マーガレットの散歩
その妊婦の噂は直ぐに広まった。
「ワーグナー公爵の子供らしい。」
誰もが、レイクリフの派手な女性関係を知っている。噂を否定できない。
「違う!俺の子供ではない!」
レイクリフは、やって来たギリアンに否定する。
聞けば妊娠5ヶ月、身に覚えがないわけでもないが、失敗するような事はしていない。
たとえ、もし自分の子供だとしても認めることは絶対にしない。
会いたいとも思えないし、じゃまでさえある。
「マギーももちろん噂を知っているよ、王もね。」
ギリアンも、念のために確認にきただけだ、と言う。
「避妊には注意していたし、正統な子供しかいらない。俺が最低なことをしていたと自覚はあるが、これからは違う。
俺がマギーと結婚する意志は揺るがない。」
「どうするつもりだ。」
「どうもしない、向こうが言っているだけで、約束があるわけでもない。
現にあの女は、俺の他にも男がいた。
婚約中の俺なら金を出すとでも思ったんだろう。」
相変わらず最低なレイクリフ。
「王の梃入れで、公爵家同士の婚姻。しかも戦争のヒーローの一人だ。
黙らす為に金を出すと、思われても仕方ないな。」
ギリアンも同意する。
「第一、こんな事で会ったら、マギーに要らぬ誤解をあたえてしまう。」
初恋レイクリフは、万感を廃してこの恋を成就させたい。
ギリアンもレイクリフがどんなに遅くとも、マーガレットに会いに屋敷に来ている事を知っている。
メイドから、マーガレットの部屋のベランダに縄が降ろされていることも報告を受けている、レイクリフの仕業だろう。
その縄を使っているのは、レイクリフたけではなかった。マーガレットも屋敷を抜け出すのに、有りがたく使っていた。
お天気もいいし、絶好の抜け出し日和であると、マーガレットはその日も縄を滑り降りた。
小さな花柄の質素なドレスに共布の小さなバッグ。商家の娘仕様である。
もちろん、マーガレットが出掛けたことは、いつものように警護からギリアンに伝えられた。
問題は、その場にレイクリフがいたことだろう。報告を聞いたレイクリフは執務室を飛び出したのだ。
ダーン!
街の裏通りで女性の腕をつかんでいた男が、殴り飛ばされた。
「まだやる気!?」
マーガレットが凄むと、二人の男は逃げ去って行った。
「貴女、大丈夫?」
「ありがとうございました。因縁をつけられて、困っていたのです。
何かお礼をさせてください。」
「そんなの、いいから早く帰った方がいいわ。こんな裏通りに来てはダメよ。」
マーガレットが女性から離れようとした時に、馬の蹄の音が聞こえた。
密かにマーガレットについていた護衛に場所を聞いたレイクリフが駆け付けて来た。
「マギー。」
馬から飛び降りたレイクリフがマーガレットを抱きしめる。
「どこか、ケガは?」
それをマーガレットが助けた女性が見ている。
「レイクリフ様。」
その声に反応したのはマーガレットだ。知っているのか?と目でレイクリフに確認してくる。
「ロザリナ・リレイン男爵令嬢だ。」
レイクリフの言葉にマーガレットも納得する。レイクリフの子供を妊娠していると噂の女性だったのだ。
それきりレイクリフはロザリナを無視して、マーガレットにケガがないかと確認する。
「レイクリフ様、子供ができました。」
ロザリナがレイクリフの関心を引こうと声をかける。
「それはおめでとうございます。ミツデラス伯爵の次男殿も、喜ばれているでしょう。」
レイクリフは他の男の事も知っていると暗に言う。
「レイクリフ様の子供です!」
首を横に振って、儚げな表情でロザリナが立ちすくむ。
「言いがかりも甚だしい。」
ロザリナを見るレイクリフの目は汚いものでも見るように冷めている、とても元恋人を見る目ではない。
レイクリフの言う、誰も愛してなかった、という言葉が思い出される。
「私は身を引きますから、この子が生まれたら公爵家から嫁いでこられる姫様に育てていただきたい。」
結局は、子供にワーグナー公爵家を継がせ、自分は生母となると言いたいのだろう。
「自分の子でもないのに引き取るわけなかろう。
もうこの話はお終いだ。」
レイクリフはそれきりロザリナを見ようともしない。
「私を巻き込まないでくれ。」
「マギー。ごめんよ、イヤな思いさせて。」
まったくだ、最初からこんなヤツだとわかっていたけどね。
「私を遊んで、次は街娘にうつつをぬかしている、なんて公爵令嬢が知ったらどう言うかしら?聖女様なんでしょ?」
祝勝会にも出れない男爵家では、マーガレットの勇壮姿は知らないのだろう。祝勝会の話自体が、王家に反逆者がいたことで緘口令が敷かれている。
世間知らずの公爵令嬢なら、子供を引き取ると思っているらしい。
「最低だな。お前もあの女も。」
マーガレットが振り返り、ロザリナに対峙する。
「自分の子でもないのに、引き取るはずないでしょ。私がマーガレット・グラント公爵令嬢です。」
マーガレットの表情は街娘ではなく、高位貴族令嬢の冷ややかな微笑みを浮かべている。
「貴女も遊びだったのでしょ?
私は婚約者に愛されて嫁いで行くの。貴女と違ってね。」
これ見よがしにマーガレットがレイクリフに手を重ねる。
「お前が!」
マーガレットに襲いかかろうとしたロザリナは、護衛達に押さえられた。それを横目で見ながら、マーガレットは背を向ける。
「私はマーガレット・グラント。誰にも私を貶めさせやしない。
思い通りに出来ると思ったら大間違いよ。」
俺のマギー、カッコイイ、とレイクリフの目がキラキラしている。
そんなレイクリフは過去の女性関係トラブルのマイナス100点加算で、マイナス215点。
正義の味方ではないマーガレットでも思う、産みたいんだろうな。
貴族の娘が未婚で子供を産み育てることは難しい、結婚しようと必死なのだ。誰かは知らないが、父親はいるはず、彼女自身も父親が誰かわからないのか、父親が逃げたのか。
街の裏通りに彼女は仕事を探しに来たのかもしれない。
彼女はずいぶん強かなようだ、友達になるにはごめん被るが、エールを贈ろう。
きっと元気な子供を産むだろう。そう思うと、マーガレットは知らず知らずに微笑みを浮かべていた。




