謀反
なぜ、争いが絶えないのか。
それは偏に、それが生命を保持しているからなのだろうと、自分は解釈している。
我々には、善悪という概念が存在する。
それは、人によって違っていたりするものだが、しかし大まかな括りによれば、それは生活の環境によって形作られたものである。
例えば人は、ネガティブなシチュエーションについてはよく覚えている。
それはなぜか。
考えてみれば、ごく単純で自然なものだ。
ある地点に行けば、ライオンが潜んでいるということを、ふとした瞬間に知ってしまったとしよう。すると人は、そのライオンに対して恐怖の念……つまりはネガティブな感情を覚えてしまう。
結果として、我々はライオンがそこにいる事を知ってしまうわけであり、それを忘れてしまえば命が危ないわけだから、いつまでも覚えていようとする。
つまり、ネガティブなシチュエーションについては、よく記憶しているのだ。
さて、これと争いが絶えないことに何の関係があるのだろうかと、そこに群がる有象無象は考えるだろう。と、俺は思う。
――そもそも。
善悪という概念というものは、人の欲求から生まれた、至極不自然的であり、自然的な考えだ。
それは、先程のライオンの例を、群れで行動する最初の人間(つまりは類人猿の頃の話)に代入してみれば、なんとなくでも理解できるだろう。
代入という考えは、いつでも素敵な知識や知恵を導いてくれる、素晴らしいアプリケーションだ。
閑話休題。
それで、俺がこの眼下に起こる戦争を、どのようにして止めてみせようか。
そんなものは、人の記憶の在り方を知れば、自ずと答えは出る。
事は、数週間前に遡る。
それは、そろそろあのホライズン・カンパニーが図に乗って、内輪もめを始める二週間前である。
……いや、正確には、そうなるように計算して実行したのだが。
「監視カメラ……ですか?」
「はい。それも、自動顔認証システムと、行動追尾機能、そして不審行動探知システムを搭載した、小型の監視カメラです」
いつもの交渉部屋。
テーブルに置いた実物を、社長は怪訝そうに眺めた。
「前のように、実物は持ってこないんですね?」
「えぇ。とっくにお気づきかもしれませんが、開発許可の得ていない魔法道具の開発、及び販売は、法律違反ですからね」
ひたすら笑顔のポーカーフェイスを見せながら、法律違反のところを強調して伝える。
すると案の定、彼の肩は一瞬だけ震えた。
罪を誘発するには、罪悪感を促せばいい。
人という生き物は、罪悪感を感じさせると、次のお願いを聞き入れやすくなるのだ。
普通は、より大きなお願い事をして、断らせてから次の本命のお願いをかけるようにするのだが、これに「犯罪」という言葉が絡むと、少し話が違ってくる。
人は、一度罪を犯してしまうと、そしてそれを罰しないままに放置しておくと、もう一度同じ罪を犯しやすくなる。
一種の自暴自棄だ。
思った通り、彼はこの話を承諾してくれたようだ。
閑話休題。
それから二週間後。最新の監視カメラの魔法道具は、飛ぶように売れていった。
だが、そんなある時。
一つの事件が起こる。
「――やっとかしら」
ニヤリと頬を歪めて、アルトリスは透視双眼鏡越しに、ホライズン・カンパニーの開発本部を覗き見る。
そこには、血にまみれた遺体と、一人の男性の姿。
社長の後ろにいつも控えていた、SPである。
そして、その手には二つのUSBメモリ。
片方には何もなく、もう片方には会社のすべての情報が入っている。
その中には当然、最近大きな企業を呑み込むことに使った、裏の手も記録されている。
アルトリスはその一部始終を確認するなり、片手を上げて、後方に待機している連中に、解散の合図を出した。
――この事件をきっかけに、とあるSP派遣会社の株価はガックリと下がっていった。
世間一般に出回っている情報として、この事件の概要を説明するならば、これは、『社長のSPを努めていたとある男性が、保護対象である社長を裏切り、監視カメラの設計図および、ホライズン・カンパニーのデータすべてを持ち出して、会社のデータベースにウイルスを流した』というものになっている。
同時に、ホライズン・カンパニーの株価も下落していった。
なぜなら、そのSPが持ち去ったデータを、世間にばら撒いたからである。
当然ながら、その中には魔導車の開発に関する犯罪の証拠が著されており、もう一つ言えば、その証拠品である契約書には、“協会の代理人の名を僭称する犯罪者の署名と血印”が記されていた。
そして、その僭称する人物を調べていくと、芋づる式に、犯行が暴かれていき……。
しかし、俺と秘書ちゃんが捕まることはなかった。
なぜなら、レイスが身代わりの分身を作って、巧いようにことを運んでくれていたからである。
だが、巧くいかなかったところもあったのだ。
「創造の魔女、悪い知らせが入ったかしら」
ポリモーフ薬を服用していない姿で、時が来るのを待ちわびながら、地下の準備室にて魔法道具のイメージ図を作成していると、扉の向こうから、珍しく切迫したアルトリスの声音が聞こえてきた。
「なんだ?今忙しいんだが……」
ボサボサになってしまっている金髪を掻き上げながら、やって来た彼女に抗議の声を上げる。
しかし、次の瞬間。
俺の背筋に電撃が走ることになった。
「評議会連邦が、ギトの作戦に気づいたわ」
次回、作戦失敗初日
次回の投稿は、八月十二日二なります。




