華やかな道具街
アリオ前の通路を左へ進んでエスカレーターを上る。それが駅へ行く最短ルートだ。ここは夜十時までしか開いてないから、バイト帰りではあまり通らない。地上に出るとそのまま大通りまで通んで、左へ曲がると陸橋になる。神楽坂に近い駅の改札は鉄橋の上にあった。線路と垂直にのびる道路、二車線の道沿いに駅の西口はデンとして存在していた。
駅へ向かう途中、右手にはお堀が見える。線路と道路に囲まれた水辺にはベンチが置かれていた。貸しボート屋、水辺のデッキは飲み物と簡単な食事が出せるようになっていて、今日もそこそこ盛況のようだ。
ぼんやりと外の様子を眺めながら歩いていたら、自分のやっていることがひどく薄っぺらい気がしてきた。また買い物か、今日も忙しいな。心の中でそうつぶやく。僕は道路側のお堀のわきに目をやった。草しかない斜面に誰かがいたからだ。その男は斜度のある地面に座り込んで、前かがみにコンクリートの岸辺を覗いていた。違う研究室の四年生だ。
川の流れ込みがなく、よほど風の強い日以外は水面が静穏に保たれているお堀、この両端の水位は月の引力によってわずかに振幅しているそうだ。毎年一組の卒研生がその観測と考察を行っている。大学四年になって、いろいろな研究があるのを知った。それにしても大学の研究には、何の役に立つのか分からないものが多い。
「リョウくん。」
「わっ」
急に声をかけられてびっくりする。栄だった。今日このコの登場に驚かせられるのは二度目だ。
「うん、こういう偶然ってすごいわね。読みどおりじゃなかったわ。」
「こういう偶然?」
「確保しようと待ち伏せした相手とまた出くわすなんて。」
「待ち伏せって、してたんだっけ?」
「あら、気づいてなかった。今は待ち伏せてたわけじゃないから、本当に偶然なのよ。」
何をしゃべったらいいんだろう、頭の中が一瞬止まって、それからやっと待ち伏せされていた事実に僕は気づいた。
「ひょっとして朝は偶然じゃなかった?」
「私、人の動きを予想するのが好きなの。学校の始まる時間、あなたの通学路。自分の予想した通りにいくと面白いわ。朝も花屋の前で会おうと持っていたの。」
「・・へえ。」
特に気負う風でもなく栄は言葉を続ける。彼女にとっては趣味の話をしているのに過ぎないようだ。
「でもね、結局は読みきれないの。リョウくんは花屋の前をぼーっとして通り過ぎちゃうし、バイトまであとは時間つぶしでもしようと思っていた所で、また会っちゃうし。」
彼女の声を聞いているせいか、昨日の記憶が徐々に戻ってきた。そうだ、確か彼女は話しているうちに攻撃的になっていったんだ。
「私ね。人の行動を予想するのがクセになっちゃってる。でも、予想が当たってばかりでもないの。」
「予想ばかりしてたら疲れるんじゃない。」
「ううん、そうしてないと不安。私の予防策なんだ。」
昨日の夜もこのコは言葉に迷いがなかった。僕に何か指導でも始めそうな感じで、それにまるで対抗できなかった。
「予防策?」
「うん、面倒な状況を作らないためにね。」
「それは八方美人じゃないの?」
「全然違う。完璧な八方美人になれないって気づいたから、そうしているの。」
みんなに好かれるなんて偽善以外なんでもない。そんな人間は信用できないって主張を彼女は繰り返していて、僕は、誰かに嫌われる前提で生きている人の方が信じられなかったんだけど、うまく伝えられなかったんだ。
「今日は夜までバイト?」
視線が僕の胸のあたりに来た気がしたので、あらためて自分の服装を見直してみる。黒ズボンと白シャツ、上着を羽織ってはいるものの、バイト中だと一目で分かっただろう。
「その格好を見るのは初めてじゃないのよ。前も言ったと思うけど。」
「そうだったね。」
「神楽坂をお鍋のフタを持って歩いてたの、先週の木曜日だったわよね。」
「・・木曜日だったかは覚えてないけどさ、バイト先でヘマしちゃったから、とりあえずどこかで同じものが売ってないかと思ってさ。」
「昨日も言ってた。」
「うん、そうなんだよね。」
今日の栄の口調は落ち着いている。昨日と違って攻撃的にはならなかった。
「ねえ、どこに行くの?」
「あ、ああ。この前の壊れた鍋のフタさ。同じものが売ってる所が分かったから、今から買いに行くんだ。」
「どこ?」
「合羽橋。ディナータイムの始まる前までには戻らないといけない。」
「ふうん、私もついて行こうかな。」
「あ、ああ。別にいいけど。」
栄がなんでそんなことを言い出したのか、僕にはまるで分からなかった。何を考えていて、どんな行動をするのか想像がつかない、つまりは変わった人なんだろう。僕は誰とだって合わせられるはずだ、がんばって八方美人でいようとは思うが、栄の前では大丈夫だろうか。僕は危うい気がしてきた。
「リョウくんて、やっぱり珍しい人だね。最近は会ったことないタイプっていなかったんだけど、なんだか久しぶりだわ。」
「え? 栄ちゃんに言われるとは思わなかったなあ。」
まるで僕の栄に対する感想そのものだ。それでも僕はなんとか自分の意識を持ち直す。いや、このコとだってきっとうまくやれるはずだ。そんな不思議な覚悟をしていた。
電車の中には優しい日差しが降り注いでいる。ぼんやりと吊り革に掴まって、目的の駅に着くのを待っていた。隣に栄がいるのがなんだか不思議だ。栄は僕より二つ下だから、今は大学二年のはずだ。昨日の夜、多少はときめいたかもしれない。でも途中から嫌になったんだ。それは、なんだか怒られているみたいに感じたから。
「八方美人はいじめられるものよ。」
確か昨日の飲み会で栄が言ったことだ。それから会話の続きも思い出してきた。
「そんなことないんじゃない。でも、本当に八方から美人に思われるって難しいんだよな。」
「いえ、経験者が言うんだから。間違いない。それにそれって偽善でしかないのよ。」
「えー、よく分かんないけどさ。偽善っていい人のふりをすることでしょ。」
「そう。」
「じゃあ、僕は違うな。なろうとしてなれない感じ。独善って言われるならまだ分かるけど。」
「独善って、自分が思ういいことを押しつけるって意味だよね。」
「うん。それでも偽善より独善の方がまし。」
「それが八方美人のコツってこと? でも、それって押しつけなことに変わりはないでしょ。」
「そうだけどさ。でも自分が勝手に全員からよく思われたいんだったら、別に八方美人って呼びかたも悪くないだろうし。」
「あなた、八方美人って、理想を求めるって意味で使っている? それ、本気で言ってるの。」
「完璧な八方美人って、独善かもしれないけどさ。悪くないと思うけどな。」
「みんなにいい人に思われるなんて出来ると思っているの。」
「ちょっと待ってよ。なに怒ってんの?」
それからの彼女の話はお説教みたいだった。僕が反論しようと何か答えをしても「そういうの好きなだけでしょ」とか言われて、まるで合格点をもらえないのだ。いいかげんに僕が疲れると「今、つまらないと思った?」なんて、すぐに見透かされる。それらが昨日の彼女の印象だ。
「ねえ、昨日の話だけどさ。」
記憶を整理してもやっぱり分からないから、隣にいる栄に僕は聞いてみた。
「なんであんなに怒ってたのさ。」
「怒ってないわ、呆れてはいたけど。出来るわけないのに気づいてないんだもの。」
「うまくいっている人だって、いるかもしれないし。」
「出来るわけないのは私がよく知っているわ。失敗したんだから。」
「失敗?」
「そう、スーパー優等生を目指したら逆に誰からも好かれなくなったの。高校の時の話。」
「ふうん。」
「トラウマよ。」
「トラウマねえ。」
それが僕を攻撃した理由で、しかたないものだろうか。トラウマの怖さかげんが僕には分からず、そこから会話は続かなかった。たぶん昔からの苦手分野だ。不可思議な感情というものが一つの方程式で解けるのなら素晴らしいのに、そうでないから困るのだ。僕が実験や観測が好きなのも、理由はその辺なのかもしれない。
一度乗り継いで目的の駅に到着。地下鉄の出入り口で案内板を確認した。ここはすでに合羽橋の道具街だ。僕はチャチャから聞いた店に向かって歩き出す。
「こんな街があるのね。初めて来たわ。」
栄は興味深そうに通りに並んだ商品を眺めていた。ショーウィンドウにはピカピカの食べ物のサンプルが並んでいる。特殊な樹脂なんかで出来ている本物そっくりのやつ、ツヤがあって見方によっては本物よりおいしそうだ。果物や野菜もあるが多いのは定食メニューで、重箱入り料理や白い皿のメインディッシュが綺麗に並んでいる。なんだか華やかな雰囲気だ。包丁や鍋、食器も様々に売られているのだが、どうしたって目立たない。
「閉店中の看板にもいろいろあるのね。」
準備中、支度中、仕込み中、英語表記やイラスト表記のものだってある。
「厨房道具とか店のディスプレイ用のものはだいたい揃うんだ。」
僕は何度か来たことがあるからあまり感じないが、確かに最初はもの珍しさを感じる街だ。食べ物サンプルの他にも店のディスプレイ用の小道具や調理用器具、いろいろな食器類なんかが揃っている。そして、目指す店はこの通りの先だ。
鍋のフタを早く手に入れて目的を済ませてしまおう。僕はそう思ったが、それなりに人通りがあるので、ゆっくりしか移動できない。栄は運動神経が良いみたいで、要領良く人波をかきわけていた。僕が全力で走っているのに、栄は口笛を吹いてスキップしている、そんな感じだ。このコは人としての基礎能力が高いのだな、と僕は理解した。
チャチャが教えてくれてた場所はすぐに見つかった。店先には寸胴鍋ばかりが山積みされている。店内を物色したら、すぐに栄が目的の鍋を発見した。
「これに間違いないね。」
僕は鍋に貼られたシールをしっかりと確認する。
「同じ型があるなんて奇跡ね。お鍋ってそういうものなのかしら。」
ここ数日の宿題だった鍋をようやく手に入れることができた。鍋のフタだけ売られているほど世の中は甘くなく、鍋ごと新しいものを買う。北島店長によればこの圧力鍋は名器であり、取っ手の形もよく馴染むらしい。買い物を終えて店を出ると僕はすぐに駅へ向かった。
「道具街って面白いわね。もう少し見てみたいわ。」
「僕はバイトがあるから先に戻るよ。」
「別に今日このまま見たいって言ってないわよ。」
「あ、そう。」
「あれ、残念そうに見えたけど?」
「はは、いやいや。」
確かに栄と一緒だとちょっと窮屈には思っていた。それは自分が観察対象だとどうしても感じるからだ。だからといって、別に人間として彼女が嫌いなわけでは全くない。
「まあここも興味あるけど、神楽坂も花街だから面白いわよね。一本、奥の道に入るとそんな感じするじゃない?」
「先生も言ってた。一方通行と袋小路ばっかりなのは花街だからだって。車に優しくないっていうか意地悪だよな。」
「だから静かな雰囲気の料亭とかがあるんでしょ。いい点よ。古いお店も多いし、風情あると思うなあ。」
「先生が若い頃から通っている店ってそんなに風情はないけど。まあ、女将さんの若い時のポートレートってのに時代を感じるかなあ。一緒に年をとってるの。」
「それは普通の飲み屋さんでしょ。そうじゃなくって坂の左側の路地にあるようなお店。」
「坂の右側か左側かって重要なの?」
「お店と通りの感じがずいぶん違うって思わない?」
「うーん、よく分からない世界だな。僕は芸者さんが歩いているの見たことないんだ。そうだ、路地で三味線の稽古中みたいな音を聞いたことがある。えっと、それくらいかな。」
「まあ、あなたが観察力や注意力が不足ぎみなのは分かったわ。」
栄は呆れたように話を切った。不足ぎみな方がいいように解釈できるから長所なんじゃないかな、と僕は思ったのだが、それは彼女には言わずにおく。
地下鉄のホームで待ち時間があったので、それで僕は新しいメッセージに気づいた。ケンタからだ。
『測定器の調子が悪い』
『一度連絡くれ』
ケンタが失敗したとは考えにくいから、器械自体が壊れたのかもしれない。僕は嫌な予感がした。ケンタの手に負えないということは、すぐには直らないわけだ。まずは帰りに研究室に寄っておこうと僕は思った。
「アリオに戻る前にちょっと研究室に行くから。」
僕は栄に言った。
「それって私が一緒じゃいけないってこと?」
「え、そういうわけじゃないけど。」
「私をまこうとしてるのかしら。」
「まさか。まさか。」
やっぱり、このコはなにかと手強い。まあ、別についてこられたって何も困りはしない。
神楽坂の入り口にはいつも賑わいがある。地下鉄の出入り口で待ち合わせしている人が多いのと、洋菓子屋さんが人形焼きを売っているためだ。その人形焼きはキャラクターもので『日本でここだけ』が宣伝文句になっている。
「おいしいのかな。あれ。」
「結構有名よ。女子たちの間では。」
「ふうん。」
まあ確かに並んでいるのは女の人かカップルばかりだ。
「それに隣の店も有名よ。老舗の甘味処って感じ。」
「あ、前にノブがバイトしてたよ。」
「へえ。」
「店長さんとってもいい人らしいよ。うちは材料にこだわって高いもの使っているから儲けが全然ないんだって、よく困ってたらしい。」
「ふうん。」
栄はすこし黙ってから、また話を続ける。
「でも、それっていい宣伝になるわよね。」
「うん?」
「口コミの効果よ。」
「アルバイトの口コミ?」
「まあ、大げさに言っておいた方が効果的だし。」
「なんで大げさに言う必要があるの?」
「だから、値段が高くってもお店の儲けが大きいんじゃなくて、材料が高いって方がお客さん的にはいいでしょ。」
「・・うん。」
「実際、そうなんだろうけど、そんなお店のものなら食べてみたいなって思うだろうし。」
「僕は甘いものはそんなに得意じゃないけど。」
「まあ、そういう話じゃなくって、得な買い物をした気分になるってこと。」
「そうなんだ。」
なんとなくしか分からなかったので、僕は曖昧に返事をしておいた。ともかくも栄は、人の言動をそんな風に想像するのが好きなんだろう。
学校に着くと、すぐにエレベーターで上がって研究室へ向かう。廊下を曲がったところで、向こうから歩いてくるノブと目が合った。ノブは僕たちを見ると、なんだか大きい笑顔を見せて手を振ってきた。
「あ、どうも。」
「ノブくん、こんにちは。」
ノブは近づきながら僕たちに話しかけてくる。
「あれ、リョウ、バイト先のかっこか。ちょっと雰囲気違うな。」
「そうかな。」
「それより、中止だってよ。」
「へ?」
「定観だよ。明日からの定観は中止だって。さっき一斉連絡したろ。」
そういえば地下鉄に乗ってからはメッセージのチェックをしてなかった。
「でも、なんでさ。」
「マシン故障。」
研究室の観測装置が壊れるのはよくある話だけど、なんで定期観測の始まる前日なんだ。にわかには信じられなかった。
僕はそのまま研究室に入る。学生たちが並んで座る大机には誰もいない。ケンタはたぶん第2実験室だ。僕はすぐに廊下の反対側へ入った。ドアを開けると部屋のまん中にいたケンタと眼が合う。
「聞いた?」
ケンタは僕を見つけると無駄のない言葉を投げてくる。
「故障だって?」
ノブは開きっぱなしの扉の向こうを指した。カバーが外されて基盤がむき出しになっている記録装置が見える。そういえば、いつもは三十秒ごとに更新されるモニターがついていなかった。
「たぶん軽症だと思う。でも、直しに来てもらえるのが来週以降だってさ。」
確か夏にも記録用のメモリーが壊れて、この時は直るのに一ヵ月以上かかった。
「に、したって定観は明日からだろ。」
そりゃあ中古だし、先生の顔でメーカーの人に格安で直してもらっているのだから無理は言えない。観測中止は妥当な判断だ。
「この際だからさ、二人だけの特別観測を今日から始めよう。その方がいい。スナップショットなら記録はモニターできるから、時間を決めて手で書きとめておけばいいだろう。」
次の雨は待ってくれない、それは僕にも分かっている。でも、だからと言ってケンタの考えには、すぐにはついていけなかった。
「おいおい・・」
ケンタはいつもの無愛想顔で、どうも冗談ではないらしい。
「俺が夜までやるから、バイト終わったら頼むよ。前線が通過するまで二、三日かな。」
「それって二十四時間観測ってこと?」
「そう。」
要は研究室みんなでやるのは諦めて、二人でデータが欲しい時間だけ細かく観測しようということだ。
「・・とにかく分かった。バイト終わったら交代するさ。」
今度の雨のデータは絶対に外せない。だから僕だって、結局は了解するしかなかった。それにしてもケンタの決断力には感心させられる。
「はじめまして。あなた、ケンタさんね。」
突然、背後にいた栄が割り込んできた。
「・・誰?」
「ノブくんの知り合いなの。」
「だってさ。」
ケンタは興味がないようで「こんちは」とだけ言うと、さっさと研究室に戻る。たぶん話が長くなるのを警戒したのだ。僕はケンタの時間の使いかたに慣れているが、初対面の人はなかなか難しい。
「今、たぶん実験中だから時間がないんだよ。」
僕はとりなすように栄に言った。
「たしかに、あんまり人付き合いは得意じゃないみたい。」
「そんなことない。それは理解が足りないだけだよ。それより行かないと。今日はこれからが忙しいから。」
とにかくも今夜の観測が決まったので、僕はバイト先へ向かうために廊下を歩き出した。エレベーターで校舎の地上階へ、さらに神楽坂を渡って今度は駅ビルの地下へ向かう。栄は僕の背後に回って、結局ずっとついてきた。
アリオのある駅ビルに入ると、買った圧力鍋を置くために一旦店へ向かう。店先では、聡が黒板を置いてチョークでメニューを書き直していた。
この店では、印刷された紙メニューと黒板メニューがセットだ。オススメ料理や仕入れが影響する料理なんかは黒板に書いておく。だから週に何度かは黒板メニューを書き換える必要があった。どうしてもチョークの粉が出てしまうので、この書き換え作業は店の外でやることになっていた。
「戻りましたー。」
「お帰り。鍋あった?」
「うん。同じのがあった。チャチャの情報通り。」
聡は黒板から目をそらさずに僕と話した。僕はそこで栄の方に向かって言う。
「じゃあ、着替えて仕事に戻るよ。」
「私もこの後バイトだから。じゃあね。」
その声で聡はようやく僕たちの方を見る。栄の後ろ姿を見て、聡はすぐに分かったようだ。
「おい、今の栄ちゃんじゃないか。」
「そこで会って一緒に歩いてきたんだ。あのコもこれからバイトだって。」
実際は合羽橋まで栄と一緒だったけど、説明が面倒なので省略して聡に言った。
「ふうん。」
そういえば昨日の飲み会は聡も一緒だったっけ。聡は栄の後ろ姿を気にする様子を見せた。聡は女の子に左右され過ぎる所があって、それで仕事でつまらない失敗をしたりする。ひょっとして今度は栄のことを気にしているのかな、僕はなんとなく思った。
「飾り付けはだいたい終わったぜ。」
「ああ、ありがとう。」
「今からディナーの準備だ。急がないと。」
「うん、すぐに着替えてくる。」
店の入り口に鍋を置くと、僕はすぐにロッカーに向かった。