作戦失敗初日
評議会連邦――――。
「糞ッ!ビルの奴、あれほど酒は程々にしとけっつったのに!!」
「リーシャ、後の祭りだ。先ずは逃げることを優先しろ」
「わーってるわーってる……!っぶねっ!?」
一筋の陽炎が、リーシャの染めた銀髪を掠って、常冬の街道に散っていく。
「糞ッ!」
リーシャはそろそろ逃げるのも難しくなる頃だろうと踏んで、ブレイクの魔法を避けると同時に、道脇に転がっている木箱の後ろへと隠れた。
合わせて、共に逃げてきた黒髪長髪の男性――アルカードも、反対側の路地裏につながる角へと身を隠す。
(リーシャ、弾はあといくつだ?)
(あと八発しかねぇ……。アルは?)
(あと十二発だ)
項に装着した念話機を通して、互いの状況を把握する。
(げ、なんでそんなに残ってんだよ!?)
(お前が無闇に撃ちすぎるからだ)
(お前がピンポイントすぎるんだよ!?)
そうこうしているうちにも、追跡者の足音はだんだんと近くなってくる。
(……で、どうすんの?)
(作戦名『蛇と蛙』でいく)
(了解……。じゃ、フォロー頼んだぜ!)
二人は素早く作戦を立てると、互いに頷き合って、その場から姿を表した。
「万象に願い奉る!」
リーシャが詠唱すると同時に、アルカードの銃撃が、追跡者の四人を牽制する。
人に当てても、防御魔法で跳ね返されてしまうので、魔法使いに拳銃は、それ以上の役割はほぼ果たせないのだ。
追跡者の行動が一瞬止まった隙きに、リーシャの魔法が完成した。
地面が凹み、凹んだその質量と同じ量で作成された、煉瓦の鋭い槍が、地面から生える。
錬金術である。
「せやあっ!」
弧を描いて、薙ぐように斬り払われたそれは、容易く彼らの障壁を切り裂き、人体を薙ぎ飛ばす。
「ぐはぁっ!?」
「まだまだぁ!」
今度は柄を突き出して、その柄頭を使って、防殻ごと突き飛ばす。
「なんだ、この馬鹿力はっ!?」
後ろで呆けていた一人が、ポツリとつぶやいた。
しかし、その間にもリーシャは距離を詰めていく。
「せいやっ!」
袈裟斬りに振るわれたその槍は、障壁を圧し潰して、中の人の頭蓋を叩き割る。
そして、返す太刀で残りの二人を一息に薙ぎ払うと、ふぅ、と息をついて
「我が願い、返上せり」
と呟いた。
すると、先程までその手に握られていた槍は、いつの間にか姿を消して、ついでに槍が生えていたところにあった窪みは、キレイに戻っていた。
「いやぁ、楽勝楽勝!」
両手を上げて、伸びをしながらアルカードの方へと戻っていくリーシャ。
「馬鹿、ボケっとするな。さっさと行くぞ」
「へーい」
アルカードは彼女をたしなめると、その手を引いて、路地裏へと突き進んだ。
ガタガタと木製の車輪が、薄らと雪を積もらせた煉瓦の街道を進む。
「あれは……!」
不意に、御者は龍車の手綱を引いて、レッサードラゴンを道の脇に停めた。
「何だ、何があった?」
荷台から聞こえてくる男性の怪訝な問いかけに、御者は振り返らずに話す。
「ロストの原因がわかりました」
「ほう?」
男は興味深げに相槌を打つとを、荷台の窓越しに外を見て、ふっと笑みを湛えた。
そこには、スパイの追跡に仕向けていた四人のチェイサーの骸が、無残な形に葬られていたのだ。
男は龍車を降りると、カツカツと踵を鳴らして、その市街に近寄った。
一つは肉体が上下に引き裂かれていた。
一つはほぼ全身の骨が砕け散っていた。
一つは原型もなくトマトのように圧し潰されており。
そして最後の――彼から最も近い位置で斃れている彼は、頭の天辺からまっすぐに斬り下ろされて、左右に分かれていた。
「ふむ……」
これは、鋭利な刃物で斬ったというよりは、その風圧で叩き斬ったと言ったほうがしっくりくる。
「相手は相当な手練……なのでしょうか?」
荷台から降りてきた女性が、彼の半歩後ろに控えて、そのような感想を呟いた。
「いや、手練であることには間違いはないだろうが……」
彼は更に数メートルほど突き進むと、腰をかがめて、欠けた煉瓦を指で擦った。
(弾痕か)
更に視線を巡らせると、路地裏へ続く曲がり角の辺りに、薬莢が落ちていることに気がついた。
(アドスタネイト弾か……)
アドスタネイト弾とは、対人用の弾丸だが、殺害を目的とはせず、音と光で相手を硬直させる事を目的とした弾丸である。
アドスタネイトと呼ばれる、かなり強い衝撃を与えると、急速に酸化して、鋭い音と光を放つ鉱石が、弾頭に仕込まれている。
「ただの奇術師だ。万全の対策を取れば、対処は難しくはない」
彼は薬莢を拾って、ビニール袋に入れてポケットに仕舞うと、女性にそう告げて龍車へと引き返す。
「特務警察に処理を要請しておけ。あとは任せた」
「かしこまりました」
男はそう言うと、彼女をその場に残して龍車と共にその場を去った。
マンホールを下り、二人は進む。
手元には懐中電灯が一つ、暗く、ジメジメした床を照らしている。
「くちゅん!……あー、寒い……」
不意に、そんな声が下水道に木霊する。
(おい、あまり話すな)
念話機の向こうから、そんなアルカードの叱責が聞こえてくる。
(今のは不可抗力だろ?)
(だとしても、最後の台詞は不要なはずだ)
(そんな堅いこと言うなって。だからモテないんだぜ、きっと)
言いながら、両手を首の後ろに回すリーシャ。
「……ん?」
すると不意に、二人の足音に混じって、何か別の者の足音が二人の鼓膜を刺激した。
(追手か?)
(いや、どうやら違うようだ)
言うと、アルカードは足元を照らしていたライトを、ゆっくりと上の方に上げていった。
するとそこには、真っ黒なコートに見を包んだ、黒い髪に赤い目をした、中年の男性が、ニッコリと笑みを浮かべて立っていた。
「よ!」
「なんだ、ビルか……。脅かすなよなぁ〜」
彼女は、はぁ〜と盛大な溜息を吐きながら、彼のもとへと歩み寄っていく。
彼の名前はウィリアム・マーキュライト。
スズリの従兄にあたる人物である。
二つ名は、“赤目のビル”。
そんなリーシャの態度に、にこやかに笑いかけながら、彼はそのモサモサの黒髪を掻いた。
「やぁ〜、危なかったぜ……」
(サンキューな、リーシャ)
ビルはリーシャから受け取った念話機を項に装着すると、そうお礼を述べる。
(よく言うよ、まったく。……それで?まさか手ブラってわけじゃないんだろ?)
彼の笑顔に、少しだけ顔を赤らめさせながら、リーシャは話題を振る。
(ああ。敵の大将の名前がわかった。ソシュール・メレッツォだ)
(ソシュール……。聞いたことがないな)
先程まで空気と化していたアルカードが、顎に指を添えながら、そうつぶやく。
(ああ。なんでも、ここ約一年の間に就任したって話だ)
(それで、そいつは今どこに?)
(わかってたら、俺一人でやってるさ)
彼の問に、肩をすくめてそう返すウィリアム。
(そっか……。なら、しかたないよなぁ……)
リーシャはそうボヤくと、下水道の道を、再び歩き始める。
それに着いていくようにして、残りの二人もゆったりと歩をすすめる。
幾つかの角を曲がり、時折下水道内に湧いている魔物の殺人蝙蝠を適当にあしらいながら先を進むと、ふと真横に現れた、管理人用の休憩室の扉を潜る。
「はぁーっ!疲れたぁ……」
灰色のダッフルコートを脱ぎ捨て、空調の効いた休憩室のソファにダイブするリーシャ。
「寝る前にちゃんと風呂入れよ?」
「わーってるわーってるってぇ……」
ウィリアムにそうたしなめられつつも、今日一日の疲れからか、どっと襲ってくる睡魔に身を委ねるリーシャ。
「そんな奴は放っておけ、ビル。それより、先に結界を張らないと」
「そうだったな」
アルカードに急かされて、肩をすくめながら、彼はポケットから宝珠のついた指輪を取り出して、装着する。
「ハイド」
ウィリアムが魔力を練ると、空間が揺らぎ、精霊たちが呼応する。
後は、宝珠の中に組まれた魔法式に従って、自動的に魔術が発動する。
「これでよし!じゃ、先に風呂貰うぜ〜」
彼はふぅと息をつくと、やっと休めると言わんばかりの勢いで、ルンルンと備え付けの浴室へと脚を向けていった。
次回、作戦失敗初日(2)
魔法紹介。
錬金術:情報量保存の法則に基づいて行われる、物質の操作を行う魔法。宝珠で今回リーシャが使った魔法を発動しようとすると、「形状分離、再構築、武器構成、槍、クリエイト」と、非常に長くなってしまうので、詠唱という形を用いることにした。中等魔法に分類
ハイド:結界魔法に分類。対象に認識阻害の効果を付与する。高等魔法に分類。




