第六話 消失
「起きて下さい、起きて下さい。寝ている場合じゃないですよ。さあ、早くファンタジアオンラインをやりますよ」
目を開けると、そこはさっき見たばかりのパソコン部の部室だった。
俺の目の前には、パッと見小学生にも見える背の低い小柄な女の子が、俺の肩をつかんで思いっきり揺らしている。いや、女の子ではない。この人は女性だ。パソコン部の顧問にして、俺たちの担任の先生、一ノ瀬桜先生である。
「起きたたたから、もう揺らさささないでくれる?」
舌をかみそうだ。揺する力が強すぎる。小柄な体のどこにこんなパワーを秘めているんだろう。
「よかった、ようやく起きてくれましたね。平田くんが最後ですよ」
部室を見回すと、俺以外はみんな目を覚ましていた。目を覚ましたというか、ログアウトしていたって言ったほうがいいのかな。
「平田くんだけなかなか起きませんでしたね。もしかして、先生と同じように徹夜でファンタジアオンラインをやっていたんですか? ようやく本腰を入れてプレイする気になってくれたんですね。先生は嬉しいです。さあ早くやりますよ。遅くなってしまったので、時間がありませんからね」
怒涛の勢いで一気にまくし立ててくる。授業中は無駄な話を一切しないっていうのに、部室に来た途端にこれだ。ネトゲ廃人はみんなこんな感じなのかな。一ノ瀬先生以外にネトゲ廃人の知り合いがいないからよくわからない。
「職員会議はもういいんですか先生? 今日は来れないって言ってませんでしたっけ」
「予定よりも早く終わりました。居眠りしてたら退室するように言われちゃって。それで急いで部室にきました」
「それって終わったんじゃなくて追い出されただけですよね?」
「私の中では職員会議は終わりました。さあ、ファンタジアオンラインをやりますよ」
「職員会議のついでに職員生活も終わらないといいですね」
一ノ瀬先生を見ていると時々不安になる。この先生、週が明けたらいなくなっているんじゃないかとか、そんなことを考えてしまう。夏休み明け、生き残っているかなぁ、一ノ瀬先生。
一応ほかの先生たちの間では評判はいいみたいだから、きっと大丈夫、だと思いたい。何せ、最新のパソコンでゲームをやり放題とかいうふざけた部活動が出来るのは、半分は顧問である一ノ瀬先生のおかげだ。いてくれないと困る。残りのもう半分は、この部活動を立ち上げてくれた卒業生たちのおかげだ。偉大な先人の方々にはものすごく感謝しています。ありがとう。
「あー、桜ちゃん。盛り上がってるとこわりぃが、俺は帰らせてもらうぞ。今日はちょっと疲れたんでな」
「健吾が疲れただって? 嘘だー。単細胞生物も疲れるのかよ」
「そういえば、今日はとある人物を闇討ちする用事が残ってたんだったな。もう少しいるとするか」
こんな見るからにヤバそうな健吾に闇討ちされるなんてどこのどいつなんだろう。かわいそうなやつだな。……今日は念のため猛ダッシュで家に帰ろう。
「あの一ノ瀬先生。俺も今日は本気で疲れたんで、ゲームはやめときます」
「寝てただけなのに?」
「いやあれはなんというか……。先生って、パンドラの迷宮ってゲーム知ってます?」
「最近ネット上で話題の都市伝説ですよね。もちろん知ってますよ」
「それをやってたんですよ」
「えええぇぇぇぇ! 本当!? ユウくん!」
耳がキーンとした。急に声のボリュームを最大にしないでほしい。あとファンタジアオンラインのキャラクターネームで呼ぶのもやめてくれ。名前が祐介だから、知らない人が聞いたら勘違いするだろ。
なすがままに一之瀬先生に体をゆすられていると、ふと彩華さんと目が合った。
「祐介って、もしかしてロリコン?」
「ノゥ! それは断じてノゥだ。俺にそんな趣味はない」
「そっか、それもそうね。祐介は巨乳好きだもんね」
「それは断じて……黙秘権を行使します」
クラスメイトの女子に自分の性癖を暴露するのって恥ずかしいよね。
「それで平田くん、本当にあのパンドラの迷宮を手に入れたんですか?」
「本当ですよ。ほら」
一ノ瀬先生に自分のスマホを見せながら、色々と説明してあげる。
「まさか、実在したなんて。てっきりギルドメンバーが嘘をついているのかと思ってたのに。これがあれば、私も先生をやめてリアル冒険者に……」
「ならないで下さいね。夏休みが明けたら先生が変わってるとか勘弁してください」
「ちょっと待って。もしかして、先生を仲間外れにして四人でパンドラの迷宮やってたんですか!?」
「仲間外れってわけじゃないんですけど。まあ、そうですね。四人でやってました」
「酷いです……。パソコン部の仲間である私を仲間外れにするなんて……」
「いや、なんていうか、ごめんなさい」
フラフラとした足取りでイスにすわり、がっくりと頭を下げる一ノ瀬先生。ナイアガラの滝のようなテンションの急降下だ。よくあることだ。一週間前にレイドボスの討伐に失敗した時もこんな感じだった。
「私はもう帰るわね。さようなら」
「疲れたし俺も帰ろうかな。一ノ瀬先生さようなら」
「またな桜ちゃん」
ちなみに匠はすでに部室にいない。さっき「なんでエロゲの宅配場所指定が自宅になっているんですか!?」とかなんとか言いながらすさまじいスピードで帰っていった。南無。
「みなさん、ゲームもいいですけど勉強もちゃんとやるんですよ。学生の本分は勉強ですからね。ちゃんと両立するんですよ」
「わかってますよ」
部活動が終わったあとに一之瀬先生が言う、恒例のセリフだ。
ゲームが絡むと色々とアレだけど、こういうのを聞くと、やっぱり真面目ないい先生なんだなぁと思わせられる。一之瀬先生がゲームと先生を両立できているのかは、今日の話を聞いてだいぶ怪しくなったけど。
家に帰り、速攻で夜ご飯を食べて、速攻で風呂に入り、速攻でパンドラの迷宮をやりまくろうと思っていた。しかし居間で酒を飲んでいた父さんにエンカウントしてしまったのが運のツキだ。
酔った父さんはアドバイスと称して若いころの自慢話を延々と語りまくってくる。時間があっという間に過ぎ去ってしまい、気が付くと時計の時刻は二十三時を示していた。ゲームをする時間は、もうあんまり残っていない。
プルルルルル。
長時間の自慢話から解放された喜びをかみしめながらベッドで寝っ転がっていると、突然スマホが鳴り出した。電話だ。こんな夜遅くにかけてくる非常識なヤツ、健吾以外の何物でもないな。健吾は夜中だろうと平気で電話をかけてくる。今度、常識を拳に乗せてこめかみへと叩き込んでやろう。
「もしもーし、なんの用だよこんな時間に」
「あら、用がなけりゃかけちゃいけなかったかしら」
健吾のむさくるしい声を予想していた俺の耳に、かわいらしい女の子の声が飛び込んできた。
「彩華さん!?」
「そうよ、こんばんは」
まさか彩華さんだったとは。確かに今日の帰り道に連絡先を交換したけど、その日の夜に電話してくるなんて予想外だ。
女の子との電話って、何を話せばいいんだろう。自慢じゃないけど、俺は今まで一度も女の子と電話なんてしたことがない。……本当になんの自慢にもならないな。むしろみじめなだけだ。
まずは共通の話題からいこう。パンドラの迷宮の話が妥当かな。そしてその次は、共通の話題を話せばいい。パンドラの迷宮の話をしよう。うん、話すことがパンドラの迷宮以外思いつかない。
「どうしたの無言になっちゃって。……もしかして迷惑だった?」
「いや、全然そんなことないよ! うれしさのあまり、声にならない叫びをあげていたところさ。ちょっと叫び過ぎてアゴが外れちゃってしゃべれなかったんだよ」
「そ、そう。お大事にね」
何を言っているんだ俺は。
「えーと、攻略のほうは進んでる? 彩華さん」
「始まりの迷宮でスライムをソロで倒す練習をしていたわ。祐介のほうはどう? お金は貯まったかしら?」
「全然たまってないかなー」
このゲーム、敵を倒すと自動的にインベントリにお金がたまっていくみたいだけど、俺のインベントリには雀の涙ほどのお金しか貯まっていなかった。
ついでに武器屋をのぞいてみたら、ひのきの棒のワンランク上の武器ですら手が届かないほどだった。まだまだ大金もちへの道のりは長い。
「そういや健吾が言ってたんだけど、このゲームで数千万儲けたプレイヤーもいるらしいよ。すごいよな。俺たちも早くそれくらい稼ぎたいね」
「私はお金よりも、このゲーム自体が気に入ったわ。今までゲームなんてやったことなかったけど、こんなに面白いものなのね。最高だわ!」
それはこのゲームが特別というか、なんというか。俺も最初はお金のためにパンドラの迷宮を探していたけど、今となっては、完全にゲーム自体にハマっている。こんなにすごいゲームなら、例えゲーム内マネーを換金するシステムがなかったとしてもやり込んだことだろう。
「新しい迷宮のほうも気になるわね。明日みんなで行きましょう」
「なに、新しい迷宮って?」
「見てないの? 最初のダンジョンをクリアしたからか、行けるところが増えてたわよ」
そうなのか、それはとても気になる。ぜひ確認しなければ。
「ダンジョンの名前はねー。あっ」
「どうかした?」
「いえ、なんでもないわ。明日また学校で会いましょう。それじゃ、おやすみー」
「あ、うん。おやすみ」
ツーツー。
慌ててたみたいだけど、何かあったのかな。話し声をうるさく感じた母親が、殺気をみなぎらせながら部屋へと乗り込んできたとか? ないな、健吾の家じゃあるまいし。電話から延々と断末魔の叫びが聞こえてくるなんて状況、あるわけないよな。健吾の家じゃあるまいし。
さて、そんなことよりも新しいダンジョンだ。アプリを起動して確認してみると、確かに行けるところが増えていた。それも三つも。
一つ目は、岩の迷宮。始まりの迷宮も岩だらけだったよね。どう違うのだろうか。二つ目は忘れられた小さな炭鉱。この名前だと、大きな炭鉱とかもありそうだ。三つめは、ゴブリンの住処。名前からして、出てくる敵はどう考えてもゴブリンだな。
さて、どれに行こうか。
ダンジョンの地形が始まりのダンジョンと似てそうな岩の迷宮あたりがいいかな? いやいや、炭鉱も気になる。炭鉱は、銅とか鉄とかのアイテムが手に入りそうだ。ゴブリンの住処は今回はパスしよう。俺はいきなり魔物の巣に乗り込むような命知らずじゃない。
四人でパーティを組めるなら行ってもいいけど、今はパーティを組むことができない。スマホを持ち寄って集まらないとパーティを組むことができないという、まるでひと昔前の携帯ゲーム機みたいな仕様だからだ。
「さーて、どれにしようかなー」
プルルルルルル。
うん? また電話? 今度は健吾からか。今日は大人気だな、俺のケータイ。
「もしもーし、どうしたんだよ健吾。こんな時間に」
「緊急事態だ。初心者掲示板についさっき投稿された書き込みを見ろ」
「初心者掲示板? あー、ゲーム内にあるやつね。その書き込みがどうかしたのか?」
「いいから見ろ。見たらもう一回電話かけろ。じゃあな」
言いたいことだけさっさと言って、さっさと電話を切りやがった。一体なんだったんだ。
初心者掲示板、初心者掲示板ねぇ。俺はあんまり掲示板とか見ない主義、というかゲーム内の掲示板は一度も見たことがない。ネタバレが嫌いとか、読むのがめんどくさいとか、理由は色々だ。
でも、さっきの健吾はかなり焦っているみたいだった。他校のヤンキー複数に絡まれても堂々としているあの健吾が、だ。
一応確認してみるか。
掲示板を開くと、ニックネームを入力してくださいと表示された。なんだこれ。
下のほうに説明文があるな。えーと、なるほど、ネットゲームのプレイヤー名みたいなものか。掲示板に書き込むときには、ここで決めたニックネームが表示されるんだな。ニックネームを登録しない場合は本名が表示されるらしい。それはちょっと遠慮したいところだ。
一度決めると変更はできないけど、今すぐじゃなくてあとから決めてもいいらしいし、掲示板を見るだけなら特に必要ないみたいだから、今は決めなくていいか。
「ついさっき書き込まれたやつか。どれだろう」
この掲示板は、投稿された書き込みの件名が並んでいて、件名をタップするとそのページへと移動して内容を読むというタイプみたいだ。つまり、件名だけで健吾が言っていた書き込みを探さないといけない。健吾め、読めばわかるとか言ってたけど、まずどれを読めばいいかわからないじゃないか。
しかたない、一度健吾に電話してどれを見ればいいか聞いて……ん?
『緊急・初心者のプレイヤーは絶対見てください』
これか? さっき電話で緊急事態がどうのとか言っていた。これっぽいぞ。
「とりあえず読んでみるか。どれどれ」
1:ゴン助 30分前
初心者のかた、気を付けてください。
このゲームには罠があります。
その罠とは、時間制限です。
アプリを初めて起動した日から四週間以内に試練の塔をクリアしなければ
アプリが消滅してしまいす。
一緒にやっていた僕の友達は、三日前、アプリを消されてしまいました。
本当に悔しいです。こんなことなら、もっと攻略を急かしておけば……。
初心者の皆さんにはこんな気持ちになってほしくありません。
だから、頑張ってください。
「おいおい、ウソだろ?」
ゲームが消える? 試練の塔ってなんだ。ダンジョンの名前だよな。それをクリアしないと、パンドラの迷宮が消えてしまうのか? 勝手にスマホにインストールされて、勝手にスマホからアンインストールされるって。本当か?
書き込みはまだあるようなので、続きを読んでみる。
2:アリエル 20分前
私の妹のアプリもさっき消えてしまいました。今も部屋から妹の鳴き声が聞こえてきます……。
3:キョータロ 14分前
俺のツレのも昨日消えた。
ふざけんなよクソ運営。最初から教えろやボケ! しね!
4:ライオン一号 9分前
俺の後輩二人もアプリ消えたみたい。
いやー廃人プレイしててよかったわw
ぶっちゃけ後輩どもちょっとウザかったからスッキリw
「おい、おいおいおい、本当、なのかよ?」
パンドラの迷宮が、消える? いやだ、絶対にいやだ。このゲームは俺にとってもはやなくてはならないものだ。パンドラの迷宮には俺の夢をかなえてくれる可能性が詰まっている。消えるなんてことは考えたくない。そうだ、クリアすればいいんだ。四週間なら時間はたっぷりある。試練の塔だろうがなんだろうがクリアしてやろう。




