秘密の会議
将軍執務室の会話になりますが、職場では貴族階級ではなく、役職名で呼び合っております。
ワーグナー公爵ではなく、ワーグナー将軍となります。
南方部隊将軍執務室は人払いがなされ、さも重要会議の様相を見せていた。
そこには、マーガレットの登城を聞いて駆けこんできたマーガレットの兄であるギリアン・グラント宰相補佐官がいた。
「申し訳ない、ワーグナー将軍、ケガはどうだ?」
レイクリフも女に殴られて頬が腫れて変色しているなど人に知られたくない。
「その男は殴られて当然よ。」
殴った本人は殴った手が痛いとさえ平然と言っている。
護衛の拘束から逃げたマーガレットは勢いのまま、レイクリフの頬をゲンコツで殴って、弾き飛ばしたのだ。
「公爵令嬢を殴り返す訳にいかないだろう。」
頬を濡れた布で冷やしながら、レイクリフがボソッと言うのを、マーガレットは聞き逃さなかった。
ギロリと一瞥して言う。
「負けたクセに。」
「マギー!」
レイクリフよりも先にギリアンが口を開く。
「こんなところに女性一人で来るなんて、何かあったらどうする気だ!?
ましてや、将軍を殴るなんて。」
「あら、お兄様。
ソイツは女の敵ですわ、女性を大事にしようって気がない。
寄って来る女の気もしれませんけど。
どこがいいのかしら?
顔よね、それから家柄?財産?
全部、親からもらったものばっかじゃない。」
ブハハ!
レイクリフの副官が噴き出して笑い始めた。
「レイ、最高のお姫様だね。本当のことだ。」
副官は居ずまいを正すと、ギリアンとマーガレットに向き直った。
「グラント補佐官、失礼しました。僕は将軍の副官をしておりますイース・ブリューゲルと申します。」
「ブリューゲル伯爵の御子息でいらしたな。」
ギリアンの言葉を聞きながら、マーガレットも頭の中の貴族名簿を思い出す。
ブリューゲル伯爵家嫡男、2年前の南方地域の盗賊討伐でレイクリフと二人活躍したんだった。
ふーん、この将軍についていっているとは、なかなかかもしれない。
顔は普通に貴族らしく整っている、頭がよさそうかな、マーガレットが点数をつけている50点。
「全部じゃないぞ、将軍職は実力で手に入れた。」
「バーカ、公爵家の家柄だからよ。
武勲で隊長ぐらいにはなれたかもね。」
ふふん、とマーガレットが口の端を上げる。
「軍隊はそんなに甘いものじゃない、実力がなければ兵はついてこない。」
レイクリフがギロリと睨んで言うのを、おおコワ、と言いながらも恐がっている振りもしないマーガレット。
「将軍、あまりマギーを怒らすな、さっさと婚約を断る事を王に報告する方がいい。
君はマーガレットの好みじゃない。」
ギリアンが仲裁をするが、レイクリフも折れない。
「マーガレット姫、嫌いな男のとこに嫁いでくるがいい。
たっぷり可愛がってあげるよ。」
レイクリフの言葉が終わらない内に、マーガレットが再び殴りにかかるが、その前に横に居るイースに頭を叩かれた。
「冗談にしてもタチが悪すぎる。」
イース55点、マーガレットの中で評価がアップした。
「お友達のところで愚痴ってやるわ。
将軍に婚約を断りに行ったら、無理やり乱暴されそうになり、逃げようと振り回した手が将軍の顔に当たって逃げれた、って。副官と口裏合わせているから恐いって、涙の一つでも流せばどうなるかしら?
泣き真似は得意よ。」
副官って僕のことですよね、とイースが飛び上がり、ギリアンが、早く謝れ、と催促する。
「悪い言いすぎた。」
レイクリフも悪かったと思っているのは態度でわかる。
「ちなみに、マギーの言うお友達って皇太后だぞ。
レース編み仲間らしい。」
ギリアンが、逆らうなとたたみかける。
「その腕力でレース編み!?」
ブハッと笑ったレイクリフが、悪かった、と言う。
「あら、たいした腕前なのよ、今度見せてあげるわ。」
ふふふ、と笑うマーガレットは綺麗だった。
レイクリフは見とれて動きが止まってしまい、顔が紅潮するのを自分でもわかり焦る。
「君はそんな裏工作はしないだろう?」
思わず口から出た言葉に、レイクリフ自身もマーガレットも驚く。
「必要ならするわよ。
でも将軍にはしない。堂々と本人に言ってやる。
女たらしの最低男、大嫌いよ、もっと」
マーガレットは言い切ることができなかった、ギリアンがマーガレットの口を押さえたからだ。
「マギー、本当の事でも言っていい事と悪い事がある。」
ははは、まいったなぁと苦笑いしながらレイクリフは立ち上がり、副官のイースに王に謁見を申し込んでくれと告げる。
イースが執務室から出て行くと、レイクリフはマーガレットの手を取り、手の甲にキスをした。
「よろしく、婚約者殿。」
マーガレットは握られている手を振り払うと同時に蹴りにいく足を、レイクリフは避ける。
「ありえなーい!」
「猛獣とわかっていれば、最初から用心するさ。」
笑いながら、レイクリフが言う。
「婚約なんてありえない!」
マーガレットが怒っているが、レイクリフはニヤニヤ笑っている。
「ほんと、可愛いね。」
「将軍、まさかと思うが、マギーを気に入ったのか?」
ギリアンが聞いてくる。
「俺も自分で驚いているよ。
怒っている顔も可愛い。俺もマギーって呼んでいいかな?」
「絶対にイヤ!!
コイツ、マイナス150点の男よ!」
なんだそれ?
と聞いてくるレイクリフにマーガレットは律義に説明する。
「貴方の点数よ、お兄様は70点、お父様は20点、こんな縁談持ってきたんだから。」
たいてい父親の苦労は報われない、公爵家も同じだった。