終幕「赤」
私は、世界の眩さに、改めてその意識を取り戻した。後頭部が酷く痛む。先ほど打ちつけてしまった時のものだろう。だがそれは私にとって嬉しい知らせ、生きていることの証だ。悪い気はしない。
雨もすっかり上がっている。つい今までの印象とは打って変わって、木々と、その葉の間を抜けて降りて来る木漏れ日とは実に爽やかで、何故かしら今まで考えることも気づくこともしていなかった、瑞々しい木々の香りと相侯って、私の目と鼻を楽しませてくれる。木の葉のさんざめきも今や、悪しき暗黒の空間を洗い流している音のように感じられる。人間の感覚とは、斯くも不安定で不思議な物なのかと改めて実感した。
しかし、そんな物に満足して良いような光景では、決してなかった。ふと地面を見渡すと、そこにはあまりに対照的な異形のものが広がっていた。赤。今までに見たどんな赤よりも、鮮烈で美しく安らいだ、赤。血の赤。いやそれともまた異なるものか。目に入るものが赤いのか、それとも目その物が、全てを赤だと捉えているのか。もしかすれば私は、自ら待ち望んだ、いや手に入れようとついそこまで手を伸ばしていた、快楽の園へと、足を踏み入れたのかもしれない。
あたりを、静けさと荘厳さとの織り成す私の周囲を見渡してみる。赤く揺れる空。法悦に身をよがらせているかのような木々。ここにあるものは私の自由。あらゆるしがらみから解き放たれた、何物からも束縛されない、幸せを約束された空間の直中に、私は存在しているかのようであった。
だが、私を許していた者は、どうやら、私だけであったようだ。
そう、何気ないあるただ一つの
"生き物" の行動は、
私の瞳を捉えて離さなかった。
私は、その生き物のあまりの変わりように、一瞬それが何であるかわからなかった。いや、わからないふりをした。だが、現実はそれを許さなかった。私の正面の、注意を捉えて離さない生き物は、紛れもなく、私の可愛いアイカだった。
私は何を思う間もなく、アイカの方へと駆け寄った。そして、両の腕でしっかりと抱いた。私の脚を、私の顔を、アイカは殴り傷つけてくる。だが、そんなことは、私にとってはなんでもない。むしろ、贖罪として、受けねばならない物だ。ただ、私はひたすら、懇願した。
The End of Singalio Rou' Se lef Episode 2




