第十七話 エリートゴブリン小隊
巨大な石の扉を開ける。部屋の中には、やはりボスが待ち構えていた。
広くもなく、かといって狭くもないといった印象の部屋の中央にたたずむ四つの影。部屋の四隅に設置された松明に明かりがともることで、その正体が明らかになる。
それは、四匹のゴブリンだった。ゴブリンの体格は道中にいたものよりも一回りほど大きく、俺の胸位までの身長がある。そして右手には錆びているものの鉄でできていると思われる剣を持っていて、体には革製の鎧を装備している。
そんなゴブリンが四匹、部屋の中央で俺たちのことをにらみつけていた。
ボスが複数いるというのは初めての経験だ。これは苦戦するかもしれない。
油断せずに一歩ずつ、ゆっくりとゴブリンたちへと近づいていく。ゴブリンたちも武器を構え、戦闘態勢に入っている。
先に攻撃を仕掛けたのは、やはりというかなんというか健吾だった。
「うおらぁあああぁあ」
武器を上段へと構えたままゴブリンの集団へと突進していき、その勢いのままに武器を振り下ろす。
ゴブリンの一匹が武器を頭上へ掲げ防御しようとした。しかし――。
脳筋バカ力である健吾の一撃はゴブリンを武器ごと叩き潰してしまったのだ。地面に倒れ伏したゴブリンが光になって消えていく。まさか、今の一撃で倒したのか?
健吾が全力で攻撃すれば、一撃でボスを一匹倒せる。このことを知った俺たち三人の行動は素早かった。
倒すことを考えずに、気を引くことと被弾しないことを重視しながらゴブリンに対して武器を振る。ゴブリンがこっちへと攻撃をし始めたら、健吾が全力でゴブリンの背後から一撃で武器を振り下ろす。
この戦法で五分もかからずにボス戦が終わってしまった。
『おめでとうございます。ダンジョンボス・エリートゴブリン小隊を討伐しました!』
「大したことねぇボスだったな。楽勝だったぜ。よっしゃ、オメーらこの勢いのまま試練の塔に乗り込むぞ!」
「試練の塔に行けるようになったら勉強するって話だっただろ?」
「欲望渦巻く祐介の汚ねぇ部屋で集中できるわけねぇだろ。面白そうな漫画が床に散らばってるとか卑怯すぎんだよ! 勉強は明日からだ」
「集中できないのは単に健吾の集中力がないからだろ。人のせいにすんなよ」
「なら聞くけどよ、昨日来た時よりも祐介の机の上に漫画がたくさん乗ってるのはなぜなんだ?」
「き、気のせいだろ?」
「いーや、気のせいじゃねぇ。お前、勉強のついでに漫画読んでただろ? いや、漫画のついでに勉強をしたって言った方がいいか? いやいや、漫画を読むついでに漫画を読んだというべきだな」
「失礼な! ちゃんと勉強もしたよ」
「も? やっぱり漫画を読んでたんじゃねぇか!」
くそぅ、なんていやらしい質問なんだ。そうだ、確かに漫画を読んでいた。でも勉強だってちゃんとやったんだから、少しくらいいいだろ。
「話は戻るけどよ、俺は勢いって大事だと思うんだ」
「ボスをあっさり倒した今の勢いのまま、試練の塔もクリアしようってことか?」
「そうだ。試練の塔さえクリアしちまえば、あとはどうにでもなるだろ」
勢いか、健吾のいうことも一理ある。今の俺たちは波に乗っている。この勢いのままなら、試練の塔も攻略できるんじゃないか?
「しかたない、今日一日だけだからな? 明日からはしばらくは勉強するから、マジで」
「わかってるって。俺だって勉強しなきゃやべーことくらい理解してるよ、マジで」
あえて言葉尻を真似してきた健吾を無視して、彩華さんと匠にも話を聞く。
「そんなわけだけど、二人ともそれでいいかな?」
「僕はかまいませんよ。夜にしっかり勉強しているので何も問題はありません」
「私は森原ほど余裕があるわけじゃないけど、明日から本気でやればきっとなんとかなるわ」
なんだろう。俺だって夜に勉強しているのに、この余裕の差は。
「これが普段からの積み重ねの差か」
「オメーは漫画を積み重ねてるだけだからな。そりゃあ差も出るわな」
「うるさいぞ。そういう健吾はどうなんだ?」
「親父に有名な脳外科医の知り合いがいるって話し前にしただろ?」
「そんな話もしてたな」
「ここ数日夜に勉強してたんだが、それを知った親父がそいつを家に連れてきてな」
健吾、お前もか。
「大変だな、お互い」
「その口ぶりからするとお前んちでもなんかあったみてーだな」
「色々とね」
「変人を見るような目に負けんじゃねぇぞ。負けたら最後、俺たちの命はねぇ……!」
「頑張ろう、俺たちの平穏のために!」
俺たちは硬い握手を交わし、家族の視線に負けず夜に勉強することを誓い合うのだった。
「それはそれとして、早く試練の塔に行ってみよう。いよいよ行けるとなると、ワクワクが止まらなくてね」
「オメーよぉ、さっきまでは勉強しようとか言ってたじゃねぇか」
「俺が本心からそれを言ってると思ってるのか?」
「いや全然。つーかぶっちゃけ、ここ数日勉強しようとか言いながら、実はゲームする流れになるのを期待してただろ?」
失礼な、そんなことは考えていないぞ。半分しか。
「それより早く行こう。ダンジョンが俺たちを待ってる」
「私も楽しみだわ。それにこれさえクリアしてしまえば攻略を急ぐ必要もなくなるわね」
今日中にアプリが消えるのを阻止するための条件をクリアできるかもしれない。そのことに胸を躍らせながら、俺たちは試練の塔へと乗り込んだ。
◇
昼休み。いつものように部室へと入り込んで弁当を食べる。楽しいお弁当タイムだっていうのに、俺たちの雰囲気はいつになく暗い。
昨日試練の塔の攻略に失敗した。それが今の雰囲気を作っている原因だ。
もちろん昨日のうちにサクッと攻略できるなんて本気で考えていたわけではない。そりゃあ、勢いは確かにあったし、攻略できる可能性もあるだろうとは思っていた。けど失敗する可能性だって十分にあるだろうというのは理解していたし、それはみんなも同じだろう。
それなのにこんな状態になってしまったその理由、それは失敗の仕方に問題があったからだ。
俺たちは昨日、ゲーム開始時からずっと貯めていたお金を使って強い武器を購入した。それに、ここ数日で連携だってよくなってきていた。エリートゴブリン小隊をあっさり倒せたことからも、それは間違いない。
けどそんなものは、試練の塔では全く役には立たなかった。
ただ単純に、試練の塔に出てくるモンスターがあまりにも強すぎた。
出現したモンスターは、四角い岩がいくつも組み合わさったような巨大なゴーレム。他にもいるのかもしれないけど、昨日はゴーレムの姿しか見かけなかった。
俺たちは、リスポーン地点から三十メートルすら進むことができなかったのだ。
ゴーレムは、見かけ通り圧倒的なパワーと防御力を併せ持っていた。ゴーレムの拳を受けてしまうと問答無用でHPケージを吹っ飛ばされる。ワンキルされてしまうのだ。
防御力の方もずば抜けていて、健吾の全力の一撃ですらダメージが入った様子はない。
これだけでも勝ち目が薄いっていうのに、ゴーレムは遠距離に対する攻撃手段も持っている。
自身の体の一部を放り投げる投石だ。投石ですら、当たると一発でリスポーン地点行き。しかも、狙いは正確で外すことはない。
攻略は、まさに絶望的だった。
「今日はどうする?」
「……勉強でいいんじゃねぇか?」
「そうね、勉強しましょう」
「……」
この覇気のなさ。匠に至っては朝から一言もしゃべっていない。よほどショックだったようだ。
「まだ時間はあるから、ゆっくり攻略法を考えればいいだろ?」
「僕は」
あ、匠がしゃべった。
「僕はパンドラの迷宮で一儲けして、エロゲー御殿を作るのが目標なんです。それなのに、こんなのってないです……」
何気に目標がパワーアップしてないか?
「アプリが消えてほしくないと思っているのは俺も同じだよ。けど、なんの対策もなしにあれを攻略するのはほぼ不可能だろ?」
「ほぼ、というより完全に不可能でしょう」
「だから、何か思いつくまではとりあえず勉強しよう。勉強だって、しなきゃヤバいからね。匠は人質だって取られてるんだから」
「そうでした。僕には守らなきゃいけない妻と娘がいたのでした」
匠の目に力が戻ってきた。いい傾向だ。この調子でみんなもいつものテンションに戻ってくれればいんだけど。
「昨日勉強しながら考えてたんだけど、掲示板で攻略法を調べてみるのはどう?」
「それはすでに僕が試しました」
試したうえでこのテンションということは、ダメだったということか。
「どうやらダンジョンの直接的な攻略法を掲示板に書くのは、禁止事項の一つのようなのです」
「書くとどうなるの?」
「警告とともにスレッドが削除されるらしいです。詳しいことはよくわかりませんが」
他人から教えてもらった方法でラクしてダンジョンをクリアするのはこのゲームでは禁止、ということなのかもしれない。これはますます厳しい戦いになりそうだ。
授業中、黒板の内容をノートに取りながらも、頭の中ではつい何かいい方法はないのかと考えてしまう。本当は授業に集中するべきなんだけど、どうしても昨日のことが頭から離れない。
あれを攻略しないとゲームが消える。
ゲームが消えるのは絶対に嫌だ。まだ一円だって稼いでないんだし、それにこんなリアリティあふれるゲームをみすみす失うなんてありえない。しかし、今の段階では攻略の糸口すら何もつかんでいない。
何も思いつかないまま時間だけが過ぎて放課後がやってきた。
「さあ行くわよ祐介!」
カバンを背負った俺の目の前には、すでに帰り支度を終えた彩華さんが立っていた。
昼までのテンションとは打って変わって、その表情にはやる気が満ち溢れている。気持ちを切り替えたのかもしれない。それとも、勉強会が楽しみだったとか? いや、それはないか。いくら彩華さんが真面目だと言っても、勉強が好きってわけじゃないだろう。
「今日も祐介の家に行って、そこで勉強すればいいのかしら」
「ちょっと待った! そのことは教室では言っちゃダメだ!」
運悪く教室内の会話が一瞬途切れたタイミングだったため、彩華さんの声はよく響いた。響いてしまったのだ。
「おい、聞いたかお前ら」
「ばっちり聞いたぞ」
「ありえねぇだろ、ありえないよ!」
視線だけで声がした方を見ると、この世の終わりのような表情をした男たちの集団がいた。
教室で彩華さんと会話してただけで殺意のこもったまなざしを向けられたんだ。もしも家で一緒に勉強するなんてことが知られたら……。想像したくない。
「今二階堂さんが言ってたよな」
「ああ、ばっちり聞いたぞ」
「「「平田が家で勉強するってな!」」」
驚くところはそっちなのか!?
明日が地球最後の日だとか、アイツは宇宙人に人格を乗っ取られているだのとか散々な会話が聞こえてきたので、俺と彩華さんは教室から逃げ出した。あのまま残っていても、ロクなことにならないだろう。
「遅ぇぞお前ら。ホームルームが終わったら速攻で出てこいよ」
廊下には健吾と匠が待っていた。彩華さんに続いて健吾もいつもの調子に戻っている。
「ごめんごめん。それじゃ、早速俺の家に行くか」
「は? 何言ってんだよ。あんなクズ部屋で勉強なんかはかどらねぇよ。今日は別のヤツの家に行くぞ」
そういえば昨日健吾が俺の部屋じゃ集中できないっていってたっけ。自分でもそれはその通りだと思うわけだけど、他に行く当てはあるのだろうか。
「誰の家に行くんだ?」
「最初に言っとくけど、俺んちは無理だからな」
「それはわかってるよ」
「なんで斉藤の家はダメなのかしら?」
「健吾のお姉さんが――」
「それ以上言ったら命はないと思え」
「――ということなんだ。色々あるんだよ、色々とね」
「ふうん。合わせたくない家族がいるってことはわかったわ」
このやり取りだけで察してくれて本当に助かった。
「それでは消去法で、僕の家に行くというのはどうでしょう?」
「俺は最初からそのつもりだったぜ」
悪くないと思う。匠の家はこの学校からも近いし、俺と違って部屋を散らかしていることもないはずだ。少なくとも、中学生の時に遊びに行ったときはよく片付けられたきれいな部屋だった。
もちろん押入れのふすまを開けるとエロゲーまみれのダークゾーンが広がっているわけだけど、そこは開かなければいいだけだ。何も問題はない。
問題があるとすれば、女子である彩華さんが匠の家に行くことをオーケーするかだが。
「彩華さんはそれでいい? エロゲーの箱とかは見えない場所に隠されてると思うけど、嫌だったら嫌ってはっきり言ってね」
「……祐介も行くんでしょ? なら私も行くわ」
俺が行くなら。それはどういう意味なのだろう。俺と一緒にいたいとかだったらうれしいけど、その可能性はまずないと思う。何せ生まれてから今までの十数年、一度もそんなことを言ってくれる女の子なんていなかったから。
何度匠のエロゲーにお世話になったことか。いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも彩華さんだ。
エロゲーは片付いているよねという確認の意味を込めた視線を匠へと送る。
「安心してください。僕は二次元の女性にしか興味がありません」
彩華さんに見えない場所で、俺に対してグッと親指を立ててきた。コイツは何かを勘違いしている。
「話はまとまったようだな。さっさと匠の家に行こうぜ」
特に反対意見もなく、俺たちは匠の家へと歩き出した。




