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序章

酷くからだが重い。ここは何処だ。


重いまぶたをひらくとそこに広がるのは延々と続く暗闇であった。


何故こんなところにいるのか。混乱と痛みに渦巻く頭を必死に回す。


しかし答えは出ない。


「くそ……ッ」


おもむろにでた言葉は、彼の焦りを明確に表していた。


突然辺りがゆっくりと光に包まれる。まばゆい光の眩しさに思わず目を閉じ、手で視界を遮る。


「なんなんだよ……」


 突然の事に驚き、戸惑いながらもゆっくりと顔をあげる。


僅かに眩しさに目を細く開き、やがて光に馴れた目で明瞭になった世界をみた。


 それは部屋だった。どういった部屋か、それは日本人であればどこかしらで目にしたことがあるだろう。現代日本の畳が敷き詰められた六畳ほどの部屋。中央にはちゃぶ台と醤油のり煎餅が木製の丸みを帯びた皿に綺麗に並べられていた。


すこしずれて湯飲みがおいてあり、『めるしぃ』と平仮名で綴られていた。中にはもちろんお茶が入っていて湯気をゆらゆらとあげていた。


「なんだここ?」


 思わず口にでた疑問の言葉。人のいる気配はない。部屋にもちゃぶ台と煎餅以外なになにも変わったものはない。出口も見回す限りないようである。


ただひとつ確認していない所があった。押し入れである。


 流石にここがどこかわからない以上、他人の部屋故、勝手に押し入れを開けるのは流石に憚られるのだが、出口も窓もない以上ここを開けてみるしかない。


「ッ……ごめん!」


 誰かわからぬ家主に謝りつつ押し入れの襖を思い切り開く。開いたふすまの先にはごそごそ動くふくらみを帯びた布団が一つ。無言でおもむろにその布団を捲った。




中には丸まって眠っている少女の姿があった。白がかった蒼い髪色で、首元で切り揃えられた髪は寝ぐせなのか所々くるくると跳ねている。星とハートの柄が散りばめられた水色のパジャマを着ており、見る限り小柄な十歳くらいの少女のようである。


「かわいい」


気が付けば気持ち良さそうに寝息を立てる少女の頬をおもむろに人差し指でぷにぷにと突き刺していた。


「うぐっ……うぅ、う」


 寝心地悪そうな声をあげるも、起きる気配はない。その後もゆするが、起きない。このままでは全く事態は進展しないので、ため息を一息つくと、左手を宙高く掲げる。

そのまま、勢いよく少女の頬目掛けて、腕をふり下ろした。

ペチンッと音が部屋に響くと同時に、少女が飛び跳ねた。


「待って!待って!すこしだけ寝過ごしただけだから!だから天使長には、天使長にだけは……」


少女は起きると同時に手を組みその場に土下座をするような形で震えながらうずくまっていた。どうもいきなり起こされ混乱し、別な人物と勘違いされているようである。


「あのぉ……この部屋の方ですかね?」


「ヘッ!?」


少女がおもむろに顔を上げる。お互いに顔を見合わせ数秒の沈黙の後、一言。


「……あんた、誰?」


「……いや、俺がききたいんですけど」


「まぁどうでもいいけど……ここ、私の部屋だから早く出てってよね」


「ちょッ……待ってくださいッ!?」


と、再度布団を被りなおして背を向けようとする少女の肩を掴み、こちらへ引き戻す。


「なに、まだなにかあるわけ?」


「いや……ここどこすか、てか出ていくにも出口がないですし」


「んー……うるさいなぁ、ちょっと待って」


「はぁ……」


 少女は布団に包まりながら、人差し指で空中をなぞる。瞬間タッチパネルのような半透明な黄色い画面が出現した。それをスクロールして、何かを閲覧している様子でだった。

 そして結論が出たのか、眉をひそめ、おもむろにため息をつくと布団からでると、押し入れから活きよいよく飛び跳ねる。そして一言。


「とりあえず座ってもらってもいい?」


「はぁ」








「大体の自分が置かれている状況はわかったかな?」


「はぁ、てか……死んだんすね、俺」


「うむ。飲み込みが早くて何より」


 姿勢よく正座をし、茶をすするのは先程まで寝転んでいた少女メルシィである。話を聞くに一応天使らしい。ちゃぶ台に肘をつき、宙を撫で、タッチパネルを操作する。


「プププッ」


そして画面を見てずっと苦笑している。


「……なんだよ?」


思わずずっと笑っているメルシィに、苛立ちを覚える。


「べっっつにぃぃなんでもないですけどぉ……ところで、たかし君で間違いないかなぁ?」


 ニマニマと怪しい笑みを浮かべながら、メルシィが宙を横に思い切り人差し指でスライドする。その姿はさながら音楽団の指揮者の様な指裁きである。

瞬間目の前にスライド画面が現れる。そこにはプロフィールが大まかに出ていた。


名前は大沢たかし。性別は男性。十七歳童貞。趣味はアニメを視聴しながら、ストーリー上、報われなかったサブヒロインと自身が恋に落ちる妄想をすること。

またはエロゲをやりながら各作品内での推しキャラを想いつつ、自慰をする事。

続けて※の後に、下半身直結脳である、と書かれている。

身長百八十九センチ。でかい。でかいだけ。なお愚息は……(笑)


「やめろぉぉぉぉッ!やめてくれぇぇぇッ!」


 思わずたかしは頭を抱え、その場にうずくまる。たかしは思い出していた。いや思い出してしまったのだ。数多のヒロインたちとの恋の妄想。脳内で幾多の女性を堕としたことか、百から先は覚えていない。それよりもここまで自分のあられもない姿を緻密に文字に起こされると、悶えざる負えない。


「フフッ……神にはすべて筒抜けよ」


 メルシィは心なしか得意げでない胸を張っている。それと同時に見下すような、若干笑いを我慢するかの様な表情を浮かべ、悶えるタカシを軽蔑の眼差しで覗いていた。


「まぁ……まだ絶望するには早いんじゃない?」


とメルシィが人差し指で「よっ!」と掛け声と共にタッチパネルを撫でる。

俯くたかしの眼前にタッチパネルが再度展開される。ゆっくりとまぶたを開く。そして画面に映し出されていた文字は……。


死亡理由 PCゲーム「ドキドキッ!義妹と幼馴染とラブラブラブデイズ!」の妹キャラの碧ちゃんを想いながら激しい自慰の末果てた。凄まじい最期であった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ死んじゃう、死んでやるぅぅぅぅ」


たかしは思わず足元の座布団を頭に被せ、震えている。そのたかしに追い打ちを掛けるかのように、メルシィは爆笑しながらたかしの耳元で囁く。


「ねぇ、ねぇ、今どんな気持ち?どんな気持ちぃ?」


メルシィはたかしの耳を舐めるんじゃないかという勢いで迫り、クスクスと苦笑している。


(そうだ、俺はベットで確か……事に及んでいた。けどまさかあのまま死ぬなんて……。

てか葬式の時やべぇじゃん。死因テクノブレイクって絶対参列者の方々にクスクス笑われる奴じゃん!クラスメイトにたかしくんて大人しそうに見えて性欲はすごかったんだねって陰口叩かれる奴じゃん。べぇッ……マジベェッわ。母さんと親父、愚息の不幸をお許しくださいッ!)


と両親に心の中で謝辞の気持ちを述べながら悶える。

そしてその過酷な現実を突きつけ、さもあざ笑うかのように自分をいじり倒す目の前の幼女メルシィに苛立ちを覚え、下から睨みつけた。


「くッ……」


「あっ……私に欲情してる?見ないで、触らないで、子供が出来るッ!」


「出来るかぁッ!」


メルシィがゲシゲシとちゃぶ台の上から素足でたかしの顔を踏みつける。

しかし顔を踏みつけられてるのに、心なしか悪い気はしていないたかしであった。メルシィがそこそこ可愛い幼女であったのも要因の一つだろう。


「……救えないクズね」


たかしの顔を踏みながらぼそりとメルシィが呟いた。既にたかしの心中をお察しのご様子である。


「は、はぁ?お前みたいなツルペタ幼女に興奮なんてしねぇよブス!」


 咄嗟にでた言葉であった。まるで小学生が好きな子に素直になれなくて照れ隠しで吐くような悪態をついた。正直のところ全然そんな事思わない。むしろ普通にかわいい。この生意気な性格が無ければよしよしと愛でたいくらいである。

 普通この年齢くらいの子なら悪口の一つ吐いて寄こすものだが、メルシィは見た目とは裏腹にひどく落ち着いていて、変わらずたかしを汚物をみるかのような目で見下ろしていた。


「ふぅん……そう。ブスね。まぁいいわ。本題に入りましょうか」


とたかしを罵るのをやめて、尻を軸にくるりと回り、たかしに背を向けちゃぶ台を挟んで、たかしの正面にある座布団の上に器用に正座しなおした。そして肘をちゃぶ台の上につくと、反対の手で宙を人差し指で軽く横へ凪ぐ。

 たかしの眼前にまたタッチパネルが出現する。思わず反射的に目を背けてしまう。このタッチパネルが眼前に展開される時、いいことがないというのはこの短時間に唯一たかしが学んだ事である。

それを察するかのように、煎餅にかじりつきながらメルシィが軽く笑う。


「大丈夫、次はほんとにほんと、あんたにとっていい話よ。てかこの作業やってもらわないと私いつまでたっても二度寝できないからはやくやってほしいかも」


たかしがゆっくりと目を開くとそこには……。


現実で不遇な思い、死んでも死にきれない恥ずかしい死に方をした皆さんッ!

今流行りの異世界へ転生してみませんか?夢の異世界でもう一度人生をやり直そう!


という怪しい勧誘サイトの様なキャッチコピーが書かれた画面が出てきた。画面の端に小さく『異世界転生協会』と書かれている。たしかにこのキャッチコピーはたかしに当てはまりすぎて困る。とりあえず画面をタッチする。

ピロリンッと効果音が鳴り、プロフィールを入力する画面が出てきた。まるで感覚はゲームのキャラメイクの様である。


「何これ?」


「みりゃわかんでしょうが。生き返らせてやるっていってんのよ。感謝しなさい」


 流石にはいそうですか、とはならない。流石に話がうますぎる。なんの取り柄もないたかしが、異世界でもう一度生をやり直す事が出来る。しかし何故自分なのか。まさか……。


「俺は選ばれたのか、勇者に」


「ばっかじゃないの、妄想も大概にしなさいテクノブレイカー」


割って入るかのように鋭い突っ込みがはいる。


「んじゃなんで……」


「答えなんて一番最初の画面で言ってるようなもんでしょうが」


「……うむ?」


「だぁかぁらぁ、あんたがあんまりにも不憫で恥ずかしい人生を送って、はたまた死に方まであれじゃあ流石にかわいそうでしょうって今回の異世界転生の対象者に選ばれたのよ。我らが主に感謝しなさい、テクノ沢くん」


 理由は理解できたがあまり理解はしたくない、というよりも何となく自分自身に情けなくなった、たかしであった。しかしとりあえず生き返らせてくれるというのならうますぎる話ではあるが乗ってみるのもいい、いやもはやこの話に乗らざる負えない状況なのである、とたかしは悟った。


「まぁどんな理由でもいいさ。恥ずかしくない人生を次こそ歩もう。んで俺は何をすればいい?」


煎餅を口にくわえてメルシィは人差し指でタッチパネルを指さす。そこには質問が綴られていた。


「アンケート、か?」


「とりあえず参考までに答えて。内容は適当でもいいから」


「わかった」


とりあえず言われた通りに、目の前の画面に向かう。


問1 好きな食べ物はなんですか?


「豚汁っと」


「あぁ、あれ美味しいわよね」


「豚汁は無限に食えるな。腹に溜まるし」


「ふぅん。異世界でも食べられるといいわね」


「まっさか……お、二問目」


問2 コンプレックスはなんですか?


「身長っと」


「へぇ以外も以外ね。高い身長って男子からしたら憧れじゃないの?」


「いや陽キャラだったらいいんだろうけどな。残念ながら陰キャラだし、日本人でこの身長はすごく目立つからな。目立ちたくない俺としてはちょっとコンプレックスではある」


「ふーん、そう」


「三問目か。これで最後か」


三問目 ひとつ能力を得られるとしたらなんですか?


「これはいうまでもない。〝言語理解・及び翻訳〟だろ」


「あら、意外に現実主義」


「異世界なんだから言語が日本語なはずないしな」


「妙に賢いわね。ちなみに転生者の大半は創作物の読みすぎで異世界いったら自動翻訳機能が付与されてると思っていてるのだけどそこまで世の中甘くないわ。だからその大半は異世界転移後に夢も希望も打ち砕かれて二度目の人生を自殺で終わらせる人が後を絶たないわね」


「あっぶね。〝言語理解・及び翻訳〟選んで正解だわこれ」


一通りの質問を答え終わった後、ご回答ありがとうございました。それではよい異世界ライフを。と出てタッチパネルが消える。


「やっと終わった?全く手間取らせないでよね」


「いやそんな時間とってねぇだろ……まぁいいや」


「あと転移後にはランダムで能力が付与されるわ。だからもしかしたらチート能力持ちの英雄かもしれないし、はたまた何もない無能力者かもしれない。まぁなんでもありね」


「それ怖いな。よっしゃッ!次は全うに生きるぞッ!」


「そう……それじゃあ、いい異世界ライフを」


と言ってメルシィが身を乗り出し、たかしに近づく。まるで雌豹のようにゆっくりとちゃぶ台の上を這い、たかしの眼前にせまる。


「お、おい……」


さっきまであんなに罵られていたのにも関わらず、満更でもなさそうなたかしである。

そしていきなりたかしのおでこに柔らかな手が触れる。

そして一発。デコピンが一撃。たかしのおでこを貫く。

思わぬ痛みにたかしは仰向けに倒れる。

まどろむ意識の中最後に耳に入った言葉をたかしは覚えている。


「ほんと救えない変態ね。精々足掻きなさい。出来損ないさん」


 この時の彼にこの言葉の意味は分からなかったが、後にこの言葉が自身の運命を左右する事になろうとは思いもしなかった。かくゆう大沢たかしはこうして異世界に転生することになったのであった。



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