第二十四話 テスト勉強
「休み時間にまで勉強するなんて、らしくないよー」
休憩もせずにひたすらノートにペンを走らせる俺に対して、委員長が声をかけてきた。その声音には、俺を心配する感情が見え隠れする。
朝健吾が勉強している姿を見たときのインパクトはすさまじかった。勉強の理由を知っている俺でさえそうなのだから、詳しい事情を知らない委員長が心配するのも無理もない話なのかもしれない。
「ちょっと理由があってね。勉強しなくちゃいけなくなったんだ」
「平田くんが勉強する理由ってなんだろう。とっても大変な事情があるのかな?」
「そうだね。俺にとってすごく大事なことなんだ」
「うーん何かなぁ。平田くんって、テロリストに拉致されて死ぬか勉強するかどちらか選べって言われても、迷わず死ぬほうを選ぶタイプだよね。そんな平田くんが勉強するって、よっぽどのことなんだろうなー」
「いや、その状況になったらさすがに勉強することを選ぶから」
そもそもなんでテロリストに拉致された挙句そんな二択を迫られるんだ。どういう状況だよ。
「そう……。あっさりとテロに屈してしまうんだ」
「なんでちょっと俺が悪いみたいになってるんだ?」
「それよりも、一人で勉強するの大変でしょ? わからないところとかない? もし良かったら放課後一緒に勉強しよっか」
おおっと、なんてうれしいお誘いなんだ。普段の俺なら涙を流して喜ぶところだろう。
しかし今はこのお誘いは受けられない。わからないところは匠が教えてくれるから問題ないし、少しでも集中するならいつもの慣れたメンバーで勉強した方がいいだろう。
「誘ってくれたのはうれしいけど、今日は遠慮しとくよ。また今度お願いしようかな」
「そうなのね。私よりも二階堂さんを選ぶんだー」
「えっ!? なんで一緒に勉強してること知ってるんだ?」
「そりゃぁ、クラスで噂になってるからね。当然私も知ってるよ。それでどうなのかな? やっぱり二階堂さんのほうがいいの?」
「いや彩華さんのほうがいいとかそんなんじゃなくて。ただ単に精神的に余裕がないからいつものメンバーで勉強したいだけだよ」
「ふぅん、そうなんだ。よくわかったよ」
「ああ、そうだ」
よかった、わかってくれたみたいだ。
「目当ては二階堂さんじゃなかったんだね。斉藤くんと末永くお幸せに!」
「待って、全然わかってないだろ。俺にそんな趣味はないって!」
「知ってるよー。平田くんはおっぱいの大きなお嬢様タイプの女の子が好きなんだもんね」
「なんでそのことを知ってるんだ!?」
「ひみつっ」
なぜ委員長が俺の趣味を知っているのかは非常に気になるけど、今はそれを考えている場合ではない。テストのために、余計なことは頭から追い出さないと。
休み時間の終了を告げるチャイムがなり、教室へと次の教科の先生が入ってきたため、委員長は自分の席へと帰っていった。
さて、勉強の続きだ。授業の時間は休み時間以上に大事にしなければいけない。先生がテストに出すポイントを話してくれるかもしれないからだ。
先生の一挙手一投足を見逃すな。集中しろ。あの先生は、俺の点数を上げてくれる救世主かもしれないのだ。そう考えると、ハゲ散らかしたおっさんが不思議と神々しく見えてくる。
今だけはハゲ散らかした頭を崇め敬うから、だから俺に点数をくださいお願いします。
しかしそんな俺の懸命な祈りは届かず、ハゲはテストの問題を漏らすことなく授業を終えた。どうやら邪悪なハゲだったようだ。ファッキューハゲ。ゴートゥーヘル。
いいさ、俺は自力で点数を取る。そして彩華さんを中卒の危機から救ってやる。
その日もいつも通り彩華さんの家に集合し、いつものように四人で勉強を開始する。頻繁にゲームへの誘惑をちらつかせてきたあの健吾ですら、質問以外は一言もしゃべらずに教科書とにらめっこしている。
いや、にらめっこなんて言うかわいいもんじゃない。教科書に向かってガンを飛ばしている。一触即発だ。
今にも教科書と健吾の間に喧嘩が始まりそうな雰囲気だが、健吾から伝わってくる気迫はまさに真剣そのもの。やはり健吾は本気で点を取りに行くようだ。
俺も負けじと教科書を読む。
勉強だと考えるな。ゲームのように自分のステータスを鍛える作業だと考えろ。とにかくなんでもいいからこの作業を楽しめ。
そんな風に自分に言い聞かせながらひたすら机に向かっていると、ふと正面に座っている彩華さんと目が合った。
彩華さんは俺や健吾ほど切羽詰まっているわけではないが、俺たちよりも高い点数を取る必要があるため油断はできない。
そんな彩華さんは勉強に集中するのではなく、俺の方をじっと見つめていた。
「どうかした、彩華さん? 勉強はしなくていいの」
「なんだか、祐介が昨日とは別人のような気がして」
「別人? そんなことないよ、俺は俺だ」
「目つきが少しおかしいし、集中力も今までと全然違うわ。今までは勉強してる時でも、チラチラとよそ見をしたりあくびをしてたりしてたけど、今日は朝からずっと全然そんなことないし」
どうやら今までの俺はダメダメだったらしい。集中してるつもりでも、無意識のうちに勉強から逃げていたのだろう。そりゃあ、匠の小テストであんな点数を取るわけだ。
けど今はそんなダメダメな無意識に打ち勝ち、意識を勉強モードへと切り替えることができたようだ。この調子を維持できるように頑張っていこう。
「ちゃんと目標点をクリアするから心配しないで彩華さん。あと目つきがちょっと悪いのは徹夜したからだよ」
「そっちを心配してるわけじゃないんだけどね。私が心配してるのは……。いえ、なんでもないわ」
点数の方を心配していないってことは、俺のやる気を認めてくれているってことかな? うれしいこと言ってくれるね。期待に応えてもっと頑張ろう。
「無理だけはしないでね」
「わかってるよ」
大丈夫、本当にわかっているから。でも、人生には無理をしなければいけない時もあるんだ。そして今がその時だ。
彩華さんを中卒にするわけにはいかない。……ちょっと違うな。俺は、彩華さんと学校であえなくなるのがいやなんだ。
一緒に弁当を食べたり、部室で話したり、そんな日常を続けたいと思っている。それにやっぱり、彩華さんの悲しむ顔は見たくない。だから、一生懸命やらないと。一生懸命やってダメなら、多少の無理もしよう。バカな俺にできることは、きっとそれしかないのだから。
それからの日々は、同じことの繰り返しだった。
夜遅くまで勉強をし、学校でも時間を無駄にすることなく休み時間も勉強して、学校が終わったらいつものように彩華さんの家で勉強をする。これの繰り返しだ。
特に問題は起きなかったが、唯一、家族の反応やクラスメイトの反応まで毎日無限ループしていたのはさすがにうっとおしかった。俺は悪霊なんかに取りつかれていないから。いい加減俺が自分の意思で勉強をしているということを認めてほしい。
呪術師を紹介して来ようとする父さんと謎の呪文を唱えるクラスメイトを無視しながら勉強を続け、そしてその日はやってきた。
今日はいよいよテストの初日だ。
早めに登校したためクラスには誰もいないだろうと思っていたが、健吾が俺よりも早く登校して勉強をしていた。もはやこれは驚くような光景ではない。朝早く登校して学校で勉強するのは、俺たちの日課になっているからだ。
「とうとうこの日が来ちまったな。オメー、死ぬ気で気合入れてけよ?」
「健吾に言われるまでもないよ。気合なら、パンク寸前まで詰め込んできた」
「本当か? 詰め込んできたのは悪霊じゃねぇだろうな?」
「あれは根も葉もない噂だから」
俺が勉強するのは、悪霊のせいにするほど変なことなのだろうか。
ちなみに健吾の方は、ヤンキー同士の抗争で頭を殴られまくりおかしくなってしまった結果、勉強に目覚めたという噂が広まっている。
「そっちこそ大丈夫か? 大事な場面で殴られすぎた頭が痛みださないことを祈るよ」
「うっせー! クソッ、誰だよ殴られすぎて頭がおかしくなったとかいう噂を流したヤロー。見つけたらただじゃおかねぇからな」
「本当困るよな。根も葉もない噂を流されるのは」
「その通りだぜ」
健吾が深くうんうんとうなずくのが見える。そうだよな、間違ったうわさを流されるのはやっぱりつらい。一体誰なんだ、殴られすぎて頭がおかしくなったとかいう大嘘を触れ回ったヤツ。
「まったく、俺は声を大にしてクラスメイトに言ってやりたいよ。健吾の頭がおかしいのは元からだってね」
「なんだとテメー! 頭のおかしさじゃオメーがダントツだろ!」
「俺は人より少し頭が良くないだけで、おかしくはないから」
「お前の頭が少しだと? それだとチンパンジーですら人間と比べて少し頭が悪いだけになっちまうな!」
「俺の頭がチンパンジー並だって言いたいのか!?」
「それ以外に何があるんだよこのマヌケ」
「うるさいぞ単細胞生物」
「「ぐぬぬぬ……」」
「……はぁ、やめだやめだ。今はこんなこと言い合ってる場合じゃねぇ。俺たちにはそれよりも大事なことがある。そうだろ?」
そうだ、健吾の言う通りだ。こんなこと言ってる暇があるなら、少しでも点を増やすために勉強しなければ。
「悪かったよ。突っかかるようなこと言ってしまって」
「俺の方こそ言い過ぎた。わりぃな」
その言葉を最後に、俺たちは一言も話すことなく勉強を続けた。気が付くと教室には人が増えており、その中には勉強をしているものもちらほら見かける。
独特の緊張感を含んだ雰囲気の中時間は過ぎていき、そしてテストが始まった。




