黒髪の生霊
創造の魔女の権能によって生み出されたそれは、ロット・マクトリカより頭三つ分ほどせの高い、女の姿をしたアンドロイドだった。
膕まである濡羽色の長髪は、艷やかにして婀娜やか。妖艶にして優艶。
大人びた造形をした顔のパーツには、優艶さと冷徹さを兼ね備えた空気が纏っており、途轍もなく危ない雰囲気を醸し出している。
スレンダーな体躯は白く淡く雪のよう。
その肢体はすらりと長く、無駄な機能は一つとしてない。
その身に纏った漆黒の装束は、まるで光を反射していないかのように暗く不気味で、彼女の持つ冷徹さが、一層それを引き立てている。
俺は、そんな風に創られてきたアンドロイドを見て、ふと思う。
(なんか、子供が見たら泣きそうだな)
『こんにちは、小さなご主人様』
突如。
俺がそんなことを考えていると、ニヒルな笑みを湛えてそれは挨拶してきた。
「お、おう。つーかもう夜だけどな」
『あら、私としたことがいけませんわね。時間はしっかりと把握しておきませんと』
自動人形はそう謝罪を述べると、一回だけ瞬きを行った。
な、何なんだこいつ……。
いや、自分で創っておきながら何だっていうのはアレだけれど……。
正直、戸惑いを隠せない。
『それで、ご主人様。一つ確認しておきたいことがございますの』
「何かな?」
『私に名前をつけては頂けませんかしら?どうも“自動人形”やら“こいつ”だなんて代名詞は、少しばかり気に入りませんわ』
……もしかして、心を読めるのか?
……いや、犯人から情報を白状させるのを許可した上に廃人にすることを却下したのだ。その上でオーバーテクノロジーの組み込みを許可したのだから、結果、最適解として『心を読む能力』を獲得してしまったのは必然だったのかもしれない。
漆黒の自動人形は薄く微笑むと、こちらを見下ろしながら、おそらく肯定と捉えられるだろう動作を行った。
「そ、それもそうだな……。では、個体名:レイスというのはどうだろうか」
だってなんかこいつ不気味だし。
結構似合ってると思うんだよな、うん。
『生霊……ですか。少々不満な点はありますが、それで勘弁して差し上げましょう』
なんか、敬っているのか見下しているのかわからない口調だな。
レイスはそんな様子の俺を見ながら、ウフフとニヒルに笑った。
『それで、私は先ず何をすればよろしいのでしょう、ご主人様?』
言われて、そういえば協会の人間の救出を頼もうと思っていたことを忘れていたことに気がついた。
「拉致されて、蠱毒の材料とかにされている魔法文明向上協力委員会のメンバーを救出してほしい。ついでにその犯行グループも拘束して連れてきてくれれば助かる」
『承りました。それでは不肖、このレイスがその任務を遂行してみせますわ』
彼女はそう告げると、文字通りその場から姿を消した。
かと思えば次の瞬間にはまた同じところに現れていた。ただ、消える前とは違って、その周りには大量の被害者が転がっていた。
『任務を履行しましたわ。これでよろしいですか?』
「「「…………」」」
呆然と立ち尽くす、対策室のメンバー。
(いやいやいやいや。どうなってるの、ソレ!?)
この刹那にも満たない時間でどうやってその任務を達成できたんだよ!?
『まず、この場の情報を精査したあと、上空に出て更に情報を収集し解析した後に、虚数世界へ転移したあと、複数の分身を用いて実数世界へシフト。意識を一瞬だけ虚数世界へ隔離したのち、肉体を実数世界へ転移させ、意識を再融合させました。犯人には固有世界の二《体内監獄》にて捕らえさせて頂いておりますわ』
俺の心の中に湧いた疑問に、そのように即答するレイス。
何だよ虚数世界って!?
意識だけを切りはなして隔離?巫山戯んじゃねぇよ!?
固有世界へ容疑者を収容した?お前のスペック高すぎだろクソ野郎!!
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
あとでこいつの機能全部確認しないといけなさそうだ。
下手をすればレヴィアより強いかもしれない。
俺はとんだ怪物を作ってしまったようだ。
俺は若干自分の行いに後悔する。
『では、罪人から引き出した情報を開示しますか?』
レイスのその言葉ではたと我に返る。
「あー、えっと……」
情報を開示させるなら、やっぱり人は少ないほうがいいよな。
それに、ハンナ・アルトリス抜きにこの話を進めてはいけない気がする。
先ずは情報漏洩のない所で、アルトリスと一緒に話を聞いたほうが得策だろうな。
何にせよ、彼女に一度話を通してからだな。
俺はレイスにその旨を伝えると、『畏まりましたわ』と言って、壁際に移動して目を瞑った。
どうやら定位活動状態に入ったらしい。
俺はそんな様子のアンドロイドを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。
それと同時に、いつの間にか張り詰めていた対策室の空気が弛緩する。
その瞬間、どっと疲れが襲ってきて、なんだか眠くなってきた。
(とりあえず当面の危機は去ったみたいだし、ちょっとくらいゆっくりしていってもいいよね?)
俺はそう軽く考えると、開いている椅子に凭れかかって、フッと意識を手放した。
この時俺は、まさかこれがあんな事になるだなんて、夢にも思ってはいなかった。
(どう……なっているんだ……?)
その日の夜。
来るはずの提示連絡が途絶えた事に怪訝に思ったメガデル班長は、蠱毒の媒介の材料を集めていた倉庫が空になっている様を見て、冷や汗を流していた。
荒らされた形跡はない。
血の一滴すら落ちていないし、魔法の痕跡もない。
忽然と、その場にあったものが突如として消え失せた。そうとしか形容できない有様が、眼前に広がっていた。
「は、班長……。これは一体……?」
機械仕掛けのローブを羽織った部下の一人が、その惨状とも呼べない惨状を見て、訝しむように尋ねた。
「……わからない」
こんな……。こんな事があり得るのか……?
(いや……あり得るのだとしたら、これは確実に魔女の仕業に違いない……)
しかし、どこからその情報が漏れた?
いつだ?
どのタイミングなのだ?
「どうやったかは分からないが……。確実にひとつだけ言えることがあるな」
メガデルは部下の方を向かずに、その何もない倉庫を見渡しながら、こう結論をつけた。
「――近い内に、内紛が起こるだろう」
用語などの一部説明
・被造物
創造の魔女ロット・マクトリカが、その権能で生み出したものの事。
魔女の分身(Sisters)
創造の魔女ロット・マクトリカが改編魔法によって創り出した分身が起源。
現在は、創造の権能を用いて創造されており、様々な分野で活躍している。
創造魔法で創られたシスターズは元々、国の復興のために利用されていたが、最近は兵器の創造など、軍部にとって欠かせない存在となっている。
魔導歩兵(Magic Pawn)
創造の魔女ロット・マクトリカが、ジョン・エインズワースと共同で設計し、兵部省技術開発局が形にした、無人戦闘兵器。
最新型には、飛行魔法・改の魔法式が組み込まれた立体起動モジュールと、身体能力強化Ⅱの攻撃に耐えうる防御システムGuardianが搭載されている。
レーヴァティン(Lævateinn)
創造の魔女ロット・マクトリカが創り出した、秘宝クラスの武器。
その一振りは、手加減を惜しまなければ、いくつもの山脈を更地へと還すほどの火力が込められている。
非常に扱いが難しく、加減を間違えればあっという間に使い手さえも焼き尽くしてしまう。
正直なところ、創った本人は失敗作だと思っている。
レイス(Wraith)
創造の魔女ロット・マクトリカが作り出した、オーバーテクノロジーをふんだんに活用した人造人間であり自動人形。
千を超える【固有世界】を持ち、『実数世界』と『虚数世界』を行き来する。
高度な学習機能を有し、あらゆる弱点を克服する能力を持つ他に、一度認知した事象を再現することも可能である。
・固有世界(Personal World)
結界魔法の上位互換に当たる。その詳細は深く知られてはいないが、自分の思い描いた世界を亜空間に錬成することによって作り上げることができる。
現時点では理論上の存在であり、レイスが使用した固有世界の二《体内監獄》は、魔法界のオーバーテクノロジーと言える。
ただし、ロット・マクトリカがレヴィアと遭遇した際に使用した亜空間転送(第38部 蒼い蛇の昔話を参照)によって生まれた亜空間は、これとは全く非なるものである。
・実数世界と虚数世界
実数世界とは、今我々が生活している世界のことで、この世界ではすべての運動は正のベクトルしか持たない。しかし虚数世界では逆に負のベクトルでしか働かない。
つまり虚数世界とは、実数世界の時間と時間の隙間を流れる、仮想の時間流域を主軸とした世界のことである。
・魔法界のオーバーテクノロジー
理論上可能であるとされているが、現段階で魔法として確立されていない理論上の魔法のこと。
・魔女狩りの現状
→ロットがブエルに左遷され、囮役を噛まされるが、エルフビーストのジーナと、魔法文明向上協力委員会の言霊の魔女、ハンナ・アルトリスによって伝えられた、ギトに向けて放たれようとしている呪術『蠱毒』を無力化するために東欧レムリアへ密航。レイスを創造して、蠱毒の材料とされていた協会の人たちを助けたことによって、それを画策していた評議会連邦は出鼻をくじかれた。
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