第一話 平凡な日常の終わり
「おう祐介、なんか面白れぇことねぇのかよ」
なんの変哲もないパソコン部の部室。そこで放課後にダラダラと過ごすのが俺たちの日常だ。
今日も意味もなくネットサーフィンをしていた俺に対して、隣からけだるげな声がかかる。声の主は、校則に対して喧嘩を売っているような金髪の男、斉藤健吾だ。
「面白いことって、どんなことだよ?」
「なるべくぶっ飛んだことがいいな。お前のテストの点数くらいぶっ飛んでるといい」
「そんな変な点数はとってないって」
「平均点一ケタのどこがまともな点数なんだよ」
なぜそれを知っている。さてはこっそり俺の答案を見たな、クソヤンキーめ。
「ということは、あなたの点数もぶっ飛んでるということになりますね。そうですよね、健吾君」
「匠! なんでそれを知ってやがる!」
健吾に対して言い返したのは森原匠。眼鏡が似合う知的でクールな男だ。健吾の怒鳴り声に対しても一切ひるんでいない。まあ、それは俺も同じことなのだが。健吾は小学生のころから声がでかかった。一日一回は怒鳴るもんだから、高校生となった今ではすっかり慣れてしまった。
「健吾だっせーな。赤点とか脳みそついてるのかよ」
「おめーがそれを言うんじゃねぇ!」
「どっちもどっちですね」
匠はテストの点数とかも結構よかったはず。なので俺たち二人は何も言い返せない。
「あーそれにしてもよぉ、マジでなんか面白れぇことないのかよ。ありきたりな日常をぶっ壊すような面白い変化とかさぁ」
「変化、ですか?」
「おうよ。いきなり異世界に召喚されるとかよ。そういう面白れぇこと起きねぇかなぁ」
「現実は健吾の好きな小説のようにはいかないぞ。召喚されても速攻で死ぬのがオチだ」
「いいや、俺は絶対勇者になるね。それくらいわかれよ」
「僕は今のままでも十分だと思います。変化のないありきたりな日常ですが、こうやって集まってゲームをしたり雑談をしたりするのも悪くありません」
そんなどうでもいい話をしていたとき、その人物は唐突にやってきた。現在パソコン部に所属しているのは、俺たち三人だけだ。俺たち三人と、顧問の一之瀬先生以外の人がこの部屋にやってくることはめったにない。
だからそれは、ありきたりな日常の中で起こった小さな変化だといえる。
「失礼するわ! 祐介にとっておきのグッドニュースがあるの!」
ノックもせず勢いに任せて入ってきたのは、同じクラスの二階堂彩華。
俺がひそかにちょっと気になっている女の子だった。
◇
155:名無しさん
パンドラの迷宮のこと何かしりませんか?
156:名無しさん
自分で考えろハゲ
157:名無しさん
>>155はハゲ
158:名無しさん
うおっまぶしっ
159:名無しさん
俺今パンドラの迷宮で遊んでるよ
まあウソだけど
160:名無しさん
ハゲは嘘つき
161:名無しさん
俺はハゲてねーよ
ちょっと薄いだけじゃボケ
「はぁ……」
パソコンのディスプレイから目を離し、きしむイスに背を預け思いっきり伸びをする。有益な情報が何一つない。この一時間、収穫はゼロだ。
一日にのべ数万人が書き込むという大型掲示板を覗いてみたけど、大したことは書かれていない。本当に存在するのだろうか。パンドラの迷宮なんて。
「健吾―、そっちはどうだ?」
「見つけたら声かけるっつーの」
ディスプレイを覗き込みながら返事をする健吾。
声のトーンからして明らかに期限が悪い。不機嫌オーラ全開だ。何も進展がないから、その気持ちはわかる。
「掲示板でよー、俺が丁寧によー、パンドラの迷宮のこと何かしりませんか? って聞いてんのによー。クソどもがハゲを連呼してきやがんだよ。あークッソ腹立つわ」
「レス番号155?」
「よくわかったな」
「ごめん156俺だわ」
「テメーぶっ殺すぞ! マジメに探せや!」
「ごめん! 悪かった! マジで!」
本気で悪いと思ってる。だから頼むから髪を引っ張らないでくれ!
「ちょっとそこ、真面目に探しなさい!」
猛然と襲い掛かってきた健吾から大事な毛根を守ろうと奮闘していると、左隣から怒りを含んだ、というか怒り九割の声が叩きつけられた。
「俺は健吾と違って真面目に探してるぞ」
「どこがマジメに探してるんだハゲ。やっぱりハゲは嘘つきじゃねーか」
「祐介の髪を引っ張てる暇があるならもっとよくさがしなさいよ! このハゲ!」
「俺はハゲてねーよ! つーかさ、そもそも本当にパンドラの迷宮なんてあんのかよ? デマじゃねーのか?」
パンドラの迷宮。俺たち四人は、さっきからそれを探し続けている。俺、健吾、匠、そしてクラスメイトの女子、二階堂彩華。この四人で。
キッカケは、二階堂彩華がこの部室へと駆け込んできたことだった。
とっておきのグッドニュースがあるの。その言葉と同時に部室へとなだれ込み、俺たちの返事を聞かず、一人でしゃべりまくったのだ。
今、ネット上でパンドラの迷宮っていうスマホアプリが話題になってるの。VRゲームなんて目じゃないくらいの、ものすごいゲームみたいよ。さらにそれだけじゃないわ。なんとこのゲーム、ゲームの中のお金を現実のお金に変換できるみたいなの! 祐介にピッタリじゃない!?
俺は将来ゲームで金を稼ぎたいと思っている。プロゲーマーというやつだ。二階堂さんの言葉を聞いた時、心が震えたね。夢に近づけるからじゃない。二階堂さんがそのことを知っていたことに対してだ。俺は二階堂さんと話したことは一度もない。それどころか、二階堂さんが教室で誰かと話しているのすら一度もみたことない。
なんで知っているんですかね。俺の個人情報。あといきなり名前で呼んでくるところが非常になれなれしい。一体なんなんですかね。
「二階堂さん」
「彩華でいいわ。なに、祐介?」
「健吾も言ってたけど、やっぱりデマなんじゃない? 全然見つからないし」
ゲームでお金を稼げるなんて、やっぱり興味はある。興味津々だ。暇だったってこともあって、健吾も乗り気だ。しかし、このパンドラの迷宮とかいうアプリ、全然、まったく、影も形も見つからないのだ。都市伝説みたいな感じで語られているだけあって、情報事態少ない。
調べて分かったことは、スマートフォン用のアプリだということ。ものすごくリアルなゲームだということ。ゲーム内マネーをリアルマネーに換金できるということ。このくらいだ。
つまり、彩華さんが部室に来て最初に言ったこと以外、何もわかっていない。
「気合で探せば何とかなるわよ。きっと三十分後くらいには見つけてるわ」
「そのセリフ、三十分前にも聞いたよ」
「そうだったかしら」
教室での彩華さんは、非常に物静かな女子だ。誰とも話さず、話しかけられても返事をすることはない。きれいな黒髪と、その抜群の可愛さ、そして教室での立ち振る舞いから、まるで人形のような女の子だ。そんな彩華さんのことを、俺はひそかにイイなと。……いや、ちょっと気になっていた。
部室へと入ってきたのが彩華さんだと気が付いた時、そして、名前を呼ばれたことを把握した時、俺の心は不覚にもトキメいた。まあ、そのトキメキは一瞬だったわけだけど。
平気で健吾の頭をはたく。にらみつける健吾に対してドスを利かせたセリフを浴びせる。俺の肩をつかんでがくがく揺さぶる。
なんていうか、まるでヤンキーみたいだね。ヤンキー二号。それが俺の今の彩華さんの印象だ。ちなみに一号は健吾だ。
「どうしたの? かたまっちゃって」
彩華さんが俺の顔を覗き込んで来た。
近い、近いって。トキメくな、俺の心。コイツはヤンキー女だ。俺の理想であるお淑やかなお嬢様とはかけ離れた存在だ。見た目に騙さるんじゃない、俺の心よ。
「いや、なんでもないよ。それよりも大分日が沈んで来たね」
「あら本当ね。それじゃ、もう少し探して見つからなかったら帰りましょ。門限超えると怒られちゃうわ」
「さっきから気になってたんだけど、なんで俺たちには普通に話しかけてくれるの? 教室では誰ともしゃべってないよね?」
「そんなのきまってるじゃない。アンタらに見どころがあるからよ。教室の連中はダメね。ゴミだわ」
見どころ? そんなモノあるだろうか。
「自分で言うのもなんだけど、俺は普通の男子高校生だぞ。もしもライトノベルだったら、彼はどこにでもいるようなごく平凡な高校生、平田祐介だ。みたいな感じで紹介されるような平凡さだ」
「オメーみてーな赤点キングがそこら中にいたら日本は終了だろ。ゆとり世代も真っ青な暗黒の世代だな」
「なんだと健吾! やんのかコラ!」
「上等だ! かかってこいや!」
お互いにつかみかかり、体を密着させ相撲のように押し合う。くっ、なんて力だ。さすがヤンキー一号。そのガタイは飾りじゃない。
「いいわね! すっごくいいわ!」
押し合う俺たちを、キラッキラな笑顔で見つめる彩華さん。いいって、何がいいんだろう。男同士の密着なんて絵面的にも汗臭いだけだ。いや、まさかね。彩華さんがそういう、なんていうか、男同士の友情の先にあるようなそんな関係が好きだとか、そんなんじゃないよね。
「チッ」
舌打ちを一つして、健吾はパソコンの前のイスへと座る。逃げたな。
俺もイスに座って都市伝説の続きを調べるべきか、それとももういっそのこと帰ろうか。そんな二択を頭の中に思い浮かべていると、意外なところから朗報が届いた。
「祐介君、目的のモノを見つけましたよ」
「本当か匠! でかしたぞ!」
いち早く食いついた健吾が匠のそばへと駆け寄る。俺も急いで匠のところへ行く。後ろからは彩華さんもついてくる。
「祐介君のために一生懸命探しました。さあ、存分に楽しんでください」
どんなゲームなんだろう、パンドラの迷宮って。話を聞いた時から気になっていた。今、それがようやくわかる――。
『黒髪巨乳お嬢様のみだらな一日 ~お嬢様と下僕~』
そこにはやたらと肌色の割合が多いゲームのプレイ画面が表示されていた。
「えーと、なんだこのゲーム?」
「どうですか? 祐介君の好みじゃありませんか?」
「え、いや、うーん、まあ、そうだね。それより、パンドラの迷宮はどこ?」
「なんですか? パンドラの迷宮って?」
「さっきからずっとみんなで探していたよね?」
「僕は先ほどからずっとエロゲーのレビューサイトを除いていました。このゲームは、そのレビューサイトで高評価だったものです」
すっかりと忘れていた。この森原匠は、知的でクールな外見とは裏腹に、痴的でフールなヤツであるということを。人呼んでエロの匠。エロゲーマニアである。
「祐介って、おっきいおっぱいが好きなの?」
いつの間にか俺の隣に立っていた彩華さんが、なんとも答えずらいことを問いかけてくる。ここは言葉を濁しておこう。
「いやー、なんというか。普通? みたいな」
「そう、好きなのね。ふーん。ふーん」
濁すつもりが一瞬でバレてしまった。なぜなんだ。
彩華さんは自分の胸を見ながら、ふーんという言葉を繰り返している。そしてたまに画面に映った巨乳のお姉さんのおっぱいを殺意の篭った目で見つめている。怖い。
「んだよクソ。あーだりー。もう帰っちまうか」
それもアリかもしれない。どうせ今日はもう何も見つからないだろ。そんな気がする。
イスに座ってスマホをポケットから出し、時間を確認する。十八時十分。いつも帰る時間よりも早い時間だ。
スマホをポケットに戻そうとしたが、一瞬その手が止まる。なんだろう、違和感がある。時間は確認し終わったけど、スマホを片付ける気になれない。
見慣れないものが、ある。アプリだ。インストールした覚えのないアプリが、俺のスマホに存在している。
『パンドラの迷宮』
俺のスマホに、パンドラの迷宮が存在していた。
「見つけた! 見つけたぞ!」
「あーはいはい、祐介もどうせ匠と同じでエロサイト巡回してんだろ。俺はもう帰るからな」
本当に見つけたんだって! アプリを起動して、ゲームを健吾に見せよう。そうすれば信じてくれるはず。
洞窟のイラストが描かれたアイコンをタップする。ゲームが起動すると注意書きのようなものが沢山表示されたが、それを無視してさらにタップを連打する。「始まりの迷宮へ移動しますか?」と言う文字が表示されたので、迷わずyesをタップした。するとカウントが表示される。五秒後にゲームがスタートするらしい。
カウントが一つずつ減っていき、やがてゼロの文字がデカデカとスマホに映し出される。
それと同時に辺りが真っ暗になり、何も見えなくなる。なんだ、何が起こったんだ。
訳も分からないままあたりに視線をさまよわせていると、突然俺の目に光が戻ってきた。
そこは、さっきまでいた見慣れたパソコン部の部室ではなかった。まるで岩をえぐって作ったような空間。俺は、洞窟のような場所に一人で立っていた。
「どこだ、ここ?」




