第二話 始まりの迷宮
「どこだ、ここ?」
俺はさっきまでパソコン部の部室にいたはず。それが、なんでこんな岩ばっかりの場所にいるんだ。
地面も岩、周りの壁も岩、天井も岩、そこらじゅう岩だらけ。唯一岩じゃない部分は、正面の扉のみ。どんな状況なんだ、これ。あの扉を開けたらパソコン部の部室につながってたりとか?
扉には鍵とか特にかかってなくて、普通に開いた。扉の先は、岩でできた道がずっと続いている。幅は五メートルくらいかな。奥行きは……わからない。
ちょっと怖くなってきた。どうなっちゃったんだよ、俺。
部屋のような場所から出て少し歩くと、右手側に分かれ道があった。その分かれ道のど真ん中に、何かいる。青くて、プルプルしていて、俺の膝くらいまでの物体。
「これはまさか、スライム!?」
スライムだ、スライムがいるぞ。
そのスライム(仮)が俺のほうへと飛びかかってきた。着地地点は、たぶん俺の胸辺り。スライム(仮)が、俺の胸に飛び込んでくる。友だちになろうよとか、寂しかったよーとか、そんな友好的な気配はいっさいない。キルユー・ユウスケとか、心臓へ一撃くれてやるぜとか、そんな感じだ。やばい。
死ぬ前に匠おススメのゲームをやっておけばよかった……。そんな後悔が脳を駆け抜けていったあと、俺の視界はブラックアウトした。おかしい、なぜブラックアウトしたんだ。絶体絶命のピンチだったのは間違いない。スライムから体当たりをくらう寸前だった。そう、まだ攻撃をくらっていないのだ。くらう寸前で、何も見えなくなったんだ。
数秒間の暗闇状態のあと、ふたたび俺の目に光が飛び込んで来た。辺りを見回す。そこは見慣れたパソコン部の部室だった。
「おい、大丈夫か祐介! おい!」
目の前では、健吾が俺の肩をつかみ激しく揺さぶっている。そんなに揺らさないでくれ。酔う、酔ってしまう。
「どうやら目を覚ましたようですね。しかしまだ油断はできません。とりあえず、心臓マッサージをしてみましょう」
「おう、そうだな」
握りこぶしを突き出した健吾が俺の肩をつかむ。心臓マッサージって拳を握りしめるものだっけ? スライム以上の危険を感じる。やばい。
「落ち着け健吾! 目を覚ましてる相手に心臓マッサージとか無意味だろ! キルユー・ケンゴ」
正気を失っているっぽい健吾に対し、慈愛の篭った平手打ちをくれてやる。つい本音がもれてしまったけど、そこは今気にしている場合じゃない。
「ぐおおお、何しやがる祐介!」
「頭がおかしくなってるみたいだったから治療してやったんだ。感謝して欲しいね。釣りはいらないよ、とっときな」
「ふざけんじゃねーぞクソ。そっちがその気ならやってやろうじゃねーの!」
「手を離せクソヤンキー! 釣りは要らないって言っただろ!」
殴りかかろうとするんじゃない。こら、匠も笑ってないで止めてくれ。
その後しばらくして落ち着いたのか、ようやく健吾がつかんでいた服を離してくれた。服、伸びてないといいな。
「たくよー、こっちは心配してやってんだぜ? クソが」
「えっ、俺何か心配させるようなことした?」
「急に倒れ込みやがったじゃねぇか。揺すってもなかなか起きねーしよ。かと思ったら急にうめきだすしよ。ビビるっつーの」
「ごめんごめん、さっき急にスライムに出会ってびっくりしちゃってね」
「スライム? 祐介、アンタ夢でも見ていたの?」
夢、さっきの出来事は夢だったのだろうか。夢にしては、リアリティがすごかったような。
そうだ、あれは夢じゃない。ゲームだ。きっとあれがものすごくリアルなゲーム、パンドラの迷宮なんだ。どう考えてもありえないことだと思う。しかし俺の直感が告げている。あれこそが都市伝説にまでなったゲーム、パンドラの迷宮なのだと。
「みんな聞いてくれ。とうとうパンドラの迷宮を見つけたんだ」
「さっきもそう言っていたわね。本当に見つけたの?」
俺はスマホをみんなに見せながら、さっき体験したことを説明する。
「信じらんねーなぁ。そんなことが起こるか? 普通よー」
「突然ダンジョンに放り込まれるなんて、ちょっと信じがたいわね」
「祐介の身体はこの部室に存在していました。ダンジョンに放り込まれたのは意識だけでしょう。どういう原理なのでしょうか」
三人ともあまり信じていないようだ。無理もない。俺が逆の立場で健吾から話を聞いたとしたら、まず信じない。それどころか脳の異常を疑うね。病院を紹介してやるところだ。
「祐介、俺の親父の知り合いに有名な脳外科医がいるんだが」
くそっ、コイツも同じことを考えていやがった。俺は正常だ。ふざけんじゃねーぞ。
健吾がスマホをとり出して、ロックを解除している。おいバカやめろ、本当に電話する気じゃないだろうな?
スマホを操作していた健吾の手がピタリと止まった。ハハーン。コイツ、救急車の番号を知らないんだな。バカだなー。
「健吾、救急車は117番だぞ」
「は? 時報なんか聞いてどうすんだよ。救急車は119だろバカかよ」
「……」
俺さっき意識戻ったばっかりだし? さっきまで命がけだったし? 思考がはっきりしないのもしかたないっていうか、そんな感じだよね。
「祐介、疑って悪かったな」
「えっ、どうしたんだよ急に」
健吾が俺の目の前に自分のスマホを突き出してくる。その画面に映っていたもの、それは。
パンドラの迷宮。
健吾のスマホにも、パンドラの迷宮が存在していた。
「いつの間にパンドラの迷宮を手に入れたの? 健吾」
「健吾君もですか。今確認したところ、僕のスマートフォンにも入っていましたよ。パンドラの迷宮がね」
「私もよ。いつ入り込んだのかしら」
匠も? それに彩華さんも?
「おもしれー。やってみようぜ。このゲーム」
「危険ではないですかね。例えば、仮想世界から戻ってこれなくなるとか、そんな状況にならないとも限りません」
「心配ねーよ。祐介のバカは大丈夫だっただろ? それにもうとっくにアプリ起動してっけど、なんもおきねーぞ」
「相変わらず無駄に行動が早いですね。それでは、僕もやってみましょう」
匠も健吾と同じように、スマホを操作する。匠は真剣な表情で何度かスマホをタップしている。隣では、同じく彩華さんがアプリを起動しているみたいだ。みんなパンドラの迷宮を起動したっぽいけど、何も起きないな。どういうことだろう。
「おい、そこのバカ。ちょっとこれを見ろ」
「バカ呼ばわりなんて、匠がかわいそうだろ」
「オメーに言ってんだよバカ。いいからこれ見ろ」
俺はバカじゃないけど、健吾がにらみつけてくるのでしかたなく差し出されたスマホを見てみる。
「えーと、なになに、注意書き? このゲームを起動すると、意識が体から切り離され、とてもリアルなゲームを楽しむことができます。肉体のほうは寝ている時に近い状態になりますので、ダンジョンに行く際は安全な場所でゲームを起動してください。なお、体には悪影響はないのでご安心ください。ご心配な方は、ゲーム内にある、よくあるご質問のページやQ&A、情報掲示板などをご確認下さい。それでは、楽しいダンジョンライフを。株式会社・ドリームゲーム。これがどうかしたの?」
「オメー、さっきゲーム起動した時この注意書き読んだか?」
「俺はゲームの説明書は読まないタイプだから」
「はぁ~~~」
なんだよその大きすぎるため息は、失礼なヤツだな。
「ったく、ちゃんとこれ読んでりゃあんな心配することもなかったのによ。ま、コイツにそれを言ってもしかたねーか」
「質問ページを見ているのですが、色々と書いてありますね。今日はひとまず帰宅して、各自情報を収集し、問題がなければ明日の放課後にダンジョンへ行ってみるというはどうですか?」
「私は賛成よ。どっちみち門限があるからそろそろ帰ろうと思ってたし」
「俺もそれでいいぞ。情報を調べられるってんなら、それに越したことはねぇしな」
そんなこんなで、今日は解散となった。




