第二十七話 ラストバトル
明日の夕方にはパンドラの迷宮が消えてしまうのかと考えるといてもたってもいられない。
苦行という名のテスト勉強で疲れ切った頭と体にカツをいれながら、ゲームを起動するためにスマホを操作する。自室のベッドに横になり、あとはアプリを起動するだけだというタイミングで、スマホの着信音が鳴り響いた。
「もしもし」
「こんばんは。いきなりだけどアンタ、ゲームをやろうとしてたんじゃないでしょうね?」
彩華さんからの電話だった。
「してたよ、当たり前じゃないか。なんとか今日中にボスの部屋を見つけたいからね。そのためには、三階を徹底的に調べないと」
「祐介、アンタほんっとにバカね!」
「俺はちょっと勉強ができないだけさ。バカじゃないよ」
「それをバカっていうのよ。……いえそうじゃなくて、私が言いたいのはそんなことじゃないわ」
彩華さんは何やら俺に対して言いたいことがあるようだった。
「結論から言うわ。アンタ今日はもう寝なさい」
「何言ってるんだ。夜は始まったばかりだよ」
「い・い・か・ら! さっさと寝ること!」
「でもボスの部屋を見つけないと……」
「今の祐介じゃ、ボスの部屋を見つけたってボスには勝てないわ!」
「そりゃ、一人じゃ無理かもしれないけど」
「明日パーティを組んだって無理よ。アンタ自覚がないの? 今日の祐介の動き、ひどいもんだったわよ。あれじゃボスを倒すなんて無理に決まってるわ」
そこまで酷かったかな? 確かに本調子じゃないことはわかってたけど、それでも出てきたモンスターは倒せてたし、ボスだってなんとかなるんじゃないかと思う。それに……。
「いくら調子が良くったって、ボスに挑めなければ意味がないしね」
「大丈夫よ。三階の探索は私がやっておくわ。だからアンタは休みなさい」
「でもそれって彩華さんが寝不足になるんじゃ」
「いいのよ私は」
「どこがいいのさ」
「いい? 私たちのチームでもっとも戦闘力があるのは祐介と斉藤の二人よ。ボスに挑むときにアンタたちがフラフラだと、勝てるものも勝てないわ。悔しいけど私や森原じゃ、アンタたちの穴を埋めることはできないもの」
「そうかな?」
「そうよ、そうなの! 勝つためなの。別に疲れ切ったアンタを見るのが嫌とか、そんなんじゃないんだからっ! ほら、さっさと寝なさい。おやすみっ!」
その言葉を最後に、彩華さんの電話はブツンと切れた。
彩華さんはああ言ってくれたけどどうしようか。ここは彩華さんを信じて寝るべきか? しかし三階を探索するなら俺もした方がいいのでは。
どうするべきか迷っていると、またしてもスマホに着信が入る。
着信音からいって今度はメールのようだ。
『三階の探索は僕がやっておくので、祐介君は休んでください。健吾君はすでに睡眠をとり、体調を整えています。明日のボス戦はあなたたちにかかっていると言ってもいいでしょう。お互いに役割分担を行い頑張りましょう。エロゲーのためにも』
メールは匠からだった。内容は、さっきの彩華さんの電話と似たようなものだ。
二人からここまで言われてしまったんじゃ、寝ないわけにもいかないな。それに健吾は休んでいるみたいだし、明日になって体調が良くなった健吾に後れを取るのもシャクだ。
今日はもう寝て明日に備えよう。
それにしても、匠のこのメール内容だとまるで俺までエロゲーのためにパンドラの迷宮をやってるみたいじゃないか。
まったく、俺はエロゲーを買うつもりはないぞ。……匠から借りるつもりならバッチリあるけど。 自分で考えていた以上に疲れていたのか、ベッドの上で目を瞑ると数分もたたずに眠気が襲ってくる。
三階の探索は彩華さんと匠がなんとかしてくれる。だから大丈夫だ。俺は襲い来る眠気の波に身をゆだね、久しぶりに深い眠りへとついたのだった。
翌日の放課後、俺たちは昨日と同じように部室へと集まる。目的は言わずもがな。試練の塔への最後の挑戦だ。
「今日こそは絶対にクリアしよう。みんな、準備はいい?」
「何当たり前のこと言ってやがる。今の俺は無敵だ! ボスだろうがなんだろうが、なんだってきやがれ」
一晩休んで回復したのか、その目の輝きは昨日とは大違いだ。
「僕も準備は完了していますよ。愛するモノを得ることを考えれば、心の内から無限の力が湧いてきます。これは性戦です。負けられません」
エロゲーの購入に向け、匠は気合をたぎらせている。すさまじいやる気だ。しかし俺たちを勝手に性戦とかいういかがわしい戦に巻き込むのはやめてほしい。
「私も大丈夫よ」
「本当? ちょっと眠そうだけど」
「問題ないわ。それよりも、三階は私に任せなさい! 約束通り次の階への階段を見つけておいたわ」
「おおっ、ナイスだよ彩華さん! これでクリアがグッと近づく」
「当然じゃない。もっと褒めてくれてもいいのよ」
彩華さんはきっと、夜遅くまでダンジョンを探索してくれたのだろう。その頑張り、無駄にはしない。
「よし! みんな行くよ。ダンジョンへと出発だ」
一階は攻略法がわかっているし、二階は匠がマップをすべて覚えている。だから一時間もかからずに三階へと到着することができた。
とても順調に進んでいるけど、問題はここからだ。
「ここは私に任せなさい」
彩華さんの先導で、十字路だらけのやたらと広い三階層目を進んでいく。
「フム、階段は南のエリアにあったのですね」
「南のエリアってなんだよ」
「便宜上そう言っているだけです。二階堂さんと探索する場所が被らないように階段から見て右手側を北、左手側を南と命名して、それぞれ分かれて階段を探すことにしたのです」
「それじゃ、階段から見て正面が東、後ろが西かな?」
「テメーそれマジで言ってんのか?」
「……ちょっと寝不足の時の疲れが残ってたみたいだね」
「まだ睡眠が足りてねぇみたいだな。なんならぐっすりと眠れるように、俺が子守歌でも歌ってやろうか?」
そう言ってチョークスリーパーの構えをとる健吾。何が子守歌だ。肉体言語による子守歌なんか絶対にごめんだね。
探索と戦闘と雑談、それから時々休憩をはさみながら一時間ほど歩き続けると、それは見えて来た。
「あれよ! あれが四階への階段だわ」
そこには確かに上りの階段が存在している。
「ちなみに、彩華さんは四階へと昇ってみた?」
「ううん、まだ四階には行ってないわ。見つけたのが登校時間ギリギリだったもの」
「……本当にお疲れさま、彩華さん」
「大したことないわ。それに授業中にお昼寝してたから今は平気よ。ささ、時間もないんだからさっさと行くわよ」
彩華さんの言う通り、時間はもうあまり残されていない。もしも四階がまた通常の探索エリアだったら詰みだ。頼む、ボスのいる階層であってくれ。
「うおっ、これはもしや」
その祈りが通じたのかどうかはわからない。
「この特徴的な模様の入った扉、間違いなくボスの部屋ですね」
「やったわ!」
階段を上った先は十五メートル四方くらいの正方形の部屋だった。その部屋の正面に、天井まで届きそうなほど巨大な、威圧感のある扉が待ち構えていた。扉のサイズはビッグスライムをはるかに超える大きさだ。
目を引くのは扉の大きさだけではない。扉には魔法陣のような模様が描かれていて、それがうっすらと光輝いている。
この今までとは違う特別な感じ、間違いなくこの先にボスがいるだろう。
「改めて聞くけど、準備はいいかな?」
「いいに決まってんだろ!」
「性戦の始まりですね。僕は絶対に負けませんよ」
「私もいつでもいけるわっ」
タイムリミットから考えて、ボスに挑戦できるのはこの一回だけだろう。この戦い、絶対に負けるわけにはいかない。
「それじゃ、扉を開けるよ」
俺は武器を構えるみんなの先頭に立ち、その巨大な扉を押し開く。
扉の先はこれまでのボス部屋と同じように大部屋となっていた。その中央に、いる。高さが十メートルはありそうな、巨大なモンスターが。
腕が四本。足も四本。四本の腕はそれぞれ剣やハンマーといった別々の武器を装備している。
それは、あまりにも大きすぎるゴーレムだった。
顔の位置に存在する単眼のような丸い光が、ぼんやりとした光を放っている。その赤く輝く光が、部屋へと足を踏み入れた俺たちの姿を方を向く。
「戦闘開始だ! 行くぞ!」
こうして、俺たちの最後の戦いが始まった。




