NPCが増えました
両手で”たまごサンド”を持ち、上品にぱくぱくと食べる少女を横に見ながら、私はもうひとつの紫色の反応のあった位置の手前に座る。
私自身、今日のログインしたての時に汚れるからと色々気にしていたのであるが、少女を水から出す時に水や泥に触れたはずであるのに目立った汚れがない。
これも不具合なのかもしれないが、汚れない分には問題ない。むしろ、どちらかと言えば洗浄する手間が省けるので、ありがたい。
汚れないのであれば、直に座った方が面倒は少ない。
杖を横に持ち、さてどうするべきかと考えた。
この紫色の点が、少女のように石化したNPCであった場合、少女と同じようにしてはまたおぼれてしまうだろう。
かと言って、他に良い方法も思いつかない。
石化したNPCの周囲を掘るまではいいとしても、そこから先がどう考えても無理ゲーである。
水を入れて土を落としても、石化を解いた時点で少女のようにおぼれてしまうだろう。
かと言って周囲を掘った後、石化したNPCに紐を巻いて引っ張り上げるには私の筋力が足りない。
少女に手伝ってもらったとしてもやはり無理だろう。
石化している時点で、通常の体重の倍以上の重さになる……と前に攻略サイトで見た覚えがある。
「……そこに、埋まっているのですか?」
ああでもないこうでもないと考えていると、すぐそばから声が聞こえた。
見れば、たまごサンドを食べ終えたらしい少女が私の横に座り込み、石化したNPCが埋まっているであろう位置をじっと見ている。
石化した状態で意識があったようであるし、少女自身が先程まで埋まっていた自覚があるのかもしれない。
「たぶんね。わかるものなの?」
石化したのかさせられたのか、埋まったのか埋められたのか。
少女はその理由を知っているのだろうか。
「いいえ、わかりません。ですが、わたしのほかにもうひとり居る、と聞きました」
”誰に”とか”いつどこで”とか、聞き返したい点はいくつかあるが、ひとまず横に置いておく。
”もうひとり居る”という事は、紫色の点の位置に、この少女と同じように石化したNPCが埋まっているという事で間違いはないだろう。
「……なら、この位置に埋まっているのは石化した誰か、だね」
残りの紫色の反応の正体が確定したのは進歩であるが、それだけである。
どうやって掘り出し、救出するかの案が出ない。
腕を組んで考えていると、少女が私の服の端を引っ張った。
「なにかな?」
「あの、魔法杖を貸していただけませんか?」
「……え?」
少女には何か良い案でもあるのだろうか。
しかし、それでもこの杖を貸す事にはためらいがある。
杖を少女に貸した時点でセット装備の効果が途切れてしまう。
何より不具合の多い現在、杖を持ったまま少女が何らかの要因で消滅してしまう可能性もないとは言えず、杖を持ったまま少女が消滅してしまえば杖も一緒に消えてしまう可能性が高い。
この杖――”新緑と星の杖”の予備はないので、そうなるのは困る。
「だ、ダメなら他を考えます」
ああでも、少女は”魔法杖”と言ったのだったか。
この杖ではなくても問題はないのだろうか。
私はアイテムボックスで魔法杖一覧を呼び出し、消えても問題のない手持ちの中ではストック数が一番多い杖――”どんぐりの杖”を取り出した。
少女に”どんぐりの杖”を渡す。
「!!」
「その杖でも大丈夫?」
「はい! ありがとうございます!」
驚いた表情をして杖を受け取った少女は立ち上がり、真面目な表情で私に言う。
「あの、危ないので少し下がっていてください」
「うん。君も気を付けてね」
よくわからないが、とりあえず言われた通りに下がる。
少女は私が離れた事を確認すると、NPCが埋まっているであろう位置の手前――さっきまで私が座っていた位置――で立ち、杖を構えて目を閉じた。
「月の魂持つ言海より、願たる想いを引き寄せる【エレベィ】」
歌うように言葉を紡ぎ、聞いた事のない単語で締めくくられた”それ”の直後。
ゆらゆらと地面がゆっくり揺れ始め、同時に少女の前にある土地が隆起し始めた。
もしかしなくても”新しい魔法”であろうか?
このクエストが終わったら覚えられるのか、それともクエスト後に少女か少女関連のNPCから教えてもらえるようになるのか。
年甲斐もなく、新しい魔法の出現にワクワクとしてしまう。
揺れはそこまで大きくならず、けれども隆起した土は高くなっていく。
やがて隆起した土は、少女の身長よりも少し高い位置で止まった。
けれども揺れた地面は止まらずに、隆起したそこからポロポロと土の小さな塊が落ちていく。
中からは予想通り、黒い石が見えてくる。
揺れは止まらず、土が落ちる度にその石の形が明確になっていった。
やがて、すべてが露わになり、揺れが止まる。
出てきたその黒い石像が、少女と同じ年頃の少年である事がわかった。
目は少女が石化していた時と同じように閉じられ、表情もおだやかである。
少女は息をふうと吐き出し、それから私の方へと振り向いた。
「こんな事を言うのもおこがましい、とは思うのですが……」
「うん、石化を解けばいいんだよね?」
言い難そうな少女の言葉を引き継ぎ、私は頷く。
もとよりそのつもりであったし、少女と同じく”いしのなかにいる”状態であるであろう少年をそのままにしておくなど、できるはずもなかった。
子供は元気に学び、遊んでこそだと思うのだ。
石化した少年へと近づき、アイテムボックスから石化解除液を取り出した。
少女の時は届かなかったので水にとかして使ったが、本来これは対象へ直接振りかける薬である。
「――ん? む?」
「トット!」
黒からゆっくりと色が戻り、少年は石像から人へと戻る。
白に近い薄い金髪を短く切りそろえ、昼間の青空のように澄んだ水色の目。耳の先が少女と同じように少し尖っている。髪と目の色は少し違うが、顔だちがどことなく似ているし、兄弟か、親戚か。血のつながりがあるのかもしれない。
さり気なくマップを確認すると、残っていた紫色の点が消え、水色の点が新たにもうひとつ増えていた。
「え? あ、テッテ…?」
「うん、そうだよトット。よかった、よかったよぉ」
状況が呑み込めていないらしい少年に、少女が喜びと泣き声の混ざったような声を出しながら抱き着いていた。
二人は知り合いであるようで、少女はテッテ、少年はトット、という名前であるらしい。
感動の再開に水を差すつもりはないので、私は新たに”たまごサンド”をアイテムボックスから取り出した。
テッテも食べたのだから、トットもきっと食べるだろう。
なんとなく木の椅子と赤いクッションも取り出して座り、二人のやり取りが治まるまで、少し待つ。
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうございます!」
ぼんやりとして待っていると、テッテとトットが連れ立って私の前へとやってきた。
トットの顔にはまだ少し戸惑いが残っているが、テッテの方は嬉しいのか満面の笑みになっている。
「うん。それはよかった。これ、どうぞ」
「……え、これは?」
「お腹は空いていない? よかったら食べて?」
お礼の言葉を受け取り、トットへ”たまごサンド”の乗った皿を手渡す。
戸惑いながらもトットは受け取り、たまごサンドと私を見比べていた。
「そのサンドイッチ、おいしいのよ! 私もさっきいただいたの」
戸惑うトットにテッテが笑顔でそう言うと、トットは頷き、ひとくちかじる。
一瞬動きが止まったが、すぐにもうひと口、次のひと口と、無言でたまごサンドを食べ始めた。
勢いよく減っていくたまごサンドに、おかわりはまだあったかなと、アイテムボックスを確かめるのであった。