第二十三話 中卒の危機
「……二階堂さん、あなたは本当にそれでよいのですか?」
問いかけた匠の表情にこれといった変化はない。しかし、その声にはいつもとは違う真剣味が混じっているような気がした。
「私の決定に何か文句があるわけ?」
「滅相もない。ただ、本当にそれでいいのかと思っただけです。本当にゲームに集中しても。いえ、家庭訪問を受けることになっても大丈夫なのですか?」
「やけにこだわるのね。森原ってそんな性格だったかしら」
「ルート分岐の選択肢が見えたような気がするんですよ」
「選択肢? あのね、現実とエロゲーをごっちゃにしないでほしいわ」
「そうですね。ここは現実ですし、あなたは攻略ヒロインではありません」
――僕にとっては。
そんな匠の声が聞こえた気がした。気が付くと匠は彩華さんから視線を外し、俺の方をじっと見ていた。
わかっているよ匠。だからそんな見つめないでくれ。俺もなんだか様子がおかしいなって、そんな気がしてきたところなんだ。
「何か心配事があるなら言ってよ彩華さん」
「祐介までどうしたのよ」
「なんていうからしくないっていうか、いつもの元気がないような気がしてね」
「そうかしら?」
「そうだよ。俺たち友達だろ? 遠慮せず言ってくれよ」
「別に大したことじゃないわ」
「やっぱり何かあるんじゃないか」
「はぁ。わかったわ。話すわよ」
懸命の説得により、なんとか話す気になってくれたようだ。さて、彩華さんの心配事とはなんだろう。彩華さんが自分で言ったように、大したことじゃないといいんだけど。
「実は、次に何か問題を起こすと学校を辞めさせられるかもしれないの」
予想以上の大問題だった。
「それが本当ならヤバすぎるってレベルじゃないじゃないか!」
「大丈夫よ。お父様が激怒したときに、壺や家具をなぎ倒すついでに勢いで言っただけよ。多分本気じゃないわ」
あの高そうな壺とか家具とかをなぎ倒すって、尋常じゃない怒りじゃないか。一体どんな状況だよ。
「そもそもなんでそんなに怒らせたの?」
「ちょっと前までゲームをするために門限ギリギリまで学校に残ってたでしょ? お父様はそれが気に入らなかったみたい。それに加えてこの前門限を破っちゃったから、もうカンカンよ」
「門限を破っただけで学校を辞めろって言われたのか?」
「そうよ」
それはまあ、なんというか、あまりにもぶっ飛んだ父親だ。俺や健吾の親もヤバいけど、それとはまた違った方向性でヤバい。
「お父様はもともと私が高校に行くこと自体反対してたのよ。家業を継がせるために修行させるとかいう理由でね。それをお母様と私で説得して、高校に通えるようになったの」
ということは、もしかして。
「彩華さんって一歩間違えてたら中卒になってたのか!」
「やめて! それは言わないで! 中卒なんて絶対に嫌よ!」
「確かにこれはヤバい。何せ中卒になるかどうかの瀬戸際だからな。彩華さんが不安になるのもわかるよ」
「だから多分大丈夫だって言ってるでしょ。お父様だってもののはずみで言っただけよ」
「ちゃんと父さんに確認したの?」
「……家具をなぎ倒す勢いのまま出張に行っちゃって、それから帰ってきてないのよ」
「電話で話したりは?」
「お父様は携帯を持っていないわ」
なるほど、大体の事情は分かった。そういうことだったのか。それなら、やることはただ一つだ。
「!? 祐介、まさかお前……」
「悪いな健吾。俺は勉強させてもらうぜ」
ゲームを起動していたスマホをしまい、勉強を開始する。これが俺の出した結論だ。
「この機会を逃すと二度とパンドラの迷宮を遊ぶことができなくなるかもしれませんよ?」
「分かってるよ。でも、彩華さんを中卒にするわけにはいかないからな」
「だからまだ中卒になるって決まったわけじゃないわよ!」
「可能性がある以上、最悪の事態を想定して行動しないとね。それに彩華さんが門限を破ってしまったのは、一緒にゲームしてた俺にも責任があるよ。だから、俺はテストで目標点数を取ることを目指す」
「どうやら意思はかてぇようだな」
「健吾はどうする?」
「テメーは俺がダチを見捨てるような男に見えんのかよ? あぁ?」
そうだな、健吾は本当にヤバいときはいつだってそうだ。今回もきっと、自分のことよりもダチのことを優先するのだろう。そういうヤツだ。
「……仕方ありませんね。祐介君と健吾君が攻略を諦めるとなると、僕も諦めざるを得ません。不本意ですが、僕も協力しましょう」
匠が協力してくれるなら百人力だ。何せ、俺と健吾だけじゃ解き方のわからない問題が多すぎる。点数に余裕のある匠なら、きっと丁寧にわかるまで教えてくれることだろう。
「本当にそれでいいの? パンドラの迷宮を諦めちゃっても」
「まだ消えると決まったわけじゃないからね。テストが終了してからパンドラの迷宮が消えるまで、一日の猶予がある。この一日で試練の塔をクリアしてしまえば何も問題はないよ」
「あれを一日でクリアするなんて無茶よ。そんなの、無理に決まってるわ」
「無理かどうかはやってみないとわからない。それに、俺はこれからも四人でゲームがしたいんだ。もしもパンドラの迷宮が消えてしまっても、また面白そうなゲームを探してきて一緒にやればいいだろ?」
「……そう。あとで後悔しても知らないわよ」
どうやら、今度こそ本当に全員の意思が一致したようだな。あとは、テストが終わるその日までひたすら勉強するのみだ。
◇
「お兄ちゃん、お風呂空いたよ。……ってお兄ちゃん大丈夫!? 頭ぶつけたりしたの?」
散らばった漫画やゲームをすべて押入れへと押し込みひたすら勉強していると、妹のマユが部屋へと入ってきた。風呂が空いたことを伝えに来たようだ。
それにしても、勉強をしているだけで頭の心配をされるなんて、マユの中で俺は一体どんな人物像なのだろう。
「俺はあとででいいよ。先に母さんに入ってもらって。今丁度集中力がいい感じなんだ」
「ええええぇぇぇぇ! お兄ちゃん正気!?」
「完全に完璧に正気だよ」
「お兄ちゃんが勉強するのって、メモリ1ギガのパソコンで最新の3Dゲームをやるようなものだよ! フリーズした挙句取り返しのつかないことになっちゃうよ!」
例えが酷すぎるだろ! マジでマユの中で俺ってどんな存在なんだ!?
「お母さーん、お兄ちゃんが頭おかしくなったー!」
「だから正常だって!」
マユが部屋から飛び出していったあと、階段を急いで駆け降りるような音が聞こえた。一階の居間でテレビを見ているだろう父さんと母さんのところに行ったのだろう。
マユが母さんたちに何を言うのかは気になるところだが、今はそれどころではない。今までの遅れを取り戻すべく、気合を入れて勉強をしなければ。
思えば今までの家での勉強は、全く集中できていなかった。三十分もするとすぐに休憩と称して漫画に手が伸びていたし、勉強中も余計なことばっかり考えていたような気がする。
今までのやり方じゃダメだ。もっと必死に、それこそ目標点に届かなかったら死ぬくらいの気持ちで行かないと。
何度も問題を解き、教科書の内容を頭に叩き込む。そんな作業を真剣に繰り返していたら、いつの間にか二十三時を過ぎていた。さっきマユが部屋に入ってきたのが確か二十一時ごろだったはずだから、二時間くらい勉強していたことになる。
とりあえずキリのいいところまで進んだことだし、風呂に入ってしまうか。いくらなんでも、風呂に入らないまま明日学校に行くというのもまずい。時間も時間だし、もう全員入り終わったころだろう。
着替えを用意し、風呂に入るために一階へと降りる。すると、居間の方から父さんと母さんの真剣な話し声が聞こえてきた。何をそんなに真剣に話しているのかな?
「父ちゃん、やっぱり祐介はどこかおかしくなったんじゃないのかい? 具体的には頭とか、頭とか、頭とか。ここ最近、人が変わったように勉強ばっかりやってるじゃないか」
「何言ってんだ、頭がおかしいのは元からだろう」
「だけど今までとは違う頭のおかしさというか、なんかの病気じゃないだろうね?」
「アイツはバカは風邪をひかないを地で行く男だ。病気はあり得ねぇだろうな」
「じゃあ原因はなんなのかしら?」
「……俺のカンじゃ、アイツはヤバい悪霊に取りつかれていると見た。それで精神がおかしくなったに違いねぇ。近いうちに知り合いの呪術師に相談してみるわ」
散々な言われようだった。俺はそっと居間から離れ風呂場へと向かった。つーか知り合いの呪術師ってなんだよ。そんなのと知り合いって方がヤバいだろ!
風呂から上がったあとも居間からは話し声が聞こえていたが、俺はなるべく話を聞かないように急いで部屋へと戻った。
その後もひたすら勉強をしていたらいつの間にか朝になっていた。大して眠くもないし、そのまま学校へと行くか。いや、その前に朝食を食べようかな。朝食は脳にいいって聞くし、食べれば勉強がはかどるだろう。ということで居間に行くか。
「やっぱりやっぱり、祐介は頭がおかしくなったんじゃないかい?」
「なんべんいやぁわかるんだ。それは元からだよ元から」
「そうだけど……」
俺は二人に気がつかれないようにそっと家を出た。一晩中話し合っていたのかよ。あと父さんは会社に行け。いつもだったら家を出てる時間だろ。
しかたない、父さんと母さんに何か言われないうちにさっさと学校へ行ってしまおう。朝食を食べそこなってしまうが、そこまで腹が減っていたわけじゃないからまあいい。
家を出たあとは教科書を見ながら歩くという、二宮金次郎スタイルで登校し教室へと入る俺。ちょっと早く家を出すぎたせいか、教室には誰もいなかった。
これは都合がいい。静かだから勉強がはかどりそうだ。
自分の席に座りしばらく勉強していると、教室にちらほらとクラスメイトが登校してきて、だんだんとあたりが騒がしくなってきた。騒がしくなってくるのは別にいいのだけど、なんだかみんな俺の方を見てないか? あたりを見回すと露骨に視線ををそらしやがるし、絶対俺のこと話してるだろ。
丁度トイレに行きたくなってきたことだし、教室を出るときに話してる連中に少し近づいて会話を盗み聞きしてみるか。
「こんな朝早くから学校に登校して勉強するなんて、平田のヤツとうとう頭がおかしくなりやがったんじゃないか?」
「元から頭がおかしいとは思っていたが、今日はそれに輪をかけておかしい」
「もしかして、俺がこの前平田の髪の毛を入れた藁人形に釘を打ちまくったのが原因か?」
「いやいや、俺がヤツの爪を悪魔召喚の材料にしたからかもしれねぇ」
「それを言うなら俺だって」
「「俺も俺も」」
こいつらそんなことしてやがったのかよ。ていうか父さんのカン大当たりじゃないか! もしかして俺って本当に悪霊に取りつかれてるのか? 自覚症状はないけど。
「おいお前ら、俺にそんな嫌がらせしてたのかよ」
「おはよう平田。今日もさわやかな気分になれるいい天気だね」
「お前たちの話を聞いたせいで最悪の気分だよ。どうしてくれるんだ」
「なーに、そのうち良いことあるさ。来世に期待だな。ハッハッハ」
「かわいい女子と仲良くしやがったんだからこれは仕方のないことだよな。成仏しろよ」
「勝手に殺すな! 生きてるよ!」
どんな理由であれ、人を呪うなんてこいつらクズ過ぎんだろ。……そういえば父さんが呪術師がどうのって言ってたな。今度余裕のある時に紹介してもらおう。呪術って俺にもできるかな?
「うーっす。おめえら戸の前に集まんな。邪魔だ」
「おはよー健吾。なんか死にそうな目してるね」
「そういうお前は不自然に目がギラギラしてるぞ。やべぇ薬キメてんじゃねぇだろうな?」
「夜中やたらと頭が痛くなったから、バファ〇ンを五錠くらいキメたくらいかな。それ以外はいつも通りさ」
「……ほどほどにしとけよ」
そう言って健吾はだるそうに自分の席へと歩いて行った。もしかしたら、健吾も徹夜で勉強したのかもしれない。
ちなみにさっき俺のことを呪ってやがった連中は、健吾に睨まれただけであっという間に何処かへ散っていった。相変わらず健吾の視線はクラスメイトに効果バツグンだ。
「おい、マジかよ……」
「ありえねぇ……」
健吾の登場により静かになった教室がまた騒がしくなる。驚愕の表情をしたクラスメイトの視線の先にあるもの。それは勉強する健吾の姿だった。
なんだろう、このすさまじい違和感。あるはずのないものがそこに存在する異質さ。なるほど、これがさっきまでクラスのみんなが俺に対して感じていた感覚か。驚くわけだ。
徹夜したことといい自習していることといい、やはり健吾は本気のようだ。これは負けてられないな。




