第二十二話 土下座再び
健吾の予想通り、一体目のゴーレムを俺が引き付けることで、俺以外の三人は奥の通路へと進むことができた。
リスポーン部屋へと一番乗りで戻ってきた俺は、みんながうまくやってくれることを期待しながら待っていたが、わずか数分後に全員戻ってきてしまった。
通路の奥にもゴーレムが待ち構えており、なすすべもなく全滅してしまったらしい。
「おお健吾よ、死んでしまうとは情けない」
「いち早く死んでたテメェが言うセリフじゃねぇだろ」
「それじゃ次は健吾がおとり役やるか?」
「くっ……」
あの健吾が何も言い返せないなんて、これだけでもおとり役をやったかいがあるというものだ。
「次こそは、と言いたいところだけどそろそろ時間かしら?」
「そうですね。外は暗くなり始めている頃ですし、解散しましょう」
まだ始めてから一時間もたっていないけど、ゲームを起動した時間事態が遅かったからこんなものだろう。
散らかっていた勉強道具を片付け、彩華さんの家をあとにする。
今日のプレイで、より一層試練の塔の難しさを実感した。テストまで残り一週間。ゲームが消えるのはテストが終了する日の一日後。テストがあるのは四日間だから、アプリが消えるまでの日数は十二日ほどということになる。
「なあ健吾。今のペースで、本当に両方の目標をクリアできると思うか?」
「勉強の方はわかんねぇが、試練の塔はまず無理だろうな。あれをクリアするなら、勉強を捨ててゲーム一本で行くべきだ。それでもクリアできるかわからねぇけどよ」
隣を歩く健吾も、丁度俺と同じことを考えていたのかもしれない。
勉強もゲームももっと時間がほしい。できれば健吾の言う通り、ゲーム一本に絞っていきたいと思う。そろそろ決断しなければいけない時なのかもしれない。
匠や彩華さんはどう思っているのだろうか。明日聞いてみよう。
「じゃあな祐介。ちゃんと家で勉強しとけよ」
「それはコッチのセリフだっての」
健吾と別れ、家へと帰宅する。
夜ご飯を食べたあとは、今日の遅れを取り戻すべく机に向かって勉強をした。
ゲームと勉強、どちらを取るべきか。そのことばかりが頭にちらつき、その日はあまり集中することはできなかった。
「俺に考えがある」
翌日、いつものように昼食を食べながら、俺は健吾たちに向かって決意を込めた目で話しかける。
「何かしら。いつになく真剣ね」
お弁当をモグモグしている彩華さんがいち早く反応を示す。
健吾と匠も俺の雰囲気を感じ取ったのか、茶化すようなことは言ってこない。無言で会話の続きを促してくる。
「昨日健吾と話していたんだけど、このままじゃ試練の塔をクリアするのは無理だと思うんだ。匠と彩華さんはどう思う?」
「それについては僕も同意見ですね。塔、というくらいですから、おそらく二階以上の階層が存在するはずです。僕たちはいまだに一階層も攻略できていません。クリアを目指すのであれば、ペースアップするべきでしょう」
「そうね、ちょっと遅れ気味かしら」
俺や健吾だけじゃなく、匠と彩華さんも今の攻略ペースには満足していないようだ。
「俺は目標をゲーム一本に絞った方がいいと考えている」
「そうしたいところですが、そうできない事情もあります。僕の家族はどうなるのですか? それに祐介君や健吾君も、家庭訪問ともなると今までよりもさらにキツイお仕置きが待っているのではないでしょうか」
おそらく匠が言ったように、赤点に加えて家庭訪問でサボりをばらされると本格的に命の危機だ。だが逆に考えれば、家庭訪問さえ受けなければいつもの説教で済む。
それでも十分身の危険を感じるレベルなのだが、ゲームのためならそれを受けることも辞さない覚悟だ。
「問題は家庭訪問だ。家庭訪問さえなんとかすればいい。ということは――」
「桜ちゃんを闇討ちするってことだな」
さすがに冗談だと思うけど、健吾が言うと説得力がありすぎる。冗談だよね?
「そんなことしないって。もっと平和的に説得するつもりだよ」
「一度言い出したら聞かないあの桜ちゃんに説得が通用するか?」
普通に考えれば無理だろう。一之瀬先生はやると言ったら必ずやる人だ。今日中にボスを倒すと言い出したら、見回りの警備員さんを追い返してでも部室に残ってゲームをやる。何度教頭先生に、一之瀬先生のついでに俺たちも説教されたか数えきれないほどだ。だが、今回俺には秘策がある。その秘策とは。
「最終奥義、土下座でお願いするつもりだ」
「オメーそれこの前やって失敗してたじゃねぇか」
「大丈夫だ、問題ない。こんなこともあろうかと、あの日失敗して以来毎日寝る前に一時間土下座の練習をしてきた。今日こそは、華麗に決める……!」
「ふっざけんな! そんなバカなことしてねぇで勉強しろや!」
「バカなことかどうかは結果を見てから判断してほしいね。あとから俺の偉大さに気がついても遅いからな?」
進化した俺の土下座で頼み込めば、一之瀬先生だってきっとわかってくれるはず――。
「却下です。家庭訪問は必ず行いますからね? 楽しみにしててください」
放課後、地面へと平伏する俺に対し無慈悲な言葉が叩きつけられる。俺はあっけなく撃沈した。
◇
「さて、今日もみっちり勉強やるからな。わかったかバカ?」
「……」
「聞いてんのかよこのバカ」
誠心誠意真心込めた土下座を一蹴するとは。一之瀬先生、なんて血も涙もない女なんだ。しかし今はそんなことを考えてもしかたがない。せっかく今日も彩華さんの家の図書室を使わせてもらっているんだから、時間を無駄にしないようにしっかり勉強しなければ。
「勉強を始める前にちょっとよろしいでしょうか?」
「なんだい匠?」
「いいものを用意しました。今日はみなさんにこれをやってほしいのですが」
そういって匠がカバンから取り出したのは、数枚の紙だった。
「それは?」
「僕は現時点でも目標点数をとれそうなので、空いた時間で小テストを作ってみました。今日はこれをやってみて、これまでの勉強の成果を確かめてみましょう」
「なるほど、あとどれだけ勉強が必要なのかがハッキリわかれば、より一層集中できそうだね。それにしてもすでに平均八十点以上取れるってすごすぎじゃない?」
「すべての道はエロゲーに通ずというでしょう? つまりそういうことです」
「いやサッパリわからないしそんな話聞いたこともないんだけど」
全然理解できなかったけど匠がエロゲーのために勉強しているってことだけはわかった。
「昨日急遽用意したものなので国・数・英の三教科しかないですが、大まかな指標にはなるでしょう」
「面白れぇじゃねぇか、早速やってみようぜ。俺の勉強の成果を見せてやるよ」
「ゲームばっかりやってる健吾がいい点数なんて取れるのか? その点俺は真面目にやってるから平均七十点はかたいね」
「ほう、自信あり気じゃねぇか。よし、勝負しようぜ。点数が低かったほうは罰ゲームだからな」
「乗った! 俺の本気を見せてやるよ。あとで土下座して謝ってもしらないぞ?」
「面白そうね。その勝負、私も参加するわ!」
「「それはダメだ!」」
「ええっ、ひどいわ! なんで私だけ仲間外れなのよっ!」
別に彩華さんが参加すると百パーセント勝ち目がないとか、そんなことは一切考えてないからね?
ただこれは、なんというか、そう……。
「これは男と男のプライドを賭けた一騎打ちなんだ! 女人禁制なんだよ!」
「その通りだ。俺は祐介とタイマンを張りてぇんだ。わりぃが今回は遠慮してもらうぜ」
「そ、そうなのね。わかったわ」
どうやら彩華さんはわかってくれたようだ。ホッと息をつき、一安心する。
健吾が机の下でガッツポーズするのが見えたので、俺が机の下で左拳を突き出すと、健吾がグータッチを返してきた。
これは決して戦う相手を選んでいるとかそんなんじゃなくて、正々堂々と、男同士で戦おうという、そういうアレだから。今までの努力の成果を思いっきりぶつけ合おうじゃないか。なあ、健吾?
心の中で語りかけたのが聞こえたのかどうかはわからないが、ニッと笑った健吾がサムズアップをしてきた。俺たちの気持ちは同じみたいだ。そうこなくっちゃ。
「お互い正々堂々と行こうじゃねぇか。ま、勝つのは俺だけどな」
「悪いけど、勝つのは俺だから。罰ゲーム楽しみにしてろよ?」
正々堂々と戦うことを誓った俺たちは、匠からテストを受け取り問題を解いていく。
これまでのことを思い出しながら一生懸命空欄を埋める。今までにない手ごたえだ、これならイケるかもしれない。
国語が終わったあとは、数学、英語の順番で答えを書き込んでいく。三教科すべての回答が終わったので、匠に答案用紙を渡して採点してもらう。その結果……。
「二階堂さん平均七十点。祐介君、健吾君平均二十二点です」
「なにぃぃぃ! この俺が祐介なんかと同じだと!? さてはテメー、カンニングしやがったな!」
「何言ってんだ! するわけないだろ! 大体あんな古代文字みたいなきったない字をどうやって解読しろってんだよ! もっときれいに書けよ! もうちょっとで勝てたのに!」
「なんだと!? テメーだって漢字のわかんねーとこ誤魔化すような汚ねー字で書いてあったじゃねぇか! あそこが解ければ俺の勝ちだったんだよ!」
「カンニングしてんじゃねぇよ健吾!」
「そっちこそしてんじゃねぇか祐介!」
クソっ、回答中やたらと健吾と目が合うと思っていたらそういうことか! なんて卑劣なヤツだ!
「はいはい、そこまでです」
「止めないで匠。カンニング野郎の健吾に正義の鉄拳をお見舞いしてやらないと!」
「それはコッチのセリフだ! 卑怯者は拳でわからせてやらねぇとな」
「正面に座っている僕の目をかいくぐれると思っていたのですか? お二人が不正をしていることは最初から気が付いていました」
「「……」」
しまった、匠の存在を忘れていた。距離が近いんだからカンニングがバレるなんて、よく考えれば当然のことじゃないか。
「分かっていたならなんで止めなかったの?」
「字が汚すぎて、答えを写しているのかがはっきりわからなかったからです。視線は明らかにカンニングでしたけど、決めつけるのもどうかと思いましてね」
「言われてるぞ健吾」
「テメーのことを言ってんだよバーカ」
「お二人のことです」
「「……」」
「それはさておき、これではっきりしましたね」
「何がはっきりしたんだ?」
「今の時期でこの点数ではお二人が目標の点数を取ることは不可能でしょう。勉強は切り捨てて、ゲームにすべての時間を割いていきましょう」
俺と健吾はどちらかに集中するべきだとは考えていた。それと同じことを、匠も考えていたってことか。それにしても、まさか匠が勉強を切り捨ててゲームに集中するなんて言いう結論を出すなんて。
「いいのか匠? その、家族のこととかさ」
「家族のことでみなさんに迷惑をかけることはできませんからね。別れは悲しいことですが、スパッと決断しました」
「エロゲーは匠にとって命の次に大事なモノなんだろ? それをあっさり捨てていいのかよ」
「誰も捨てるなんて言っていません。ほとぼりが冷めるまで祐介の家に預けるだけです」
「みなさんに迷惑をかけることはできませんとか言ってなかったっけ? 俺の部屋をエロゲーまみれにするのはいいのか?」
「迷惑ですか?」
「……よく考えたら全然迷惑じゃないな!」
「交渉成立ですね」
匠がさわやかな笑顔とともに右手を出してきたので、固い握手を交わしておく。ありがとう匠、とても充実した日々を過ごせそうだよ。
「盛り上がってること悪いんだけど、祐介と斉藤の二人は大丈夫なのかしら? 家庭訪問によってパワーアップした説教(物理)に耐えられるの?」
匠の方の問題が解決したからと言って、俺や健吾の問題が解決したわけではない。
説教は怖い。足が震えだすほどだ。けど、こんな高クオリティなゲームをやれる機会なんて、今を逃したら一生ないかもしれない。
一ゲーマーとして、そしてゲームでお金を稼ぐという目標を持つものとして、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「説教がなんぼのもんじゃ! 俺はゲームをするぞぉぉぉ!」
「よく言った祐介! それでこそ男だ!」
「てことは健吾も?」
「ああ。迷いに迷ったが、祐介の心からの叫びで決断したぜ。俺もテストは捨てる!」
何かを決断した男らしい顔が、そこにはあった。
これで残るはあと一人。
「彩華さんはどうしたい? ゲームに集中するか、それとも勉強を続けるか」
「私は……」
彩華さんはかなり悩んでいるようだ。うつむいたっきり、何もしゃべらなくなってしまった。
誰も声を発することもなく時間が過ぎていく。そのまま一分ほどたった時だろうか。
「私はみんなに合わせるわ」
ふいに顔をあげた彩華さんが、そう言った。
みんなに合わせる。ということは、勉強を捨ててゲーム一本に絞っていくということだ。よし、全員の意見が一致した。これでゲームに集中できる。
「……二階堂さん、あなたは本当にそれでよいのですか?」




