第二幕「宵闇の灯火」
夜。 静寂が、暗闇が、あたりを包み込んでいる。焚き火の灯が心許ない。その中で私は、闇への虞を忘れるほどに、少し大き過ぎる鳥肉の塊と悪戦苦闘するアイカを見つめていた。
「僕は要らないよ、アイカ。気持ちは嬉しいけどね」
「ダメっ。だってグリィ、いつもアイカにばっかりお肉くれるんだもんっ。今日はグリィとふたりで食べるのっ」
今日の狩りでは上首尾に鳥肉を手に入れたのだが、依怙地にもアイカは鳥肉を二人で食べたいようで、先ほどから二人分に捌こうと躍起になっている。
「なあ、僕は本当に要らないよ。アイカの優しさで、お腹一杯になったからさ」
「ダメそんなのっ。グリィ、お肉もちゃんと食べなきゃ、げんきになれないんだよっ?」
この子の頑なさには、常日頃から閉口させられている。しかし、だからといってこの要求をおいそれと受け入れる訳にもいかない。ここでアイカの思うままにさせて、後々ひもじい思いをされては本末転倒だ。今宵もまた、常からのように誑し込む術が必要とされるようだ。
「でもねアイカ。とりさんはそのお肉をアイカにあげたいって言ってたぞ。それを僕に分けちゃ、とりさんに悪いんじゃないのかい?」
アイカには、動物は肉をくれるのだ、そのように理解させている。そこから自然と疑問が犇めき出すまでの良策を、これと判別したからだ。
「そーなのーっ? ふーん.....。でも、今はもうアイカのものなんでしょーっ?」
「え? そうだけどさ、でもとりさんの好意は大事にした方が……」
「いいのーっ。アイカにはグリィがいるんだから、いいのっ。とりさんフっちゃうのっ。それに、グリィ、アイカの王子様なんだから、しっかりげんきにアイカのこと守ってくれなきゃヤダもんっ」
ハハ……、王子様か。当然ながら、私にそんな御大層な身分はないが、当たらずとも遠からずとは言っておくべきか。私にはこの子を保護保育する責務がある。そしてまた、私は王族の血統を引き継いでもいるのだ。
「でも、アイカ姫がしっかりお食事して下さらなかったら、僕も王子として悲しいんだけどなあ?」
「んー、そっかあ。じゃあ……。いーよっ。王子様のゆーとーりにしてあげるっ」
ふう……。やっと、私がこれこそ要るとして頼んでいた物は聞き入れられたようだ。姫、王子を言葉に折り込めば、お姫様は大抵素直になってくれる。いくらか卑怯なせいではあるが、今という場合では、多少はそれも許されよう。それが結局、アイカの利延いては私の利ともなるのだから。ただ、アイカのわがままに対峠する上で格別のこの解決策が、いつまで通用してれるかが、些か気懸かりだ。
「ねえねっ? アイカえらいっ? えらいっ?」
「えらいよ。いい子だ。それでこそ、僕のアイカ姫様だな」
「エへへ……」
「では姫様。私にそのお肉を渡して下さいますか?」
「うんっ!」
そして私が、アイカの手に因り美術作品とまで昇華された彼の鳥肉を受け取ろうとした途端、私とアイカの空腹の虫が、その作品のほどを評定した。アイカも私も笑った。もっとも、喉が渇き切っていた私の笑いは、もはやそれと呼ぶにはおこがましく、訝しいものだったが。焚火の灯に照らされて、そんな私とは対照的に、無邪気に笑うアイカの笑顔も、艶やかな鳥肉も、私には一際輝いて見えた。




