このくそったれな世界
「聞いたか?入官試験を一発で満点をとった六歳の話?」
「あぁ、聞いた聞いた。あの金髪ロリっ娘だろ?なんでも、フローレス元一等特級魔導官のお孫さんなんだとか」
「え、そうなの!?マジか……。やっぱりあそこはクルード医務官総責任官といいフローレス元一等特級魔導官といい、天才揃いだな……」
二次テスト当日。
テスト会場はその話で持ちきりだった。
俺は魔導官志望なので、二次テストの内容は魔法実技。
自分がもっとも得意もする魔術を、最終試験監督である一等特級武官五人の前で演武するのだ。
その演武によって、最初のランク(十等魔導官~一等魔導官)が決まる。
そして、それぞれのランクには、劣級、等級、優級、特級のランクがある。
一番下から十等劣級、十等等級、十等優級、十等特級、九等劣級となっている。
つまり、一等特級は、武官たちの中でも最高クラスなのである。
「それでは、受験者は会場中央に出てきてください」
司会進行を勤めている刑部官の一人が、会場の最奥から指示を出した。
今まで経験したことのないレベルの緊張が、背筋を這う。
冷や汗で腹が冷えるのがわかる。
若干かくかくとした動きで前へ出ると、貴族風の礼をして、試験監督へと目をやった。
兵部の最高位につく人だ。どれだけ厳つい人たちなのだろうと、俺は視線をあげる。
しかし、そこに居たのは四人の少女と、一人の厳ついおっさんだった。
──おっさんがハーレムを築いちゃってますが、これどういうこと?
もしかしたら俺も、あの一員に加えられたりするのだろうか?
(……嫌だなぁ、それは流石に)
硬直する俺に、しかし関係なく刑部官は話を続けた。
「え~、現在最終試験監督の内、スズリ一等特級魔導武官、クロウリー一等特級魔導武官、ステイシア一等特級魔導武官、ニュラ一等特級魔導武官は欠席しております。ご了承ください」
……な、なんだ欠席か。
あの幼女四人はあのおっさんのハーレムとかそういうのじゃなくて、ただの代理ってことかな。
ふぅ、と安堵の息をつくと、俺は気をつけをした。
確か、受験態度もランクの審査に関わってくるんだよな。
これじゃぁ一発で一等は無理か。
「──以上が、試験に関する内容です。質問がないようであれば、試験を開始してください」
俺は彼に質問は無いという意思を伝えると、目の前に宝珠を掲げた。
最終試験監督の座席で、少女はへぇと、面白いものを視る目で彼女を見ていた。
「あの娘、私たちのことが見えているみたいね?」
「そうやね。ほんまおもろい餓鬼んちょや」
カラカラと笑う二人の少女。
前者の名前はクロエ。クロウリーの遣い魔である。一方スズリの席に座って似非関西弁を話しているのは同じくスズリの遣い魔、ウェストである。
他の二人も、同様にステイシアの遣い魔ノエビアと、ニュラの遣い魔コルメノスである。
「──にしても、防御魔術をあんな風に使うとは驚きじゃのう、コルメノス?」
「……」
「なんじゃ無視か。のう、ゼルベノフ一等特級魔導官よ。面白いと思わんか?」
黙りこくるコルメノスに舌打ちをして、ノエビアはゼルベノフに話しかける。
「そうだな。実に、面白い使い方だ。私が生きている間に、一度も見たことのない逸材だな」
眼帯の厳ついおっさん──ゼルベノフは、ロット・マクトリカの使う魔術に心を踊らせていた。
いつ見ても、若い人間の考えることは斬新で面白い。そう思っていたが、今回のそれは、それのどれもを上回っていた。
「まさか、防御魔法にあんな使い方があったとは……」
見えない剣。それが、彼女の使っていた斬新な魔法であった。
魔力を練って障壁を作り出すことを応用して、ガードではなく攻撃へと転用させる。
はっきり言って、従来のブレイクより攻撃力のあるものだと彼は考えていた。
……それに、あの多方向同時展開。六歳にしてあの腕の持ち主だとは。
フローレスの頃から思っていたが、マクトリカ家はこういう人材が妙に目立つ。
やがて演武が終了すると、ロットはお辞儀をしてその場をあとにした。
「どうですか、ロット・マクトリカは?」
とある議政官が、五人のトップ魔導官に問いかける。
「わろぅないんちゃうか?ワシはおもろい思うけどなぁ?ステイシアはんはどないや?」
「少なくとも、スズリには勿体無いと思うのじゃ。どうせ、お前様は遊びにしか使う能が無いからの」
ステイシアはそうスズリに挑発した。
いつもの事で、相変わらず仲が悪い二人である。
「なんやと!?」
「そっちこそなんじゃ。妾に文句でもあるのかえ?」
卓の真向かいから言い合う二人に、他三人は呆れた様に首を振った。
スズリ・マーキュライトとステイシア・アーカイヴの二人は、顔を見合わせれば喧嘩口を開く犬猿の仲である。
他三人からしてみれば、こんな大事な会議であったとしてさえも、二人同時に見るのは勘弁願いたいところであった。
「君らが使えば、仲間割れになるのは間違いないようだね、ゼルベノフ?ここは一度、彼女ら抜きで話し合わないかい?」
そこで、アレイスター・クロウリーは、見かねた風に安易的な解決策をアグニ・ゼルベノフに提示した。
「それも良いかもしれんな。どうする、二人とも?」
「「……」」
眼帯をつけたその人は、二人に鋭い眼光を向けた。するととたんに、二人の喧嘩が止む。
これぞ、アグニ・ゼルベノフが眼力の異名を持つ所以である。
「さて、待たせたな。ニュラ、君はどう思うかね?」
隣に腰かける銀髪の少女に、彼は尋ねた。
「……彼女は、まだ幼いが、頭はいい。……それは、テストで理解した。……あの年齢で満点をとった。……大人であってもそういない人材だ。……だから、三大欲求の抑制試験を受けさせて、合格すれば特位、不合格なら十等劣級に回せばいい」
長く淡々とした説明に、なるほどねと全員が頷いた。
「皆さん、それでいいですか?」
最後に確認をとる風に刑部官が質問すると、全員が揃って意義なしと答えた。
「宿泊訓練?」
「そう、宿泊訓練」
魔導官トップら五人がそんな会議をしていた一方、俺とアブルは央都アゼリアにある、某飲食店に来ていた。
繰り返すように聞き返す俺に、彼はにこりとした微笑みを一切崩さずに首肯した。
「三大欲求の抑制試験に受かるための訓練だね。基本的には、央都の東にあるクラリスと呼ばれる寺院で、三大欲求を極限まで無くす訓練をしてもらう。これを一ヶ月だ」
人差し指をたてて、ニヒルな笑みを浮かべながら彼は言った。
「は?」
いや、ちょっと待て。それどういうことだ?
そもそも、なぜ三大欲求を極限まで無くす必要性がある?
ていうか、一ヶ月って厳しすぎないか?
こっちだと一ヶ月二十八日の十三ヶ月が一年だから、俺は二十八日もの間それに耐えなければならないわけか。
……性欲はともかくとして、食欲と睡眠欲を限りなくゼロに近くするなんて俺にできるのか?
怪訝そうな顔で彼を見上げて、俺はそれがなんの意味があるのかと尋ねた。
「二ヶ月後、とある刑部官から聞いた話によれば、三次テストがあるらしい。内容は三大欲求の抑制試験。三ヶ月間、食事は精進料理。寝る時間は日に二時間まで。異性と顔合わせ、及び自慰行為禁止。この三つを破ったら君は十等劣級だが、合格すれば特位になれる素晴らしいテストだってさ」
……全然素晴らしくねぇ。
精進料理だっけ?食ったことないけど、全然腹が満たないんだってな……。それを、育ち盛りのこの時期に三ヶ月間、いや、訓練含めて四ヶ月間も行うのか……。
「地獄みたいなスケジュールだな、それ」
落胆して、俺は彼にそう告げた。
するとアブルは至極嬉しそうに、親指を立ち上げた。
「だから最初に言っただろ?強気になっていられるのも今のうちだけってさ?」
この時俺は、思わずこの優しくない世界に罵声を浴びせたくなった。
「……くそったれ」
次回、夢も希望もない。
魔法解説。
遣い魔:空気中の精霊を擬人化して、自分の僕とする高等魔術。遣い魔は主に偵察や身代わりなどに使われる。
インビジブル:防御魔法の派生系。魔法障壁を変形して、見えない武器を作り出す。準高等魔法に分類。




