第五話 ダンジョンボス・ビッグスライム
「これって、まさかボス!?」
部屋の広さは、かなりある。たぶん、このダンジョンで一番大きな部屋なんじゃないかな。その部屋の中央に、ビッグなスライムが陣取っていた。高さは三メートルくらいありそうだ。横幅も、健吾八人分くらいはあるかもしれない。でかい。色も形も今まで見たスライムと同じだけど、威圧感は比べ物にならない。
「退路を断たれた上に、目の前には強そうなボス。燃えるねぇ! そうこなくっちゃなぁ」
「いやいや、普通に怖いから。健吾って脳みそが筋肉でできてて、危機感とか上手く働いてないのかな?」
「テメーの筋肉すら詰まってねぇスカスカ脳みそよりかよっぽどマシだろ」
脳筋なのは否定しないのか。それにしても、スカスカ脳みそとは失礼だな。言われっぱなしはしゃくなので、何か反論しておかないと。
「俺の頭には夢と希望がギッシリ詰まっているから。健吾の脳筋と一緒にしないでほしいね」
「物理的にはスカスカってことじゃねぇか」
悔しい、これ以上反論できない。
「作戦はどうしますか? 突き主体で戦うのは確定として、他に何かアイディアはありますか?」
「今んとこはねぇな。ぶつかってみてから考えようぜ」
「私は取りあえず様子をみるわね」
「うん、そのほうがいいかもしれないね。最初は、俺と健吾だけで行ってみよう」
「俺のスピードについてこれんのかよ、祐介」
「そっちこそ、速攻で攻撃されて吹っ飛ばされるなよ」
これまでの戦いを見た感じ、俺と健吾ならまずやられないと思う。あれだけ大きければ、体当たりの速度も大したことなさそうだ。もちろん、当たってしまったら即死かもしれないけど。
タイミングを合わせて、二人同時にビッグスライムに向かって走り出す。足の速さの関係で、若干健吾が俺の前を走っている。だんだんとビッグスライムに近づいて来た。ビッグスライムに動く気配はない。何もしてこないのだろうか。
健吾がビッグスライムに十メートルくらいの距離まで近づいた、その時だった。ビッグスライムの体から、触手のようなものが生えてきた。長い。しなっていて正確な長さはわからないけど、五メートル以上はあるだろう。さすがダンジョンボス。こういう攻撃手段もあるのか。
ビッグスライムが、健吾に対して触手をムチのように振り回した。
ヴォン!
「うおっ! やっべ」
間一髪、地面に伏せることで触手をかわしたみたいだ。音といい、速度といい、当たると大ダメージ確実だ。
「先に行かせてもらうよ! 健吾はそこで寝てな」
「あっ、ずりーぞ!」
触手は振り切られたばかりで、すぐにはこっちを攻撃してこなさそうだ。チャンスだ。
「うおおおおおお!」
気合の咆哮を上げながら、スライムへとまっすぐ突っ込む。そんな俺の視界に入ってきたのは、二本目の触手だった。ちょっとタンマ、それは卑怯だろ。
ヴォン!
左方向から振るわれた触手を、健吾と同じように地面にしゃがんでやり過ごす。いやー、危なかった。九死に一生を得たね。
そのまま起き上がって攻撃しようかなと思ったけど、ふと見ると、頭上には三本目の触手が。いやいやいや、なんなんだよコイツ。強すぎだろ。
ヴォン!
俺はしゃがんだ体勢のまま、左へとローリングする。ローリングが終わったら素早く立ち上がって、ビッグスライムから距離をとる。これはダメだ、近くにいたらムチの餌食になってしまう。
ムチの攻撃範囲からなんとか逃れると、そこには健吾が立っていた。
「あいつ、やべーな。なんつーか、ヤバいっつーか。な? やばくね?」
「いや、うん。ヤバいのはよくわかった。けど、感想がヤバいだけってさすがにヤバいだろ」
「それじゃお前はどう思ったんだよ」
「まず、触手が早くてヤバい。威力もヤバいね。あとあの大きさだと、耐久力もヤバそうだ」
「オメーも似たような感想じゃねぇか。オメーの語彙の貧弱さもやべーだろ」
「俺よりも健吾の方がヤバいから。一緒にしないでほしいね」
俺と健吾はしばらくにらみ合っていたけど、ちょっと待てよ。今はこんなことをしている場合じゃないんじゃないか。もしも今ビッグスライムが突進してきたら……。生き残るためには健吾を盾にするしかない。善は急げっていうし、早速行動しよう。ん?
「健吾、手を離せ。じゃないとお前を盾にできないだろ」
「ストレートにクズな発言すんじゃねぇよ。この人間のクズ」
「健吾だって俺を盾にしてるじゃないか! ずるいぞ自分だけ!」
「さて、なんのことやら」
うおお、すさまじいパワーだ。ビクともしない。ビッグスライムが突進してくる。やばいやばいやばい、今ビッグスライムが突進してきたら死んでしまう。ビッグスライムが突進……してこない。それどころか、部屋の中央から一歩も動いていない。
「なんであいつ、部屋の中央から動かないんだ?」
触手の攻撃があまりに早かったので、てっきりあいつ自身の素早さもかなりあるんじゃないかと思っていた。だけど、もしかして、そんなでもないのかな。いやそれどころか、まったく動かない、素早さゼロのモンスターなのだろうか。
「健吾、どう思う?」
「ぶっちゃけ、さっきまでの俺たちはスキを晒しまくってただろ。よく考えたら祐介なんか盾にしても、あのデカブツの体当たりを受けきるなんて無理だしな」
言われてみればそうだ。もしも体当たりされたら、二人まとめてぺっちゃんこになっていたことだろう。それなのに動かなかったってことは、やっぱりあいつは動けない?
「どうやら、まだまだ俺たちにもチャンスはありそうだね」
「ああ、あいつがその辺のスライム並みに素早かったらやばかったが、動かないのなら少なくともすぐにやられる心配はねぇな」
「いったん匠たちのところに戻って作戦会議をしよう」
匠と彩華さんは最初の場所から動いていない。ずっとその場所から俺たちの戦いを観察していたようだ。
「おーう、戻ったぞー」
「お疲れさまです。祐介君、健吾君。彼はどうでしたか?」
「はっきり言って別格かな。どうすればいいのかわからないっていうか。匠と彩華さんは何かいいアイディアある?」
「そうですね。僕は何も思いついていません。あれだけの大きさですと、抱き着いて揉む……。いえ、抑え込むこともできなさそうですし。そもそも、近づく前にあのムチに撃退されてしまいそうです。あ、誤解しないで欲しいので伝えておきますが、ムチ自体は大好物です。しかし、一発で昇天してしまうのはちょっと遠慮したいですね」
とても冷静な匠の分析だ。やたらと長い発言なのに、必要な情報が何一つ入っていない。いつもの匠だな。
「彩華さんはどう?」
「そうね。厄介なのはあの触手ね。まずは触手を直接攻撃してみるってのはどうかしら?」
触手を攻撃か。やってみる価値はあるかもしれない。上手く触手を切り離せれば、攻撃を仕掛けるチャンスになるかもしれないな。
「それでいってみようか」
「そうだな、俺はそれでいいぜ」
「私も攻撃に参加するわね」
「僕はもう少し様子を見てみます。ここまできて、足は引っ張りたくないですからね。すみません」
「気にしなくていいよ。それにここまでスムーズにこれたのは、匠の発見のおかげなんだから」
俺と健吾と彩華さんの三人は、最初と同じようにビッグスライムへと向かって行く。ビッグスライムから生えている触手は、四本。さっきよりも増えている。まだ増やせたのか。
一番攻撃をよけるのが得意な俺が、触手の攻撃範囲を出たり入ったりしながら攻撃を誘う。健吾と彩華さんの二人が振るわれた触手に攻撃を当ててくれているけど、手ごたえはないみたいだ。突きは当てること自体が難しい上に、当たったとしてもムチの威力が高すぎて、二人とも武器をはじかれている。
何度か攻撃を繰り返したけど、成果は上がらなかった。
「クソ、あいつ本当に倒せんのかよ。負けイベントかなんかじゃねぇだろうな」
「ここまで来たんだから倒したいよなぁ」
「おい祐介。ちょっと特攻してこい。んで、負けイベントかどうか調べてこい」
「何バカなこといってんだよ健吾。あ、ごめん。バカだったね」
「テメー、あとでぶっ殺す。帰り道は背後に気を付けるんだな」
「理不尽過ぎるだろ! 最初に絡んできたのはそっちだよね!?」
なんてやつだ、平気で友だちに対してだまし討ち宣言をするなんて。しかもヤンキーの抗争とかとは程遠い、平和主義者で平凡な俺に対して。しかたない、ここは普段から持ち歩いている護身用メリケンサックの出番だな。イメージトレーニングも完璧だ。来るなら来い、返り討ちにしてやる。
「このままだと門限を過ぎてしまうわ。もう少ししたらログアウトしないと」
そういえば、彩華さんには門限なんてあったんだったな。俺たち三人はまだまだ戦えるけど、彩華さん一人だけ仲間外れにするのはちょっとな。せっかくだから、四人でダンジョンをクリアしたい。
何か方法はないのか。攻略の糸口が欲しい。今までにやったゲームを思い出せ。これと似たような場面はなかったか。なんでもいい。思い出せ、ひらめけ……!
必死に考えていた俺の頭へと、一筋の光がほとばしる。突如として、ひらめきが舞い降りた。これだ、これならいけるかもしれない。経験は嘘をつかない。きっとうまくいく……はず。
「いい作戦がある! 俺の話を聞いてくれ!」
その場でみんなに対して考え付いた作戦を話し、そして配置についてもらう。ビッグスライムの右側には俺。左側には健吾。そして俺の左隣には彩華さん、右隣には匠がいる。四方向からビッグスライムを攻撃できる陣形だ。
「こんなんで本当にうまくいくのかよ」
健吾の疑問はもっともだ。ビッグスライムのムチは、長さから言って三百六十度どこにでも届く。しかもスライムには目なんかないから、今どこを見ているのかわからない。それどころか、気配みたいなものを察知していて、三百六十度どこにもスキがないのかもしれない。けど、やるしかない。時間はもう、あまり残っていない。
「俺が合図したら攻撃開始だ。誰か一人が先行するんじゃなくて、全員が同じタイミングでビッグスライムを攻撃するぞ。わかったか、健吾」
「わーってるよ。ちゃんと合わせるから安心しとけ」
「それじゃあ行くぞ! 攻撃開始だ!」
四人がいっせいにビッグスライムへと走り出す。距離が近づいてくると、ムチが振るわれる。狙いは俺と健吾みたいだ。俺と健吾の二人に、それぞれ二本ずつのムチが襲い掛かってくる。二本のムチはかわすのが難しいので、攻撃範囲ギリギリをいったりきたりしてやりすごす。その間に、匠と彩華さんがどんどんとつっこんでいく。
近づいてくる気配を感じ取ったのか、ビッグスライムがそれぞれに対して一本ずつのムチを振るう。しかし――。
「予想通りだ!」
今まで正確無比だった触手が、まったく見当はずれの位置へと飛んでいく。そのスキに匠と彩華さんがひのきの棒を構え、ビッグスライムに対して体重の乗った突きを繰り出す。ひのきの棒は命中した。ちゃんと刺さっている。俺たちは初めて、ビッグスライムにダメージを与えることに成功した。
匠と彩華さんの攻撃に合わせて、俺と健吾も前に出ている。ムチは四人に対して均等に振るわれているけど、狙いがめちゃくちゃだ。どれ一つ当たらない。ビッグスライムへと到達した俺と健吾は、突きを繰り出しまくる。刺して刺して刺しまくる。たまにムチが飛んでくるけど、それはしゃがんでよける。匠と彩華さんはムチをよけるのが苦手なので、少し離れた位置からヒットアンドアウェイだ。俺と健吾に対して攻撃が集中しだしたので、匠と彩華さんはなんとかよけられている。
しばらく攻撃を繰り返すと、ビッグスライムは動かなくなった。
徐々に体が溶けだしていき、床に落ちたしずくがきらめきながら消滅していく。
ビッグスライムの体が半分以上消滅したとき、部屋中に響くようなアナウンスが俺の耳へと飛び込んできた。
『おめでとうございます。ダンジョンボス・スペリオルスライムを討伐しました!』
こいつの名前はスペリオルスライムだったらしい。ちょっとカッコイイ。スライムのクセに生意気だぞ。
「うおっしゃああああ!」
健吾が全身で喜びを表している。飛び跳ねたり、棒を振り回したりしている。元気ありすぎるだろ。俺はもう疲れたぞ。
「やったわね!」
「お疲れさまです」
「うん、おつかれー」
倒すことができて本当によかった。最高の気分だ。
「それにしても、なぜ急に攻撃の正確性が失われたのでしょうか。ムチが飛んでくる方向から言って、僕たちを見失ってはいなかったようですが」
「ああ、そのことか。アイツの思考力は、しょせんスライムだったってことだよ」
「なるほど、そういうことですか」
「どういうことなの?」
「あのスライムは思考の処理能力の問題で、同時に行える行動数に制限があったのでしょう。その場から動かなかったのも、動くという動作と、触手を振るうという動作を同時に行えなかったからでしょうね」
「つまり?」
「つまりスペリオルスライムには、別々の方向から同時に攻めてくる相手を同時に攻撃する能力はなかったということです」
「ほーう、そういうことだったのか。祐介、たまにはやるじゃねぇか」
その辺を走り回っていた健吾が戻ってきた。たまにとは失礼な。俺は常にやる男だ。
「参考までに、どうやって攻略法を思いついたか聞いてもいいか?」
「しょうがないなぁ、教えてやるよ。俺の鋭すぎる思考力に腰を抜かすなよ?」
「おう、いいから早く教えろや」
「昔夜中にゲームしてたら、父さんと母さんにものすごく説教されてね。右と左から別々のことを怒鳴り散らすもんだから、何がなんだかわからなくてね。その時に気が付いたんだ。人間、二つのことを同時に考えるのは難しいんだなって」
「つまり、自分がバカだからスライムもバカに違いないという願望を押し付けた結果か。まあ、結果オーライだな。よくやったぞ」
「待って待って、それだと俺がスライム並みの知能みたいじゃないか」
「そう言ってんだろ」
「健吾だって二つのことを同時にやるのは無理だろ!」
「俺はできるぞ。例えば、右手で祐介をアイアンクローしながら、左手で祐介にボディブローとかな。試してみるか?」
「遠慮しときます」
せっかくボスを倒せたのに、そのあとで味方に倒されるなんてまっぴらごめんだ。どこまで健吾は脳筋なんだよ。最大の敵は無脳な味方っていうらしいけどその通りだな。あれ、無能だったかな。まあどっちでもいいか。
「よぉし! それじゃお楽しみのボスドロップの確認をやるぞ!」
「そんなのあるのかしら?」
「あるみたいですよ。掲示板の情報によると、いいものが出やすいようです」
おおっ! ボスドロップなんてあるのか。本格的にゲームみたいだな。ゲームなんだけど。これはワクワクするぞ。楽しみだ。
スマホをポケットから取り出そうとするけど、なかなかうまくとり出せない。あせるな、報酬は逃げないぞ。
ようやくスマホをとり出すことができた。インベントリでいいのかな? 取りあえず見てみよう。なんだ、おかしい。スマホが暗くゆがんでいる。それだけじゃない、辺りの景色もだんだんとぼんやりとしてくる。視界が黒く塗りつぶされていく。どうなっているんだ?
疑問でいっぱいになりながら、俺の視界は完全にブラックアウトした。




