第十三話 お説教
そこからはもう怒涛の説教タイムだった。一之瀬先生が起こっている理由、それは俺たちがここ二日授業をサボりまくったかららしい。
「先生は言いましたよね。ちゃんとゲームと勉強を両立してくださいと」
「言いました、はい」
「昨日は丸一日サボりにサボって、そして今日はサボりにお昼寝とやりたい放題で、先生は悲しいです」
「昨日はちょっと体調不良で……」
「先生は昨日平田くんが元気いっぱいに走って帰るのを見ましたよ」
「いやそれはえーっと」
「私が教頭先生に怒られている間、みんなは楽しくゲームをして……許せません!」
そっち? 一之瀬先生が起こるポイントそっちなの?
「ゲームと勉強の両立の話じゃなかったんですか?」
「そうでした。そっちがメインでした」
本当だろうか。私怨の気配をビンビンに感じる。
「とにかく、あなたたちは言っても聞かないようですね。それならば先生にも考えがあります」
「考えって?」
何らかの秘策があるようだけど、まあ大したことないだろう。今更説教一つで揺らぐような俺たちではない!
「私の考え、それは家庭訪問です!」
か、家庭訪問だと!? まずい、それはマズすぎるぞ。
「ウゴゴゴゴ」
俺の後ろからは、成仏する寸前の悪霊みたいなうめき声が聞こえてくる。間違いなく健吾の声だ。その気持ちはよくわかるがそれに対して反応する余裕はない。なぜなら、気が付くと俺の口からも同じようなうめき声が漏れ出ていたからだ。
「ウグググ。先生、それだけは勘弁してください」
「効いているようですね。やはりあなたたちには、直接言うよりもご両親に言う方が効果的なようです」
「ずるいぞ桜ちゃん! 俺を殺す気か」
「大袈裟ですよ斉藤くん。それに、先生は一度は見逃してあげましたよね? なのにみんなは今日もお昼寝三昧で、自業自得です」
「なんだとこの行き遅れ小学生……。ぐはぁ!」
健吾、戦闘不能。恐るべき早業だ。拳の出所が見えなかった。そもそも、拳だったのか?
行き遅れ。この言葉は一之瀬先生に絶対に言ってはいけない。言ったヤツは、それがそいつのラストワードになる禁断の言葉だ。
一之瀬先生の運動能力は、少々力が強い以外は見た目通りである。つまり、大したことはない。
しかしラストワードを唱えられた時だけは別だ。その言葉を聞いた瞬間、一之瀬先生は言葉の発信者を抹殺する戦闘マシーンと化す。肉体の限界を超えて戦うその様子は、さながらバトル漫画の主人公。それが、一之瀬桜先生だ。
一之瀬先生がこっちを見た。ヤバい、あれは殺戮マシーンの目だ。なんとか話題をそらさなければ。
「先生、家庭訪問だけはやめてください。なんでもしますから、お願いします」
「な、なんでも? それなら結婚……」
「先生はまだ若いです。焦らなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうよね。まだ大丈夫ですよね」
よかった、目に光が戻ってきた。命の危機は脱出できたようだ。
「それで一之瀬先生、家庭訪問はやめてくださいお願いします!」
プライドを大空へと放り投げた完ぺきな土下座で頼み込む。匠と、それからなんとか意識を取り戻した健吾も土下座を決める。彩華さんだけは、状況についていけずポカンとしている。
「うーん、どうしましょうか」
「「「お願いします!」」」
「それでは条件を出しましょう」
「どんな条件ですか?」
「次の中間テストで全員が平均八十点以上をとれたなら、家庭訪問の話はなかったことにしてあげます。ただしもしも一人でもそれ以下の点数だった場合は、連帯責任ということで全員に家庭訪問を行います」
む、無理だ。先生は俺に死ねというのか。
「桜ちゃんそれは無理難題だ。この祐介がそんな点数取れるわけがない。それは桜ちゃんもよくわかってるだろ」
その通りだけど、それは健吾も一緒だろ。
「うふふ、ちょっとした冗談です。いくらなんでも、竹やりで戦闘機を落とすような難易度の条件を出すわけないじゃないですか」
「そうだよな冗談だよな。本気にしてビビっちまったぜ」
「平田くんと斉藤くんの二人は五十点で許してあげます」
「全教科の合計点数が五十点以上ならいいってことですか?」
「違います。平均点です」
「それもやっぱ無理だろ桜ちゃん」
「これ以上条件の緩和は認めません。話は以上です。先生は用事があるのでこれで帰りますね。さようなら」
一之瀬先生はちょっと急いだ様子で部室を出て行った。あとに残ったのは、今にも死にそうな男三人プラス彩華さんだ。
「まずいことになりやがったな。どうするよ」
「課題となる点数を取るしかないでしょう」
「パンドラの迷宮の攻略はどうする?」
「なんとか両立していくしかねぇだろうな」
できれば俺もそうしたい。だけど、平均五十点って行けるのだろうか。もしもいけなかったら……。考えただけで恐ろしい。
「ねえ、何をそんなにビクビクしてるの? そりゃ少しくらい怒られるかもしれないけど、そこまで警戒することかしら」
少しくらい、か。怒られるのが少しだったらどれだけよかったことか。
「二階堂、俺たちが少し怒られたくらいで懲りるように見えるか?」
「見えないわね」
「その通りだ、実際全く気にしねぇ。そしてそれを小学生のころから実践してきた。その結果……」
「その結果?」
「説教がエスカレートした」
最初はちょっと怒られるくらいだった。けど日に日にお説教は厳しいものへとレベルアップしていき、そして今に至る。
「まず祐介の家だが、祐介の家の母親は愛のムチだとか言って本当にムチで叩いてくるらしい」
「さすがに嘘よね?」
「本当だよ彩華さん。しかも段々とムチがグレードアップしてきて、ついこの前は鉄球が付いたムチだったんだ。本気で死ぬかと思ったね」
「次はトゲが付いた鉄球で来るかもしれねぇな」
いくらなんても鉄球はやりすぎじゃないかなと思ったけど、母さんはそんなのお構いなしだ。今にして思えば、この日常生活こそがダンジョンでの回避率の秘訣だろう。
「祐介君はこのお説教のせいで、ムチで叩かれるのが趣味になってしまったんです」
「そんな趣味があったの祐介!?」
「匠が言ったことは嘘だから信じないでね彩華さん」
痛いのが気持ちいいとかそんな趣味は断じてない。
「それから健吾の家だけど、健吾の家はすごくシンプルっていうか、単純にボコボコにされるんだよね。三日三晩」
「三日三晩!?」
「実はここだけの話、健吾の顔がたまに腫れてるのって喧嘩が原因じゃなくてお説教のせいなんだ」
「おいバカ言うんじゃねぇ。お袋に蹴られてケガしてるとか恥ずかしいだろ!」
「ア、アンタたちの家って変わってるのね」
それは大いに自覚している。だからひかないでくれ。
「そして匠だけど、匠には人質がいる」
「嫁と娘を人質に取られては手の出しようがありません」
「森原って結婚してたの?」
「エロゲーのことだよ彩華さん」
「ああ……。つまりエロゲーを捨てられるってことなのね」
匠にとっては本当に嫁や娘なんだ。そんな目で見ないであげてほしい。
「ちょっとテストの点数が悪いだけでこうなんだから、家庭訪問なんかされたらどうなるかわからねぇ。最悪再起不能もあり得るぜ」
「命にかかわることだから、なるべく勉強と攻略を同時進行で行きたいんだけど、彩華さんはそれでもいい?」
捨てられた子犬のようなまなざしで彩華さんへと問いかける。もしもこれを断られたら、俺たちの命は風前の灯だ。
「別にいいわよ。っていうか、私だって家庭訪問でお説教なんかされたくないわ」
「おお、それじゃあ」
「みんなで協力してがんまりましょう。ダンジョンも、それから勉強もね」
いい方向に話が進んでくれた。自分一人で勉強して平均五十点を取るのは不可能に近いけど、みんなで協力してやるならきっとなんとかなる。
「明日早速四人で勉強会をしよう。場所はこの部室でいいかな?」
「待てや祐介。オメー、桜ちゃんがネトゲしまくってる横で勉強がはかどるのか?」
「ここ数日はなんだかんだで部室に来てないから大丈夫じゃないかな」
「でもよぉ、ちょっと前までは日曜も含めて一か月連続で部室でネトゲしてたりしてただろ? これから先来ないなんて言う保証はねぇよ」
そう言われてしまうと何も言い返せない。いい感じで集中してきたときに部室にきて、隣でネトゲをやり始められたりしたら集中力が一気に砕け散ってしまう。
あの先生のことだ、俺たちが勉強してようが平然と隣でネトゲをするだろう。そうなると勉強するためのスペースが必要になるわけだけど、部室以外にどこに集まればいいのだろう。
「どこか集まれる場所ってあるかな?」
「あ? 祐介の家でいいだろ。明日みんなで祐介の家に行くぞ。そこで勉強会だ」
えっ!? 俺の家で勉強会? それって俺の部屋に彩華さんがくるってことじゃないか!




