の天才たち。熱せられた空気の中で、何かにたぐりよせられるように優雅に揺れ動く虫たち。瞬間ごとに、それぞれが皆一分の隙もない位置へと確実に移動している。ある者は草の葉の間を、ある者は彼らの空の空気と空気の流れの隙間を、ある者は、引かれ合うお互いの、縮むことのない小さな宇宙の周りを、ある者は、笑顔を振りまく花々に、一生懸命の挨拶を、ある者は、高貴で可憐な、土と水と太陽の彫刻に口づけを。それを、手に取る者がある。手に取り、ゆっくりと軽やかに、鼻に近づけ、すっと香りをかぐ。まるで、花がため息をついて、その人の姿に見とれているようだ。清浄な口元から、小さく吐息が漏れて花にかかる。だが、もうその花は動きを完全に止められてしまったようだ。かかってきた息に当たり前に花びらを揺らされると、後はじっとそのままだ。

 そこで、僕の意識は現実に戻らざるを得なくなった。何故なら、彼が僕を揺さぶってきたからだ。目を瞬いて彼に目を向けると、何か困った顔で、僕を見つめている。僕はすぐさま今まで心を捉えていた光景についての疑問を刺々しくぶつけた。最初は言うのを拒んでいたが、最後には口を割って話す気になってくれた。

 結局、何のことはないのだ。つまり、僕の直感通り、僕の周りの全ての光景は、過去、この地がそうであった映像を垂れ流しにしているに過ぎず、実際に存在している物などごく僅かなのだそうだ。元々感づいていたことなので、衝撃もごく微少だったし、科学の欺麟にも躍らされていなかったのだと、自分の人間的な感覚が生きていたことが嬉しくもあった。

 彼女、つまり、過去この地で、花を摘み、花の匂いをかいだであろう人物については、あまり多くを語ってはくれなかった。ただ聞くことができたのは、彼女が我々人類にとって重要な、歌姫、という人だということだ。シンガリオ・ロウ・ザ・リーフ、という、立派な仕事なんだそうだ。僕は、でもそれだけで十分に満足して、彼にさらに疑問を投げかけるのをよした。シンガリオ・ロウ・ザ・リーフ、か……。僕は勝手な鼻歌を口ずさんで、彼を後にした。服は、濡れっぱなしだった。

 その後その言葉の真意を知るまでには、いくらかの歳月を経ることになる。

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