未完
気がつくと、目の前に美しい造形をした顔があった。
『ご無事かしら、ご主人様?』
労るようにそう告げてくる彼女に、俺の意識は直ちに覚醒へと向かう。
「……あ……あぁ……。大丈夫だよ。支えてくれたんだね、ありがとう」
少しの間を開けて、俺はそう言葉を作る。
(また、あんなことがあっては危険だな……)
そんな事を考えた俺は、創造魔法を使って反重力力場を形成して、床のように展開することにした。
これで、人為飛行の魔法に使う意識を、違う仕事に回すことができる。
「っとと……」
慣れない感覚にタタラを踏みながら、俺は直ぐにその感覚の違いに体を慣らす。
普通の人間なら、この力場の上に、二本足で立つのは非常に難しいだろう。
なぜなら、見えない床とは違い、しっかりとした床の感覚は感じられないからだ。
きっとはじめのうちは、四つん這いになってしまうだろう。
『……』
そんなロットの異能力じみた適応力に、何か心の底にうずくものを覚えながら、それを眺めるレイス。
「どうかした?」
『いえ、何でもありませんわ。それよりご主人様。少々時刻を過ぎてしまっておりますわよ?』
「あ、ごめんごめん。じゃ、準備を整えたら合図するから、カメラの方はよろしく頼むよ」
『畏まりましたわ』
レイスはそう首肯すると、優雅に礼をして、片腕をスッと持ち上げた。
すると、分体となったレイスたちが、それぞれカメラを構えて、姿を消した。
さて、そろそろ俺の方も準備しないと。
ロットは脳内の魔力の対流を制御すると、心を落ち着かせて、目を閉じる。
何を言うべきか、その演説の内容は、全て決めている。
戦争の凄惨さをバックに、この戦争に制裁の一撃を加える。そして、次に同じく戦争が起こるようなら、俺が同じくその戦争に天誅を下しに行く。
そしてその最後に、宣言する。
俺が、自らの手でこの世界を征服し、戦争をなくしてみせると。
具体的な方法は、両軍に多大な被害を与えることだろうか。
時間や回数はかかるだろうが、すぐに収められるはずだ。
「すー……はー……」
深呼吸をして、目を開く。
人が争う理由は解る。
だから、統一して、一息に支配してしまえば、それはすぐに片がつく。
「……始めてくれ」
こうして、創造の魔女による世界征服宣言は開始されるのであった。
「怯むなぁ!こちらには魔女の加護がついている!怖いものは何もないっ!!」
同日、戦場。
地上では、激しい撃ち合いをする魔導官と武官の姿が入り乱れていた。
激しい剣戟音。
防御魔法によって、堅牢な防壁を築き上げながら、ファランクスの陣形をとって攻めるソビエト軍に対して、ギト側はアビス・メリクリウスによる魔導砲や、退魔のエンチャントが付与された武器による白兵戦を行っていた。
「くそっ……!衛生兵!衛生兵!」
どこからともなく、助けを呼ぶ声が、戦場に響く。
「今行く!傷の具合は?」
「膝と肩をやられた」
「させるか!」
「ぐわぁ!?」
救援に向かった衛生兵の一人が、前進していた魔導官のブレイクにより、吹き飛ばされる。
「退避ぃ!退避ぃ!」
「防御魔法、展開用意!」
「主砲開門!てぇ!」
「「ぐわぁぁ!?」」
何度目かになる、アビス・メリクリウスの主砲が、地獄を焼く。
地面から蒸気があがり、振動で一部液状化が起こる。
「攻めろぉ!」
「「うぉぉぉおお!!」」
雄叫びを上げて、再びギト側の兵士たちが、武器を手に取り、前進する。
屍を乗り越え、時には仲間の背中に誤射を打ち込み、もつれ合い、泥だらけになりながら、彼らは彼岸を闊歩する。
そんな荒れ果てた風景を、高みの見物とばかりに覗く人物がいた。
『本当に、醜いですわね……』
冷たい、冷気を放っているとも錯覚してしまうほど冷え切った声音が、戦地の一角で幽かに木霊する。
この世界の戦争に、ルールというものはない。
呪いあり、生物兵器あり、化学兵器あり、核兵器あり。
だが尤もなことを言うと、この世界には核兵器は存在しないのだけれど。
昨日のターンでは、評議会側から化学兵器の投入があった。
ケシなどの幻覚作用をもたらす花を用いた、実に古風な戦法であったが、それは皮肉にも功をなして、先日まで国境を侵犯していた調停国軍は、今は国境接戦である。
レイス(分体)は、呆れながらも我が主の命令を遂行するために、その風景をカメラに捉える。
収めながら、再び溜息をつく。
今になって、思う。
あの作戦はきっと、平和ボケしていたのだろうと。
(でも、面白いので良しとしますわ)
レイスは、ふふふと笑って、カメラを回し続けるのだった。




