婚約破棄?断る、破棄させない!~ヴァンクレア&オフィア+騎士団の皆様 第一弾~
「オフィア・コドン嬢!この私ヴァンクレア・ヴェアは、貴女との婚約をここに破棄すると宣言する!」
響きわたる声で、高らかに宣言する貴公子。
ビシィ!と指をさす先には、一人の可憐な...、可憐な?令嬢が腕を組んで、足を開きふんぞり返っている。
すうっ、と音が聞こえるほどに息を吸いこみ、
「ことわぁーーーるっ!!!!」
響きわたるどころか、壁に震えが走るほどの音量で、言い返した。
オフィアがヴァンクレアと婚約したのは四歳の頃。
コドン家、ヴェア家は、どちらも男爵家。
片田舎でお隣同士の領地(ほぼ山と農地)を治める下級貴族だ。
両家は元々近所付き合い程度の仲であったが、同時期にお互いの夫人が妊娠し、互いにはじめての子どもという事で、まず夫人同士が仲良くなった。
「あら、うちは春先に産まれる予定なのです」
「まぁ!奇遇ですわね、この子の出産予定も春ですのよ!」
お茶会で出会った両家の夫人は、互いの少しふっくらしてきた腹部をみながら楽しそうに話す。
「こちらに嫁いできて、まだ友人も少なくて。
コドン夫人、良かったらこれから産まれるお子共々、仲良くして下さいませんか?」
「もちろんです、ヴェア夫人!私こそお願いしたいわ。
お互いはじめての出産ですものね。私も実家と距離があるものですから、少し心細かったのです」
嫁いで間もない嫁の立場、新しい環境でむかえる出産、同じ気持ちを共有できる二人は一気に仲良くなった。
二人とも、無事に赤子を出産するが、下級貴族の嫁は忙しい。
育児という戦争に追われ、自分の家の家事を使用人と一緒にこなし。
自分の時間などそうそう取れなかったが、たまに社交という名目で近い領地の夫人達とお茶会を開いては、お互いの近況を報告しあい友情を深めていった。
「素敵だわ!今度のお茶会にはヴァンクレア君も一緒なんですって。
オフィアちゃんも一緒に行きましょう。同じ四つの、はじめましてのお友達よ!」
「はじめまして?おともだち?」
ヴェア家長子のヴァンクレアは、生まれつき身体の弱い男の子だった。
季節の変わり目に熱を出し。
鼻水が出たな、と思ったら翌日には起きあがれず。
咳こみはじめるとミルクを飲めなくなる。
赤子の頃は体調を崩すたび、この子はこの病を越えられるだろうか、今回は神の元へいってしまうのではないか、とヴェア家の人々は気が気ではなかった。
そんなヴァンクレアも成長とともに体力もつき始め、今回はじめてお茶会に参加出来るとヴェア夫人からの手紙で伝えられたのである。
コドン夫人はわが子同士を合わせられると喜んだ。
「フィアちゃん!ボクも剣、おぼえたいっ!」
「ヴァンがわたしの家来になるなら、いっしょにけいこ、してあげる」
「はいっ!なるっ!なるっ!」
はじめてあった二人は、母親達と同じようにすぐ仲良くなった。
というか、ヴァンクレアがオフィアに心酔してしまったのだが。
お茶会が始まってすぐ、イノシシが出たと使用人達が騒ぎ出した。
「お騒がせしてごめんなさいね、どうも大きなイノシシが一匹、野菜に味をしめてしまったらしくて。近くの畑によく出るのよ」
今回のお茶会主催家の夫人が、申し訳なさそうに話す。
何度追い払っても戻ってくるし、退治しようにもうまく逃げてしまう。
罠にはかからない賢さで、領民も困ってしまっているという。
どこの夫人も害獣被害は人事ではないため、まあ、大変ですわね、縄を巡らすと効果があるそうですわよ、うちの脳筋夫を貸しますわ、なかなかうまく駆除しますわよ、などと真剣に話している。
ちなみに最後の脳筋のくだりを話していたのはコドン夫人である。
「あたし、くじょしてくる!」
すっと立ち上がったオフィア。
「あっ!こら!ダメ!待ちなさいフィアッ!!」
と、俊敏な動きで捕まえようとする母親の腕を華麗に避け、パーッと走り出してしまった。
「ダメよ!父様に一人で害獣駆除しないって約束したでしょ!!
フィアー!!」
声むなしく、オフィアの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
こうなるとお茶会どころではない。
イノシシは攻撃的で雑食だ。しかも相手は猟師も手こずる強者。
子ども一人で向かっていくなど、死ににいくようなものである。
しかし、心配で喚きたてる各夫人達にもたらされた結果報告は、一方的なものであった。
「いやあ、驚いた。
あんな小さなお嬢ちゃんが、イノシシ狩りに出てた護衛の腰から剣をパッと取ったと思ったらな、人間様をなめてかかって、ゆうゆうとしていたあのデカイノシシに凄い速度で突っ込んでいってな。
あっ!と思った瞬間にイノシシの首に一撃バサーッだ。
あのイノシシの野郎、自分が死んだのも気づかなかっただろうよ。
いやいや、本当に驚いた。長生きはするもんだなぁ」
功労者のオフィアは、コドン夫人に子猫よろしく首根っこ掴まれている。
「お騒がせしてすいません、うちの娘が、すいません、ほら、貴女も謝んなさい!」
危ない事をして!このバカ!としこたまお尻を叩かれたあと、お茶会の夫人達や関係者にひたすら頭をさげさせられていた。
「...くび、ちゃんと落とせなかった」
半分くらいしか、いけなかった。
全く違うところを反省して、さらにコドン夫人の怒りの火に油を注ぐ。
「四歳の女の子が、反省するところそこなのかよ」
剣の達人でも、生きた獣の首を一撃で落とそうとなどとはそうそう考えまい。
「はあ~~...。さすがはコドン男爵の娘さんだなぁ」
コドン男爵は、近隣でも有名な脳筋貴族であったので。
「ねぇ、フィアちゃんがあのおっきなイノシシやっつけたの?」
「うん」
「どうやったの?」
「剣でね、えいっ!ってやったの。
おとうさまと一緒にね、いつも剣のおけいこしてるの。
たまにね、ごほうびで、がいじゅうくじょにつれてってくれるのよ」
「イノシシやっつけるの?」
「うん。イノシシとか、シカとか。おにくおいしいよ。
キツネはきれいな毛皮がとれるんだよ」
「ボクもやりたい!」
...と、繋がる訳である。
家来になるなら、とのたまった時点で、コドン夫人のゲンコツが落ちてきたのはオフィアの自業自得である。
「だ、だって、フィア、僕が君から一本取れないと結婚してくれないんでしょ?無理だよ、僕がいくら頑張ったって、フィア、どんどん強くなるんだもん。
君、もう筆頭騎士様だからね。しかもこの前熊を一太刀で倒したって聞いたよ?
フィア、僕の事待ってててくれない。僕もう君を追いかけてく自信ないよ!!」
「グダグダぬかすんじゃない!婚約は破棄しない!」
イノシシ事件後、急激にオフィアに懐いたヴァンクレア。
フィアちゃんカッコいい!
ボクもフィアちゃんみたいになる!
と与えた木刀を振り、明るくなった。
身体を動かすのが良かったのか、益々丈夫になりヴェア夫妻は喜んだ。
「フィアちゃん好き!大好き!」
と会うたび跳ねて喜ぶ息子の姿に、
「フィアちゃん、頼もしいわよね」
「うちのヴァンはちょっと大人しいからなあ。フィアちゃんぐらい生命力溢れる子がお嫁さんならいいよね」
とのヴェア夫妻の提案により、二人の婚約が成立した。
コドン夫人は、
「い、いいの!?あんな暴れ猿でいいの!?
へ、返品不可よ!?本当にいいの!!?」
と訝しげながらも、大喜びしたという。
コドン男爵は、
「もう嫁入りの話し!?早すぎる!ダメだ!」
と困惑していたが、
「お隣のヴェア家なら近いし仲良しだから、孫にもいつでも会えますわよ、きっと」
と夫人に囁かれコロッと落ちた。
「ヴェア殿のところなら安心だな!
むしろ、早く婚約を整えてしまおう」
となった。脳筋は単純なので。
「フィアちゃんがお嫁さん?やったあ!」
「ヴァンとずっと一緒?家来だからずっと一緒でいいよ」
と本人達も望んでの婚約であった。
「あ、でも、わたしよりよわい男の子にお嫁いくのヤダ」
「が、がんばるから!ボクおおきくなったら、フィアちゃん守れるくらいつよくなるからっ!」
両家夫妻の「それは無理じゃないかなー」との心配は当然的中し、二人が18歳になった現在で、冒頭の婚約破棄に戻る。
「僕、もう無理だよ。フィアちゃんについていけない」
病弱だった男の子、ヴァンクレアは、スクスクと成長し、王子様然とした騎士へと成長した。
懸命に稽古に励み続けた為、若手の中でも一目置かれた存在となっている。
一方の女の子、オフィアは予想を裏切らない形で成長し、今や騎士団団長に次ぐ実力者として名を知らしめている。
見た目こそ、コドン夫人に似た柔らかな美人なのだが、その厳し過ぎる目付きが全てを台無しにしている。
こいつは出来る...!と野生動物にすら威嚇のポーズを取られている始末。
まあ、威嚇なんてしている間に首を狩られてしまうのだが。
本当に出来る獣は一目散に逃げる。正しい選択である。
「ヴァンはわたしの家来なのでしょう?ついてくるのは当たり前でしょう」
「またそうやって!僕の気持ちなんて考えもしない!」
「強くなれば済む話しなのに、逃げようとする根性が気に入らない。
婚約破棄だ、などと騒がずわたしに挑んでくればいいのよ」
「挑んでるでしょ!瞬殺でしょ!
ちょっとぐらい花持たせてくれてもいいじゃない!
このままじゃ僕達一生結婚出来ないよ!」
「だから、ヴァンが強くなれば...」
「同じこと繰り返してるよ、話しが進まないじゃないか!
もう、僕我慢できない!実家に帰るっ!」
「なんスか、これ」
新人騎士が呆気にとられながら呟く。
ベテラン騎士達が答える。
「あー、お前はじめて見たのか?」
「はい。え?いつもやってんですか、これ」
「我が騎士団の名物、ヴァンとオフィアの痴話喧嘩。
ほっとけほっとけ。そのうち飽きるから」
「なんか...、ヴァンクレア殿が癇癪起こした嫁で、オフィア嬢が融通のきかない旦那みたいになってるっスね」
「そうだな。それであってるな」
「もういちいち婚約破棄だーなんだーって!
独り身には響くんだよぉぉぉ!
アイツらもう、さっさと結婚しちまえよおー!」
「それはそれで、僕もう離婚するっ!って始まるんじゃねーかな」
「「うわ面倒くせえ」」
「ねぇ、ヴァン、本当にわたしと婚約破棄するの?」
「うっ!す、するっ!」
「大きくなったら、わたしを守ってくれるんじゃなかったの?」
「う、ううう!」
「ほら、イチャつきはじめた」
「オフィア嬢は守られる必要ゼロだろ」
「ヴァン、夕飯なに食べたい?わたし久々にステーキ食べたい」
「う、うん!久々にステーキ亭いこう、僕奢るから!」
「...もう怒ってない?」
「フィアも、怒ってない?...ごめんね?」
「な。飽きただろ?」
「なに食べたいとか聞いといて、作ってあげるのかと思いきや外食なんスね」
「しかも奢られてる」
「ステーキとか超肉食。さすが」
「だからもう、さっさと結婚しろよおおおおお!」
独身騎士の叫びをしりめに、仲良く食事に出かける二人。
騎士宿舎にやっと静かな時間が戻ってきた。
その後、二人は無事に結婚したとかしないとか。
オフィアとヴァンクレア&愉快な仲間たちで、もう何話か書けそうな気がしてきました。
※第二弾投稿しました。