効率よりもこだわりを持つ
〈フィールド:忘れられた森、王都東門付近〉
パラソル(大)を落下傘の代わりに使い、軽い衝撃を感じながらの着地。
念の為にステータスを確認。HPは満タンのままで、問題はない。
パラソル(大)を閉じ、アイテムボックスへしまう。
周囲をざっと見まわし、耳を澄ませて音を拾うが、私以外に何かが居る気配はない。
杖を掲げ、ショートカットを叩いて”音熱結界”を発動。
アイテムボックス一覧からソート機能で装備アイテム:指輪を表示させる。
ざっと下へスクロールし、目当ての指輪を発見。取り出す。
新月の指輪
(月明りのない夜空の下で妖精が作ったと言われる指輪。装備中に取得した経験値全てを習得値へと変換させる。ただし、その数値は取得経験値の8%となる)
レベルを846から変動させない為の措置です。
狩りをしてもレベルが上がらずに済む上に、ほんの少しずつではあるが魔法やスキルを新しく覚えたり、習得済みのものの習熟レベルを上げたりができる優れものである。
……が、一般的にはレア度はそこまででもなく、それどころかゴミアイテムとして分類される、不遇アイテムである。
それはこのゲームのキャラクターの育成システムからすれば当然の事。
キャラクターのレベルを上げれば職業に依存するステータス能力と魔法・スキル用の習得ポイントが溜まり、プレイヤーは習得ポイントを好きな魔法やスキルに割り振る事ができる。
魔法やスキルは使う事で少しずつ習熟度が上がり、習熟度が一定に達するとその魔法やスキルそのもののレベルも上がる。習得ポイントを振る事でも魔法やスキルのレベルを上げる事ができる。
キャラクターにたくさんの魔法やスキルを覚えさせたければ、習得ポイントをためる必要がある。
少しややこしいのだが、習得値というものは、習得ポイントを得るための経験値のようなもので、習得値が一定数たまると習得ポイントを1、得る事ができる。
レベルとは別に計算されているらしく、レベルが上がった際にもらえる習得ポイントに習得値が影響する事はなく、レベルが1上がれば習得ポイントを必ず100もらう事ができる。
カンスト…1000レベルになった場合でも、取得経験値の計算は行われているらしく、取得経験値を一定稼ぐことができれば習得ポイントを100ずつ貯めていくことができる仕様だ。
検証動画が出回っていたのだが、新月の指輪を8個装備してポイントを得る場合と、カンスト状態から経験値によってポイントを得る場合では、僅差でカンスト状態から普通に経験値を得てポイントを得ていく方が効率が良いのだ。
よって、レベルにこだわりのある層からすれば必須のアイテムではあるのだが、そうでもない層からすればいらないアイテム……ゴミなのである。
だからこそ、買い込めた訳であるが。
指輪はあと4個装備できるので、新月の指輪を4個装備する。
杖を振う時にゴツゴツするので右手に指輪をするのは嫌いのだが、この際仕方がない。
この状況で他の4つの指輪を外すのは少し怖い。
なぜならば、今いるのは”忘れられた森、王都東門付近”というフィールドだからである。
私の記憶違いでなければ、ここは”栄光の道、王都東門側”というフィールド名のはずなのだ。
王都の荒廃具合いや、東門から伸びているはずの道がない事から、”忘れられた”という部分には納得はするのだが、それはそれ。
どういうイベントであれ、不具合であれ、フィールド名が違うのだ。
つまり、見知らぬモンスターや敵が出てくる可能性が高く、モンスターのレベルも不明と言う事。
レベルの低いモンスターであれば100体前後倒した所で、その経験値は私のレベルの足しにもならないのだが、レベルの高いモンスターであった場合。それを倒してしまえば私のレベルが上がってしまうのである。
それは断じて許容できる事ではない。
”八城”は846レベルであるからこそなのだ!
と言う事で、念の為の経験値対策として新月の指輪を追加しました。
フィールド名が変わっただけで、出てくるモンスターがそのままっぽいと判断したらまた外します。
音熱結界を解く前に、支援魔法”音熱探知”と支援魔法”魔力探知”を発動させる。
範囲は私を中心にして、半径5キロくらい。
「んー、ちらほら何かいるけど、黄色だから大丈夫かな?」
探知によって発見した対象は全てマップへと表示される。
オレンジ色は自分、もしくはペットや召喚獣。
水色はギルドメンバー及び味方NPCで、青色がフレンド。
緑色は敵対していない上記以外のプレイヤー。
黄色はNPCだったりモンスターだったりするが、とりあえずすぐに敵対する事のない対象。
赤が敵対対象、もしくは今の私には倒す事の難しい対象の事である。
私を中心にした探知であるので、王都側も入っているが予想通り反応なし。
イベントにしても何にしても、本当に何があったんだろうね。
不具合だらけだし、イベントなのか何なのかわからない状況でもあるし。
用心するに越したことはないだろう。
私は深呼吸をひとつし、杖で地面をトントンと叩いて結界を解いた。
メニューから時計を表示させ、10分歩く度に探知を発動させる。
相変わらずちらほらと黄色い点が表示されるが、今は狩りをする気分でもないし、無駄にポーションを消費したくないので、黄色い点を避けるようにして森の中を進む。
ひょっとしたらその黄色い点はNPCなのかもしれないが、NPCだからといって敵対しないとは限らない。
このゲーム、人間関係というか世界事情というか。
国ごとの戦争とか、種族間抗争とか、そういう部分を妙に細かく作りこんであるのだ。
普段から掃除ばかりしている笑顔のかわいい新妻さんが実は隣国のスパイという設定で、うっかり言ってはならない言葉を告げてしまったばかりに逮捕されるプレイヤーがいたり。
深く考えずにクエストを進めた結果、敵対勢力と見做されてリンチされて死亡するプレイヤーがいたり。
正義感から奴隷を助けた結果、職業が奴隷になってしまい行動の自由がなくなったプレイヤーが居たり。
上げればキリがない程度に、作りこまれている。
そんなとりとめのない事を考えながら進み、十何度目かの探知を使った時だった。
不思議な反応が出たのだ。
一瞬青色に見えた為、友人の誰かが居るのかと思ったが、よくよく見れば青ではなく紫色の点。
ゲーム中、はじめて見るマップ上の色だった。
はじめてみる紫色の点が、二つ。
これは一体、何なのか。
私の進行方向へまっすぐ進んだ所に、その二つの点が並んでいる。
近づいてみるべきか、迂回して避けるべきか。
少し悩んで、好奇心が勝った。
不具合だったらもう山ほど見つけたし、ログアウトしたらクレームを山と入れる予定だ。
この際、ひとつくらい増えても構わないだろう。
イベントや新規実装の何かであれば、それはそれで面白い。
どちらにしても最悪、逃げるだけならなんとかなる。
わくわくとする心のままに、けれどしっかりと警戒をしながら、私は紫色の点のある方向へと急ぎ足で向かうのだ。
取得経験値の8%のアレは取得した経験値に対してそれぞれが8%ずつ変換させるので、8個装備で8%×8で64%。
4個なら、32%になります。