ジルベール・アルビリア
颯爽と軍服で歩くジルベールに、黄色い声援が送られる。
どこから情報を得たのか、貴族令嬢達が、ジルベールの軍服姿を見ようと軍指令部に押し掛けたからだ。
「待たせて申し訳ない。」
ジルベールが扉を閉めながら、レイクリフに向き合った。
「問題ありません。」
レイクリフは、外の様子を覗いていたので、ジルベールに令嬢達が群がっていたせいで遅れた事はわかっている。
穏やかな口調だか、ジルベールの瞳はレイクリフを貫かんばかりに鋭い。
対するレイクリフも、敵兵に会ったかのような視線である。
ジルベールが部屋にいるイースに目を向ける。
「彼は私の副官です、秘密を暴露するような危険はありません。」
レイクリフの言葉に、ジルベールもわかっている、と視線を投げた。
「イース・ブリューゲルと申します、殿下。」
「これから、頻繁に顔を合わすようになる。よろしく頼む。」
イースが机いっぱいに資料を広げると、ジルベールは直ぐに確認してきた。
「この地図の国境にある印は、何だ?」
「ウォール王国が、突破口と予想される地点だ。」
答えたのはレイクリフである。
「なるほどな、地形から考えると絞られてくるな。
国境近くになって、ウォール王国軍が足踏みしている、どう考えている?」
「いくつか考えられますが、国境突破の為の物資補給か、増員を待っているか、情報を確認しているか。」
すでに、国境周辺はアルビリア王国軍が補強されて警備にあたっている。
「それとも、土産待ち、かだな。」
ジルベールの瞳はオルグ・ヤーツェフと言っている。
ジルベールの指示で、北方第3部隊は後方支援部隊に回されている。
「後方から、我が軍を攻撃して、そのままウォール王国軍に逃げ込むという事も考えねばならない。」
「分かっていて後方にされたのは、何か策があってで?」
カタンとイースがお茶を机に置いた事で、ジルベールもレイクリフも椅子の背もたれに身体を預ける。
「そこに私がいるからだ。」
ジルベールの言葉に、レイクリフがあわてて、手に持ったカップを机に置く。
「殿下、まさか囮に?」
「敵軍に寝返るのに、私の首は格好の手土産だ。
そして、その混乱に乗じて敵陣地に逃げれると考えるだろう。」
「なりません!」
レイクリフが止めに入るのを、ジルベールが手のひら前に出して、押さえる意思表示をする。
顔を上げたジルベールの瞳は燃えているようだ。
それは、舞踏会でレイクリフを殺さんばかりに見つめた瞳と同じ。
レイクリフもイースも、ジルベールに絡めとられる程の強い視線。
「これでも、腹がたっていてね。」
ジルベールの穏やかな口調は、冷静であると判断するしかない。
「我が国民が納めた税金だ。我が国を守る為の武器・弾薬だ。
オルグ・ヤーツェフがウォール王国からの見返りの想像はつく、姫だ。
ウォール王国が、我が国に勝利したあかつきには、姫が報奨として下賜されるのだろう。
姫は、姫の意志によってのみ生きて欲しい、戦利品ではないのだ。
私は、国も国民も国益も姫も守る。
舞踏会の誘拐も、武器の横流しも、犯人を確定する時間はない。
私を襲えば、それが確たる証拠だ。」
この人は、憎いレイクリフであっても、タッグを組む相手と認めたのだ。
王だ、間違いなく、この人は王なのだ。そして内に強い激情を秘めている。
イースがジルベールの元で片膝をついた。
「殿下、それはあまりに危険な策であります。
どうか私を、殿下の護衛の一人にお加えください!」
予想外の行動に、ジルベールもレイクリフも驚くばかりだ。
「ブリューゲル副官、嬉しいが、簡単な事ではないよ、」
ジルベールの言う事がもっともである。南方部隊将軍副官が、北方部隊将軍の護衛官となることはない。
だが、イースも引き下がらない。
「ワーグナー将軍は友です。
だが、私は主君を見つけた。それは、殿下です。」
顔を上げたイースの瞳が真剣さを表している。
「私が、何処に行こうともついてくると言うか?」
「お許しの言葉と承りました。
何処までもお供致します。」
イースがゆっくりとレイクリフを見た。
レイクリフは頭を横に振り、イースを見つめている。
「お前がいないと、支障がでるな。
俺は今、最初に殿下に疑いを持った事を、猛烈に恥じているよ。
早急に俺の副官を探さねばならないな、誰か推薦してくれ。」
「では、ここで南方部隊将軍と、北方部隊将軍の認可の元に、イース・ブリューゲルを北方部隊将軍副官と任命する。」
「はっ!」
ジルベールの命を受け、イースが返事すると共にレイクリフが叫んだ。
「待て。直ぐにか?!
イース、印の場所はどこだ?
書類管理の引き継ぎは!?」
「大丈夫だ、お前が知らなくとも、執務室にいる他の武官達が知っている。教えてもらえ。」
イースの言葉は冷たい。




