第二十一話 試練の塔
パーティを組み試練の塔を選択してダンジョンへと入る。
いつものように視界が暗転し、しばらくすると俺たちは試練の塔のスタート地点へと立っていた。
試練の塔のスタート地点である小部屋は、これまでのダンジョンのそれとは違う様相をしている。
今までは多少整えられているとはいえ、基本的には武骨な岩肌丸出しの部屋だったし、壁の材質はほぼ岩100%だ。
しかし試練の塔のスタート地点は、レンガのようなブロック状の石材を組み合わせて作られた部屋である。
四隅にはたいまつが明かりを照らしており、その雰囲気はこれまでのダンジョンのボス部屋を彷彿とさせる。
スタート地点の部屋からして今までとは格が違う。それが試練の塔だ。
「よっしゃリベンジマッチと行こうじゃねぇか」
先ほどまでは死んだ魚のような目をしていた健吾だが、今は水を得た魚のようにテンションが高い。
彩華さんと匠の二人も、久しぶりのゲームが楽しみなのかその表情は晴れやかだ。
「今日は作戦とか特になんも考えてねぇけどよ、勢いでなんとかなるだろ」
「ハッハッハ、それだと健吾が普段は何か考えているみたいじゃないか。ナイスジョーク」
「ハッハッハ」
ドゴォッ。俺の足元へと振り下ろされた分厚い大剣。バックステップが遅れていたらリスポーンする羽目になるところだった。
「チッ」
あれは獲物を狙う獣の目だ。うかつに近づいていい存在ではない。
「早く行きましょう。今日こそ攻略してやるんだから」
「そ、そうだね。早く攻略を開始しよう」
逃げるようにダンジョンへの入り口の扉へと向かい、それをそっと半分だけ開ける。扉から首だけ出して外の様子をうかがってみたが、見たところ敵の姿はないようだ。
音を立てないように慎重に扉を開け、部屋の外へと出る。
試練の塔のダンジョン内部は、スタート地点の部屋と同じように長方形のブロック状の石材の組み合わせで構成されている。
塔と名前に付くだけあって、人の手によって作られたような雰囲気を持つ、そんなダンジョンだ。
一本道をしばらく歩いていると、目の前に巨大な影が立ちはだかる。
俺の身長をはるかに超える大きさ。丸太のような太い腕。岩でできた頑丈そうな体。試練の塔の魔物、ゴーレムが現れたのだ。
巨大な人型をしているものの、顔があるべき場所には岩が存在するだけで、目や口の存在を確認することはできない。
そのことがより一層異形のモンスターとしての雰囲気を醸し出していた。
ゴーレムは俺たちの方へゆっくりと歩きながら太い腕を振りかぶり、先頭を歩いていた俺へと向けて勢いよく振り下ろしてきた。
腕を振りかぶるという予備動作のおかげでパンチが来ることはわかる。だから、なんとかその攻撃を回避することができた。
ゴーレムのパンチは、その鈍重そうな見た目とは裏腹に非常に速い。パンチが来るとわかっていても、ギリギリでしか回避できない。下手したら、一発で死ぬ。
回避率の高い俺だから回避できたけど、彩華さんや匠だとたぶんかわすことはできないだろう。健吾でもかなり危うい。
だから俺が先頭に立ち、ゴーレムの気を引き付ける。ネットゲームで言うところの回避タンク的な立ち回りだ。
「祐介君以外は全員後ろに回り込んでください」
匠の指示を受け、健吾たちがゴーレムの背後へと回り込む。
そうか、匠はすでに対策を考えていたのか。
人型であるこのゴーレムの攻撃手段は、パンチと体重を生かした踏みつけ、それから投石だ。それらの攻撃は正面に向かって放たれるものばかり。つまり、ゴーレムの後ろに回り込めば攻撃を受ける可能性を大幅に減らすことができる。
加えて、前回の攻略時に振り向く速度が速くはないということも把握済みだ。後ろに回り続けて攻撃すれば、少しはダメージを与えられるかもしれない。そう思っていた。
「危ない! よけろ!」
「うおおおおおおお」
「きゃああああああ」
ゴーレムの背中に向け健吾が渾身の一撃を振り下ろした瞬間、ゴーレムが左腕を背後へと振り回したのだ。
健吾と彩華さんはゴーレムの腕が直撃してしまい、ダンジョンの壁まで吹っ飛ばされてしまう。ぐったりする二人の体が光り輝き、そして消えていった。リスポーン地点へと戻ったのだ。
ゴーレムの右側にいた匠だけは攻撃を受けずに済んだものの、戦力が一瞬にして半分になってしまった。もはや絶望的だろう。
「すみません、僕のミスです。まさかあんな攻撃を持っているなんて」
「気にするなよ。前回はあの攻撃をしてこなかったんだから仕方ないって」
むしろ、新たな攻撃パターンを引き出せただけでも進歩といえた。
目の前のゴーレムが腕を振り上げ、攻撃態勢に入る。
俺たちはやられしまった二人が戻ってきてくれるまで粘ろうとした。しかし、ダメだった。
まず匠がパンチをよけそこなって、一瞬でHPを吹っ飛ばされる。そして俺も、ゴーレムの左右の拳によるパンチの連打をかわし切れずに撃沈。あっけなく全滅してしまった。
「匠に続き祐介も戻ってきたみてーだな」
リスポーン地点では、俺以外の三人が地面へと腰を下ろして休憩していた。匠が戻ってきた時点で、合流することを諦めたようだ。
「相変わらずのチート性能だったね、あのゴーレム」
「すべての攻撃で即死するなんて反則もいいとこだわ」
わかっていたことだけど、ゴーレムの性能はおかしすぎる。あんなの、本当に初心者が制限時間以内に倒せるようになるのだろうか。
「無様だけどよぉ、全力で逃げてみようぜ」
「それ前もやっただろ。結局だめだったじゃん」
初めて試練の塔に挑戦した日、あまりの強さに倒せない敵なのかと思った俺たちは、戦うことをやめて一目散に走り出した。ゴーレムの攻撃範囲を迂回して、後ろへと抜けることには成功した。だけど結局その作戦はうまくいかなかった。
ゴーレムの投石により全滅してしまったからだ。
「圧倒的な攻撃力に加えて、逃げる相手には正確無比な投石。本当、穴がない相手だよな」
「まあ聞けや。俺に考えがある」
「何か作戦があるのか?」
「ああ、まず祐介をおとりにして全員で逃げ出す」
「却下だ。ふざけんじゃねえぞおとりなら健吾がやれ!」
「話を最後まで聞け。祐介を一人残して全員で逃げ出す。するとどうなると思う?」
この自信に満ちた顔。もしかして、健吾は今までの戦いで何かを発見したのか? 俺たちがまだ気が付いていないような、ゴーレムの行動パターンとか。
「聞かせてくれ。どうなるっていうんだ?」
「祐介が死ぬ」
「ふざけんな! 結局ダメじゃないか!」
「聞け、最後まで聞け! 確かに祐介は死ぬ。だが、そのあいだに残りの奴らは先に進むことができる」
もしもゴーレムが俺を狙い続けていたのなら、後ろへ抜けた健吾たちに投石をしないかもしれない。そうすれば、俺以外の三人は先へと進むことができる。
「けど先に進んでどうするんだよ。またゴーレムが出てきたら詰みだろ」
「その通りだが、現状に変化を起こせそうなことっつったらこれしかねぇだろ?」
「俺は変化してないんだが。結局死んでるし」
「お前は変わらないそのままのお前でいてくれ」
「嫌に決まってるだろ。なあ、匠からもこのクソヤンキーに何か言ってやってくれよ」
「意外と良い作戦かもしれません」
「ほら匠だって言ってるだろ、意外と良い作戦だって……ええっ、匠、俺に犠牲になれって言うの!?」
まさか一日に二度も裏切るなんて。見損なったぞ。
「今のところ、僕たちは一体目のゴーレムより先には進めていません。ゴーレムの出現ポイントよりも先に進むことで、何かが起こる可能性は十分にあります」
「何かって、具体的にはどんなこと?」
「例えば、通路の奥にゴーレムの停止スイッチがあるかもしれません」
「むむっ」
「もしかしたら宝物庫などがあり、攻略に役立つ装備が手に入るかもしれません」
「むむむっ」
匠が言っていることは、ないとは言い切れない。バカげた戦闘能力を持ったゴーレムと正面から戦うのなんて不可能だ。そう考えると停止スイッチがあったり、試練の塔用の専用装備があったりするというのは不自然なことではない。
「俺が言いたかったことは匠が全部言ってくれたな。わかったか祐介?」
「健吾はそこまで考えてなかっただろ」
このドヤ顔のバカは絶対にそこまで深く考えていなかった。匠の話を聞きながら「その可能性があったか」とか口走っていたからだ。言動が一致していないにもほどがある。
「それにいくら健吾君でも、ゴーレムの攻撃をかわすのは不可能でしょう。数発とはいえ、かわすことができるのは祐介君くらいです」
「そう、かな」
「この役目は、祐介君にしかできないことなのですよ」
俺にしかできないこと。そう言われると、なんだか悪い気はしない。やることはおとり役だけど。
「わかった。俺やるよ!」
「本当にそんな役割でいいの? 変態やヤンキーの妄言なんか聞かなくてもいいのよ?」
「いいんだ彩華さん。一応匠が言ってることは可能性があることだしね」
嫌な役割を任せられることに反対してくれるその優しさだけで、俺は十分に満足だ。
作戦がまとまった俺たちは、絶望を振り払い勢いよくリスポーン部屋を飛び出した。
そして五分後、俺たちは全員勢いよくリスポーン部屋へと帰還させられた。




