深夜の約束
ベランダの外の壁を登ってくる音がする。
時間は深夜だ、もちろん他人の家を正式に訪ねる時間ではないが、壁を登って入ろうとするのはいかがなものだろう。
家の者も警備もわかっているのに、放置というのも問題だが、信用されているということだろうか。
「マギー、夕方は悪かったよ。」
鍵の掛かっていない扉を勝手に開けて入ってくる。
初めて入る部屋の様子が分からず、灯りの消えた部屋でマギーのベッドを探しているようだ。
「マギー、寝室に入っていいの?」
「ダメに決まっているでしょ!」
寝室から灯りを持って出て来たマーガレットがレイクリフに抱きしめられる。
「会いたかったよ、やっと帰ってこれた。」
戦地から帰ってきたかと思うと、マーガレットも抵抗ができない。
チュッ。
「何するのよ!!」
マーガレットの握り拳は、レイクリフに止められ押さえつけられる。
「もう一度だ。」
今度は深く口づけされる。
ガンッ!
マーガレットの膝がレイクリフの股間に入った。
「ひどいよマギー。」
レイクリフが呻いている。
「ソコに座りなさい。」
とマーガレットが指指したのはソファーではない、絨毯の上である。
「首が繋がっているだけ、ありがたく思いなさい。」
レイクリフも少しは悪かったと思っているので、絨毯の上に座った。完全に指導権はマーガレットにある。
「深夜に女性の部屋に忍び込んで、同意なくキスをするなんて何考えているの!」
「マギーの事だ。」
当たり前だろ、とレイクリフが答える。
「逢いたくて逢いたくて、頑張ったんだぞ。褒美が欲しい。」
「国のために頑張ったと言えないの?」
「マギーが安心して暮らせる為に頑張った!」
戦地で私の事思ってくれていたのね、とロマンチックなシチュエーションにならないのがマーガレット。
「ソレとコレは別。」
「別じゃない!」
引き下がらないレイクリフ、何としても褒美が欲しいらしい。
そう言えば、とマーガレットは夕方執務室に行った目的を思い出した。
「ケガをしたと聞いたけど、大丈夫なの?」
「ああ、全然問題ない、何でもできる。」
その何でもが深夜に女性の部屋に忍び込む事も含まれているらしい。
「見せて。」
マーガレットの言葉に、レイクリフがたじろいだ。
「見せるほどでもないし、気にするな。」
あやしい。
「見せてくれたら、頬にキスしてあげる。」
マーガレットの言葉は、レイクリフにとって抗いがたい魅力に満ちている。
灯りの下で、マーガレットがレイクリフのジャケットを脱がせると、シャツの横腹にうっすら血が滲んでいる。
「たいした事ないからな。」
そう言いながらも、キスが欲しいレイクリフは動かないでいる。
シャツも脱がせ、腹全部を縛ってある包帯をほどくと、縫合されてはいるが血を滲ませている傷口が見えた。
脇腹を斜めに斬られている、腕にも足にも傷があるようだ。
「内臓はでなかったから、たいしたことない。」
戦争に行ったのだ、たくさんの兵士が亡くなったのだ、マーガレットにも戦地の状況が想像できた。将軍のレイクリフでこれなのだ。
「約束して。」
マーガレットがレイクリフの傷にそっと手を当てると、レイクリフがピクンと動いた。
「もし、また戦争が起こっても、必ず生きて帰ってきて。誰を犠牲にしても生きて。」
レイクリフがマーガレットの手の上に手を重ねる。
「約束する、マギーの元に帰ってくる。」
マーガレットがレイクリフの頬にキスをして、腹の傷に包帯を巻く。マーガレットの手の動きをレイクリフは言葉なく見ている。
「傷が治ったら。」
マーガレットがレイクリフにジャケットを着せながら言う。
「傷が治ったら?」
レイクリフが問いただしてくる。
「手合せして!」
期待していたレイクリフは、マーガレットの言葉に茫然としている。
反対にマーガレットの瞳はキラキラだ。この傷すごい、さすが将軍と誉めているが、人間性は誉めてない。
対戦相手として興味津津だ。
「無理だ、マギーに剣を向けられない。」
「根性なし!!」
ケガ人に腕力は控えたのだろう。
「ケガが治ったら、叩きのめしてやるから早く治しなさい。」




