第十八話 勉強会2
匠の家は年季の入った俺の家とは違い、真っ白できれいな家だ。庭先には母親の趣味なのか、色とりどりの花が鉢に植えてある。
高校に入ってからは一度も来ていなかったので、久しぶりの訪問だ。
「どうぞ入ってください」
先に家へと入った匠に促され、俺たちも匠家へとお邪魔させてもらう。
匠の部屋は確かにきれいに片付いていた。畳の上にはホコリ一つ落ちていなかったし、エロゲーの箱だってもちろん見えるところにはない。しかし。
「おい匠、なんなんだこの部屋は。こんなんで勉強がはかどると思ってんのかよ」
勉強開始から三十分。ひたすら無言を貫いていた俺たちだが、ついに健吾がその静寂を破る。
「僕のノートを見てください。勉強が進んでいるかどうかは一目瞭然でしょう?」
「集中できてんのはオメーだけだっつーの。なんなんだよ、このポスターだらけの部屋は!」
そう、匠の部屋の壁には予約特典や店舗特典でついてくるエロゲーのポスターがところ狭しと飾られていたのだ。幸いにもモザイクが必要なレベルのものはなかったものの、かなりきわどい恰好のものが多くあるので、俺みたいな紳士的な人間にとっては非常に目のやり場に困る。
「これじゃ集中できないよな。どうすればいいんだよ、こんなの」
「オメーはまずポスターから目を離せ。巨乳の女を見すぎなんだよテメーはよぉ」
バカな、俺のチラ見スキルを突破してきやがっただと。しかも俺がどういった系統の女の子を重点的に見ていたかまで当ててくるとはな。さすが健吾、あなどれないやつだ。
「巨乳、滅びろ。巨乳、ワルイヤツ」
彩華さんに至っては、エロゲポスターへの殺意を隠そうともしていない。やっぱりこんな部屋じゃ女の子は居心地悪いよね。
「ごめん彩華さん、匠が変態で。なんだったら先に帰ってもいいから」
「嫌よ! それだと私が巨乳に負けたみたいじゃない!」
勝ち負けの問題なんだろうか。彩華さんは時々俺にはよくわからないことを言う。
「仕方ねぇからなるべく気合入れていくぞ。目の前の教科書に集中だ、集中」
「とか言いながら、後ろをチラチラ見てるじゃないか」
「俺は見知らぬヤツの背後からの視線が大の苦手なんだよ! いきなりバットで襲撃されたらどうしようとか考えるだろ!?」
そんなことを考えるのは健吾だけだ。コイツが普段どんな生活を送っているのか非常に気になる。
ポスターからの視線ですら気にするとか、マジでどんな生活なんだろう。
「落ち着かないのは最初だけです。慣れてくるとむしろ普段よりも集中できますよ」
「それは本当?」
「僕の成績がその証拠です」
匠のテストの点数はクラスでも一位、二位を争うほどだ。ものすごく疑わしいものの、結果はしっかりと出ている。
「健吾、彩華さん、ここは騙されたと思って一度しっかりと集中して勉強してみよう」
「そうだな、最初から決めつけてねぇでやるだけやってみるか」
「私もできるだけ頑張ってみるわ」
みんな一斉に畳の上に置かれた机へと向かい、勉強を開始する。さっきまでのように、無駄口をたたくものは一人もいない。
あたりが暗くなるまで、教科書や問題集から目を離さずに勉強に励んだ。
そして帰り際になってようやく、俺たちは匠に騙されたことに気が付いたのだった。
「なあ祐介」
「なんだよ?」
「オメー、英単語の一つくらい覚えることができたか?」
「OPPAI」
「全然ダメじゃねぇか。まあ、俺も人のことは言えないが」
人通りが少なくなった路地を歩きながら、三人で今日の成果を確認し合う。元から集中力にかける俺と健吾はほぼ壊滅状態。完全に一日を無駄にしてしまった。
「私も本来のペースからは程遠かったわね。あの部屋はちょっと……」
「やっぱりあんなエロゲポスターまみれの部屋は嫌だよね」
「ちょっと……、殺意の波動に目覚めそうになるわ」
俺は二度と彩華さんを匠の家に連れて行かないと心に誓った。彩華さんの目が、マジで怖かったから。
「俺はコッチだから。じゃあな祐介、二階堂。また明日」
「じゃあなー」
「ええ、さようなら」
ポケットに手を入れがに股で歩く健吾を見送ってから、俺たちも歩き始める。健吾がいなくなってしまったので、彩華さんと二人っきりだ。
普段は彩華さんと二人で帰るということはない。俺と彩華さんの家は、正反対の位置にあるからだ。
でも今日は、同じく俺の家と正反対の位置にある匠の家へと来たことで、彩華さんと途中まで二人で帰ることができる。
女の子と一緒に下校をするという、エロゲーでしか味わったことない人生初のイベントだ。自然と表情がにやけてしまう。
街灯に照らされた路地を並んで歩きながら、ゲームのこととか勉強のこととかを話す。このダンジョンに行ってみたいだとか、かわいい防具がほしいだとか、話題事態はとてもありきたりなものだった。
けどその会話一つ一つが、俺をとても新鮮な気持ちにさせてくれる。健吾や匠とするいつもの会話とは違う感覚。
もっとこの時間が続けばいいと思ったけど、どうやら終わりが来てしまったみたいだ。
「送ってくれてありがとう。ここまででいいわ。また明日学校で会いましょう」
「どうってことないよ。じゃあね彩華さん」
勉強は全然はかどらなかったけど、とても充実した気持ちで帰路へと着いた。
翌日、あくびをかみしめながら学校へと向かう。深夜までの勉強という、俺の人生の中で数回しかない出来事が寝不足の理由だ。
眠気をこらえながら授業を受けたその日の放課後、俺たちは学校近くにある公園へと集まった。
ベンチに腰掛けながら、これからのことを考える。現在、俺たちには頭を悩ませる一つの問題がある。
それは、どこで勉強会をしようかということだ。
「昨日と同じように僕の家ではダメなのでしょうか?」
「あの部屋に女の子を呼ぶのはちょっとまずいと思うよ」
「特に普通の部屋だと思いますが。掃除だってしっかりとしてますし」
「とにかくダメったらダメだ。匠の家はなし。いいね?」
「祐介君がそう言うのであればしかたありませんね」
あまり匠は納得していないようだ。だけど匠は俺に感謝してほしい。巨乳に対する強大な殺意から嫁を守ってあげたのだから。
それに匠には悪いけど、俺だって行きたくない。何せ真面目に勉強しないとあとでどうなるかわからない状況だ。俺はまだ死にたくない。
まあ、普段だったら喜んで行くところだけどね。巨乳の女の子に囲まれた空間、素晴らしいじゃないか。
「祐介、今何か余計なことを考えなかったかしら?」
「な、何も考えてないよ。気のせいじゃないかな」
突然の殺気に当てられ俺の背筋がピンと伸びる。
巨乳への欲が表情に出ていたのかもしれない。健吾曰く表情が読みやすいらしいので、なるべく思考に気を付けよう。
「それじゃまた俺の家とか」
「却下だ。俺はお前の家も匠の家と同じくらい集中できねぇんだよ」
「健吾集中力なさすぎじゃない?」
「うるせぇ! 集中力がしっかりとあって真面目に勉強できるんなら、今こんな状況には陥ってねぇんだよ!」
それは、確かにそうかもしれない。
「俺たちに今必要なのは、勉強に最適な空間だ。俺と祐介は集中力がゴミだからな。場所選びは大事だぜ」
「自分でそこまで言うのかよ」
まあ俺も集中力がゴミなのは認めるけど。
「中間テストの日が近くなってきたからな。俺は昨日見ちまったんだ」
「何を?」
「テストの返却日に向けて、熱心にサンドバックを蹴り上げるおふくろの姿に決まってるだろ!」
「わかるわけないだろ。そんな非日常的なレアケース」
テストの日が近いこととサンドバックを蹴り上げることは絶対にリンクしないと思う。健吾の家以外は。
「それによぉ、勉強を早く進めねぇと試練の塔攻略に移れねぇだろ?」
「そこは確かに重要だよね。何も攻略法を思いついていないとはいえ、装備やアイテムを買うための資金集めはしておきたいかな」
「攻略ははかどってねぇ、勉強もいつも通りダメ。今のペースだと両方ダメっつう最悪のパターンもあり得るぞ。もっと焦れよ」
少しのんびりしすぎていたのだろうか。夜に勉強するという今までにない努力をしていたから、なんとなくなんとかなるんじゃないかって思いこんでしまっていたかもしれない。
努力したからって結果が出るわけじゃないんだ。両方がダメになる最悪の状況を回避するためにも、もっとペースアップするべきなのだろうか。
「俺の家も、匠の家も、健吾の家もダメとなると――」
「私の家に来る?」
「彩華さんの家に?」
「もしよければ、だけどね」
彩華さんの家。どんなところかはわからないけど、匠の部屋みたいなことには絶対になっていないし、俺の部屋のように汚いわけでもなさそうだ。とても勉強がはかどりそうな気がするぞ。ただの想像だけど。
それに勉強がはかどるかどうか以前に、個人的に行ってみたいというのもある。
「俺は是非行きたいかな」
「まあ、いいんじゃねぇか?」
「僕も異論はありません」
「決まりね。早速行くわよ!」




