第十九話 大豪邸
まさか、女の子の家にお呼ばれすることが現実で起こるなんて。
あり得ないことが起こっているという感覚に、さっきから俺の心臓は高鳴りっぱなしだ。
「彩華さんの家ってどんな感じなのかな?」
「僕の経験によると、二階堂さんみたいなタイプは意外と少女趣味的なかわいい部屋だと思いますね」
「匠って女の子と付き合ったりしたことあるの?」
「もちろんです。数十作品以上と付き合ったことがありますよ」
現実の女の子はそんな単位で数えないだろ。そろそろ匠をこっちの世界にぴっぱり上げてやらないと手遅れになってしまいそうだ。
「あまり期待すんなよ。女の部屋なんてロクなもんじゃねぇからな」
「健吾は女の子の家に行ったことあるのか?」
「姉貴の友達と名乗る怪しい集団に拉致されてな……」
「あっ……」
姉絡みか。随分と失礼な物言いだったけど、そんな過去があるのなら仕方ない。むしろよく無事に帰ってきてくれたものだ。
「ごめんね彩華さん、健吾が失礼なこと言って。でもこれにはちゃんと理由があるんだ」
「別にいいわよ。斉藤が失礼なのは今に始まったことじゃないわ。失礼のカタマリのような男だもの」
まだ友達になってから数日の短い付き合いだけど、彩華さんは着実に健吾のことを理解し始めているようだ。なんだかちょっと悔しいぞ。
「それよりも、私の家のことなんだけど」
「うん」
「できればクラスの人とか、他の人たちには黙っていてほしいの」
他人に知られたくないような家? どんな家なんだろう。
頭にヤのつく怖いおじさんたちが出入りしている事務所兼自宅とか? ヤバい、彩華さんの見かけとかけ離れた武闘派な性格とマッチしすぎている。
「も、もちろんだよ。ちゃんと秘密にするから。だからお手柔らかにね」
「なんでそんなに声を震わせてるよの」
「なんでもないよ。本当に」
怖いおじさんたちの本拠地には行きたくない。けど彩華さんの家には行きたい。この板ばさみ的状況、俺はどうすればいいんだ。
「どうしたのでしょうか。急に悩み出して」
「どうせまたアホなこと考えてんだろ。バカはほっとけや」
彩華さんの家に向かってしばらく歩いていると、だんだんと周りの景観が変化してきた。
学校の周りは、昔ながらの家や商店街なんかがある親しみやすい雰囲気だ。俺の家も昔ながらの家の一つに含まれる。
だけどこの辺はそういった場所とは雰囲気が違う。
一言で表すなら高級住宅街だろうか。
並んでいるのは比較的大きな家ばかり。それに大きいのは家だけじゃない。庭だって、ものすごく広い。
しかも俺の家のように雑草生い茂る空き地のような庭じゃなくて、キチンと手入れが行き届いた、雑草一つ生えていないきれいな庭だ。
「ふむ、二階堂さんはこの辺に住んでいたんですね。自宅の方向を聞いたときからもしやとは思っていたのですが」
「ここってやっぱり高級住宅街?」
「みたいなものですね。土地の値段もかなりお高いと聞いたことがあります」
「最近の怖いおじさんたちってこんなとこに住んでるんだね」
「祐介君が何を考えているのかわかりませんが、たぶん違うと思いますよ」
こんないいところに住んでいるなら、きっと品があって近所づきあいもできる良い怖いおじさんだろう。きっとそうに違いない。
それから、青々とした葉をつけた街路樹の下を歩くこと十数分。
「見えてきたわ。あれが私の家よ」
ようやく彩華さんの家に到着だ。さて、どれが彩華さんの家だろう。目の前には、なんだかあり得ないほど大きい家が見えているような気がするぞ。
「どれが彩華さんの家?」
「あれよ、あれ」
彩華さんが指さした先にある家は、この辺にたくさんある大きな家の中でも別格だ。でかいというか豪邸? なんか門みたいなものがあって、門の後ろは石畳が豪邸の玄関まで伸びている。
庭にある噴水が豪快に水しぶきをあげているし、庭師のような作業着を着たおじさんがやたらと長いハサミで庭の木を整えている。
金持ちの家、すごい。俺の頭の中にはそれしか感想が浮かばなかった。
「おいおいマジかよ! これが二階堂の家っつうのか? 冗談だろ?」
「マジよマジ! そこの表札見てみなさい。ちゃんと二階堂って書いてあるでしょ?」
本当だ。ちゃんとおしゃれなフォントでNIKAIDOって書いてある。ってことは、本当に彩華さんの家なのか。
「これが彩華さんの家なんだね」
「どう? 驚いたかしら?」
「驚いたというか安心したかな」
パッと見た感じこの家には怖いおじさんは住んでなさそうだ。よかった、生き返った気分だ。
「安心? そういえば祐介はお嬢様が好みなんだったわね。つまり、そういうことなのね!」
なんで彩華さんが俺の好みを!? ってそういえば前に匠がお嬢様モノのエロゲを俺のために探してくれてたっけ。そのことを覚えていたんだな。俺としては一刻も早く忘れてほしい出来事だ。
それにしても、何がそういうことなのだろう。よくわからないけど、彩華さんが喜んでいるからよしとするか。
「あら? 彩華ちゃんお帰り」
「こずえさんただいま!」
門の前を掃き掃除していた女性が彩華さんに話しかけてくる。この人の恰好、テレビで見たことあるようないかにもなメイド服だけど、もしかして彩華さんの家のメイドさんなのか?
「今日は早いのね。そちらの方たちは?」
「私の友達よ。今日はみんなで勉強をしようと思っているの」
「ええっ、彩華ちゃんのお友達!? 奥様にお知らせしなきゃ!」
メイド服の女性はほうきをその場に放り投げて豪邸の中へと駆け込んでいった。地面へと落ちたほうきの音がむなしくこだまする。
「なんだかすごく驚いているみたいだったね。俺たち何か驚かせるようなことしたっけ」
「こずえさんは大袈裟なのよ。数年ぶりに友達を家に連れてきただけなのに」
本当にそれだけなのだろうか。いくら数年ぶりとはいえ、驚きすぎじゃないか?
「僕の考えを言ってもよろしいでしょうか」
「何か心当たりがあるのか?」
「二階堂さんは、身内から友達のいない寂しい人間だと思われていたのではないでしょうか。それが友達を連れてきたので、大ニュースとなったのだと予想します」
「……やけに具体的な予想ね森原」
スライムからいい一撃をもらってしまったような彩華さんの表情。確認するまでもなく、匠の予想が大当たりだったことを表していた。
「すごいね匠。なんでわかったの?」
「僕が初めて祐介君と健吾君を家に連れて行ったときの母さんの反応と瓜二つだったので、ピンときたのです」
悲しすぎる理由だった。
「そ、そう。そういえば初めて遊びに行ったときは大騒ぎしてたね、匠の母さん」
「その日の夜、友達料金はいくら払ったの? と母さんに聞かれた時が一番堪えましたね」
なかなか酷いことを聞くな。というか、俺たち三人の家族ってこんなのばっかりじゃないか。類は友を呼ぶとは言うけど、呼びすぎだろ。どれだけ大声で呼び寄せているんだ。
「さっさと入んねぇか? さっきの女が扉の隙間からこっちをチラチラ覗いてやがるぞ」
本当だ。よく見ると扉がちょっと開いていていて、その隙間から黒いスカートがはみ出ている。
あそこまで気にするなんて、今日のことはよっぽどの大事件なんだな。あの人にとって。
「そうね、こずえさんを待たせるのも悪いしそろそろ行きましょ」
彩華さんの案内で豪邸の中で足を踏みいれる。
屋敷の中にはなんだかよくわからないツボやら絵やらが飾られていた。多分高級なモノなんだろう。
それにしても、俺たちの場違い感が半端ない。
俺も匠も場の雰囲気から浮きまくっているし、恰好がチンピラ丸出しの健吾なんか浮くを通り越して大空を羽ばたいている。
服装は同じ学生服なのに、なんで彩華さんは完ぺきになじんでいるのだろう。
そんな視線でじっと彩華さんのことを観察していると、不意に彩華さんが歩みを止めた。
「この部屋で勉強するわよ」
じっくりと見ていたことがバレたのかと思ったけど、違ったみたいだ。
「彩華さんの部屋かな?」
「いいえ違うわ。ここは図書室よ」
「自宅に図書室があるとかすごすぎだろ」
「ただのお父様の趣味よ、大したものじゃないわ。さ、入って」
俺の背丈を優に超える入口から中へと入る。
大したものじゃないと言ってたけど、その大きさは学校の図書館の二倍はありそうな感じだ。大したことありすぎる。
「あの辺の一角には高校二年生用の参考書なんかがそろっているから、勉強に活用してね」
「あそこの本棚にある本が全部参考書? 多すぎない?」
「私もちょっと多すぎると思うわよ。だけどお父様が勝手に買ってくるんだからしょうがないわ」
もしかして教育熱心な父親なのだろうか。いやそれにしては、彩華さんが塾に通っていたり家庭教師を雇っていたりという話は聞かない。
「参考書の本棚の近くのテーブルでやりましょう」
それぞれが教科書とノートを広げてもまだまだ余裕のある快適なテーブル。俺の家のせまっ苦しい机とは大違いだ。
多少は緊張もほぐれて来たし、環境も整っている。今日は集中して勉強ができそうな気がするぞ。




