第八話 岩の迷宮
あたり一面の暗闇がはれると、そこはあたり一面が岩でできた洞窟のような場所だった。既視感がある。始まりの迷宮のスタート地点とソックリ、というかほぼ同じ作りだ。選択するダンジョンを間違えたのだろうか。
「ボケっとしてねーで行くぞ」
木ででできていると思われる扉を開け、健吾が大股で部屋の外へと向かって歩いていく。相変わらず行動が早い。俺も健吾を追いかけ扉をくぐる。扉の外には、洞窟が広がっていた。この洞窟は、岩でできているところや、天井の高さなんかは始まりの迷宮と同じだけど、ダンジョンとしての作りは全くの別物だ。
まず、道の幅が広い。広すぎてよくわからないけど、三十メートルくらいはありそうな感じだ。そして、そこら中に点在している岩。始まりの迷宮は、岩でできた道とはいえ段差も少なく、障害物もない歩きやすいダンジョンだった。対して岩の迷宮は、そこら中に岩がころがっている。
岩の大きさは、俺の身長をはるかに超える大きなものから、腰くらいの高さのものまで色々だ。数もそれなりに多い。そのせいで見通しはあまりよくない。
健吾は正面の道をかなりのスピードで歩いていた。その足取りに、迷いはない。岩を右に左によけながら、ズンズンと進んでいく。
「健吾ってこのダンジョン来たことあるの? 特に警戒とかしてないみたいだけど」
「ねーぞ。なんも情報がないダンジョンで何を警戒しろっつんだよバカ。大体、リスポーン地点はすぐ後ろなんだから、やられてもすぐ同じ場所まで戻れるだろーが。ちまちま歩いてねーでさっさと歩けやボケ」
確かにその通りだ。たとえ罠で即死しようが、敵に囲まれて即死しようが、今いる場所まで戻るのに対して時間はかからない。それならば、一気に移動するのもアリだ。
しかし健吾の心ない発言に、俺の胸は大きく傷ついた。あんな乱暴な言葉を平気で使うなんて、人としてどうかと思うよ、俺は。
ちょっと腹が立ったので、駆け足で走りだして健吾を追い抜いてやった。
「何ちんたら歩いてんだよこのマヌケ! さっさと移動しろよこのクズ!」
「効率のいい方法を知ったとたん調子に乗りすぎだろ! 待てやボケ」
俺たちが競うように全力で走り出してから数秒後、そいつらはやってきた。
「ぐわっ。なんだコイツ!」
健吾のほうを見ると、なんと健吾が二匹のスライムにのしかかられていた。大きさは始まりの迷宮に出てくるスライムと似た感じだけど、色が違う。このスライムは、薄い緑色をしている。目に優しそうな色だ。
二匹のグリーンスライムが健吾にのしかかり、健吾の上でポヨン、ポヨンと飛び跳ねている。
「ぐおっ、ぐはっ。おい祐介! 見てねーで助けろやカス!」
「健吾がやられてしまったようだな。ヤツは四天王の中でも最弱……! 体ばっかり鍛えて頭を鍛えなかったからこういう結果になるのだ」
「まだやられてねーよ! それより早く助けろや。こいつらくそ重てぇんだよ!」
どうやら重量がかなりあるスライムみたいだ。ああやってのしかかり、体重に任せて押しつぶすのがグリーンスライムの戦い方なのか。
「しょうがない助けてやるか。感謝しろよ」
「おせーよ! あとで感謝のせいけんづきをプレゼントしてやるから楽しみにしとけよ!」
「この一太刀にすべての力を乗せるため、五分ほどの精神統一が必要なようだ。ちょっと待っててくれ」
「悪かった! すまん! 早く助けてくれ」
制限時間のこともあるので遊ぶのはほどほどにして、健吾の上に乗っているグリーンスライムに向かって突きを繰り出す。グリーンスライムは健吾を攻撃するのに夢中でこっちを全く見ていなかった。そのおかげで俺の突きがポヨポヨとしたボディにクリーンヒットする。ひのきの棒が体の奥深くまで突き刺さったスライムは、わずかに震えたあと光となって消えた。
「うおっしゃぁ!」
グリーンスライムが一匹消えたと同時に健吾が跳ね起きて、残りのグリーンスライムに猛攻を仕掛けだす。
「このクソスライムが調子乗りやがって! 死ね! 死にさらせボケ!」
突きで一撃で倒さずに、わざわざたたきまくっている。相当イライラしているようだ。
グリーンスライムが再びのしかかろうとしてるけど、健吾がそれを許すはずもなく容赦なくボコボコにしていく。数十発の攻撃を受けたグリーンスライムは動かなくなり、光となって消えていった。
「耐久度は青いスライムと同じくらいか。たいしたことないな」
「そのたいしたことないヤツに危うくやられかけていたヤツがいるらしい」
「しゃーねぇだろ! 不意打ちで襲ってきやがったんだからよぉ!」
「不意打ちって、岩の陰からいきなり襲ってきたってこと?」
「ああ、その通りだ。あいつら、岩の陰で待ち伏せしてやがった」
なるほど、そのための岩か。このそこら中に散らばった岩は、グリーンスライムが隠れるためにあるのだろう。このダンジョンのこの地形は、不意打ちを好むグリーンスライム好みの地形ってわけだ。もしも不意打ちを食らってしまったら、体重に任せてのしかかられてしまいハメられてしまう。ソロだとその時点で詰みだ。なかなか厄介だな。
「どうする健吾?」
「どうするもこーするも、なるべく岩から距離をとって素早く移動するしかねぇだろ」
「まあ、そうだよな」
特にこれと言って対策は思いつかない。いちいち岩の裏を確認していたのでは時間がかかりすぎる。それだとクリアタイム三十分を切るのは不可能だろう。
◇
「ハァハァ、ようやくつきやがったか」
このダンジョンは道幅は広く見通しもわるいものの、ひたすら一本道だったので迷うことはなかった。それでも、ここまでくるのに九十分はかかってしまった。
今俺の目の前には、石でできた大きな扉がそびえたっている。扉の隣には、燃え尽きることのない松明が赤々と輝いている。そして俺の隣には、散々グリーンスライムにのしかかられてボロボロになった健吾の姿が。
「ボスと戦う前からダメージ受けすぎだろ。やはり俺の攻略速度についてこようなんて十年早かったようだな」
「うっせー。ちょっと回避の数値が高いからって調子にのんじゃねぇよ!」
このゲームにレベルというものはない。そのかわり、ステータス表示画面に表示された力や素早さなどの数値は、武器を振り回したり、走ったりすると上昇していくみたいだ。
そのいくつか表示されているステータスの項目の一つ、それが回避率。俺はこの項目が、健吾よりも圧倒的に高い。そのおかげか、ここに来るまでのあいだほとんどグリーンスライムの不意打ちを食らうことがなかった。ハッキリ言って余裕だった。俺とこのダンジョンの相性はバツグンだ。
「ほら、回復ポーションやるよ」
「サンキュー。気が利くじゃねぇか」
ビッグスライムからドロップした、効果のショボいポーションを健吾へと投げ渡す。たいして回復しないけど、ないよりかはマシだ。健吾は自分のポーションを使い切っている。HPが減った状態でボスと戦うのはさすがにまずいだろう。
健吾がポーションを飲み終わったので、目の前にそびえたつ扉を開ける。重量感を感じさせる音とともに徐々に扉が開いていく。
扉が完全に開ききった先にあったのは、だだっ広い部屋だった。
これまでの道中とは違い、地面はきれいに整地されている。石一つ落ちていない、平らな地面だ。部屋自体の大きさも広い。始まりの迷宮のボス部屋の数倍はあるかもしれない。
部屋の中央には、丸っこい岩がポツンと存在している。距離があるから正確にはわからないけど、ビッグスライムほどは大きくなさそうだ。多分、俺の身長と同じくらいか少し大きいくらいだと思う。まさかボス部屋の中央に堂々と鎮座している岩がただの岩であるわけはないので、あれがこのダンジョンのボスなんだろう。どう見てもただの岩にしか見えないが、油断してはいけない。
「てことで健吾、様子を見てこい」
「ああん? なに言ってやがんだテメーが行けや」
「そうだよな。ウスノロな健吾じゃボスの攻撃に対応できないよな。わかった、俺が行ってやるよ」
「上等じゃねぇか。そこまで言うなら、ビビりの祐介の代わりに俺が見てきてやる。テメーはそこでのんびりしてな」
「散々グリーンスライムの踏み台になってたクセに無理すんなよ」
「ボスの前にテメーをシバキ倒してやろうか? あん?」
なんとなくいつもの調子で言い合いながらボスのほうへと歩いていると、正面からゴゴゴッ、という不吉な音が聞こえてきた。見ると、ボスが動き出している。ついうっかりボスの索敵範囲へと入ってしまったらしい。しまった、まだ距離はあるから大丈夫だと思っていたけど、意外にも索敵範囲が広かったようだ。
最初はゆっくりした動きだったが、あっという間に速度にのり、ものすごいスピードでこっちへと転がってくる。ただの体当たりだけど、あんな重そうなものにあのスピードでぶつかられたらタダじゃすまない。さっきまで隣にいたはずの健吾はすでに逃げ去っている。なんて逃げ足の速さだ。
間一髪、左方向へとダイブすることで体当たりをよけることができた。あとちょっと遅かったら盛大に跳ね飛ばされていたことだろう。危ないところだった。
岩のカタマリはそのまままっすぐゴロゴロと転がっていき、しばらくしてから不自然な動きでピタッと静止した。
それから数秒後にまた動き出し、健吾がいるほうへとゴロゴロと転がっていく。今度の体当たりは最初からトップスピードだ。油断して回避が遅れた健吾のすぐ右隣りをかすめていく。
ギリギリの回避だった。一歩間違えば健吾は倒されていたかもしれない。そのきわどい展開に、思わずこぶしを握る。
「おしい!」
「なにがおしいだふざけんじゃねぇぞ! テメー俺が岩にひかれることを期待してやがったな!」
「そんなこと全然ないよ。ビビり扱いされたことに腹が立ったから痛い目見ればいいとか、そんなこと全然考えてないから安心しろよ」
「クソッ、正面にはボス、後ろにはバカ、はさみうちはさすがに厳しいぜ」
「健吾が攻撃されている間にボスを攻撃しようとか、そんなこと全然考えてないから安心してボスと戦ってくれ」
そう言って、さりげなく後ろへと下がる。
「おい、なんで下がってやがる」
「ビビりの俺はボスが怖いからね」
「嘘つけ。どうせボスが次に狙う相手を距離で判断していた場合への対抗策だろ」
「……なんのことかな」
「そうはいくかってんだ」
負けじと健吾も俺の後ろへと下がる。俺のほうがボスへの距離が近くなってしまった。このポジションはいけない。
すかさず俺も健吾の後ろへと下がる。すると健吾も同じように下がる。後ろへと下がる。健吾も下がる。俺も下がる。
お互いに後ろへと下がりあった結果、気が付くと後ろは壁だった。これ以上下がることはできそうにない。
「くっ、バカのせいで壁に追い詰められてしまったか」
「全くその通りだ。バカヤンキーに足を引っ張られたせいで壁に追い詰められてしまったよね」
後ろへと下がってる途中で気が付いたけど、俺たち二人はボスの索敵範囲からは外れていたようだ。だから安心して隣のヤンキーを罵倒できる。
「そこまで言うならどっちが役立たずか、アイツでハッキリさせようじゃねぇか」
健吾が指さした先、それは岩のボスだった。
「ボスにどっちがとどめを刺せるかで勝負しようぜ。負けたほうは、ダンジョンにおいて役立たずのゴミだ」
「乗った。ついでに負けたほうは土下座もつけよう」
「そんなに地面にはいつくばりたいのか。なら好きなだけさせてやるよ」
「土下座するのは健吾のほうだだけどな」
こうして、俺たちのボス討伐は本格的に開始した。お互いのプライドを賭けて。




