ゲシュペンスト(4)
ダンジョンはオーソドックスな迷宮型だった。
いりくんだ迷路のような道は、ギリギリレイドが行軍できる程度の幅で、確かに魔物に遭遇すれば、それなりにキツイ感じではあった。
寝台の間までのルートは、斥候に行った『盟友の風』と『キュウリの漬け物』が既にマッピングしてくれていたので、思ったより時間をかけずに、その部屋の前までやって来ることができた。
「皆、今日はレイドに参加してくれてありがとう!」
巨大な歯車と剣のレリーフが飾られた大きな両開きの鉄扉の前に集められた俺たちに、ピーターがそう声をかけた。
「毎度わかっていると思うが、ダンジョンボスの攻略は、倒すよりも生き残る事が大事だ。何故なら、死んじまったら元も子も無いからな!」
その後、作戦の再確認や、パーティの配置、役割分担の確認を終えると、ピーターははち切れんばかりの大声で叫んだ。
「それじゃあ、ゲシュペンスト討伐、行くぞぉぉおお!」
「「おおぉぉ!」」
ピーターが扉に手をかけると、それは勢いよく解放された。
中に入った瞬間、何か空気が変わったような気配がした。
ざわざわと、レイドが乱れ始めた。
おそらく、彼らもこの変化に気がついているのだろう。
「ていうか、どこにいるんだよゲシュペンストは!」
『キュウリの漬け物』として紹介されていたパーティの一人が、声高に叫んだ。
そう。彼の叫んだ通り、この場所にゲシュペンストなる存在は見当たらない。
空気だけが何か変で、何か、不安を誘う。
「ここがダンジョン化していたってことは、当然ボスが居るはずなんだよな」
「見えないタイプだったら、相当厄介ですね」
俺の呟きに、苦笑しながらそう答えるジョン。
「わかった。ちょっと視てみる」
俺はため息を吐くと、目に意識を集中させた。
ゲシュペンストとは、ドイツ語で亡霊や幽霊、幻を表す単語で、英語に置き換えればゴーストに相当する。
正直幽霊なんて御免だが、それが魔物であるなら関係はない。
魔物の正体は人間だというが、ダンジョンのそれは自営システムによって造り出された虚像の存在。
殺すことにためらいはない。
だったら昨日のオークの件はどう説明するのかと聞かれたら、それはまぁ、こちらは人形で、あちらは人間。種族がそもそも違うし、言うなれば猿とチンパンジーみたいな区別なわけだ。
自分の中では既にそう折り合いをつけている。
殺すことにためらいはない。
だが、今回のゲシュペンスト。
こいつだけには対話を要求したい。
できるなら、改編魔法でそいつの情報を全部コピーして、後でどこか誰もいないところで話し合おう。
俺は魔力の可視化を行い、その部屋一帯を見渡した。
すると、部屋の奥に設置されていた、何か機械じみた質感の寝台の上に、横たわる何かが視えた。
──ザーッ。
突如、砂嵐の音が鼓膜を打った。
そんな様子の俺を、訝しむように見つめていた彼らの目の前で、俺は糸の切れた人形のようにばたりと倒れた。
「なぁ、我が愛しのフレドリカよ。俺は、もうすぐ死ぬことになりそうだ」
気がつくと、わたしはその寝台の横に立っていた。
覗いた彼の顔には、白い影が射しており、黒い髪には幾本かの白髪が混じっていた。
死ぬにはまだ若い年頃のように思えるが、その実、彼は老いていた。
「寿命が近いのかもしれん」
そのシワのよった、老齢な、それでいて聡慧な声音を孕んだ声は、どこか空虚なわたしの心に、何かを流し込んでくる。
トク、トク、トクと。
空だった壺に、冷たくて、暖かい何かが注がれて、溢れ出る。
「その時は、お前に、この世界をリセットしてほしいのだ」
「リセット……?」
彼を囲んでいた人形の一人……つまりわたしが、彼の言葉を復唱した。
「俺は、少しも理解できていなかった。あの世界が、どれだけ精巧にできていたかということに」
彼は息を飲むと、他の人形の顔を見渡した。
だから、この世界をリセットしろと、おっしゃるのですね。
「そして、お前たちには、フレドリカの手伝いを命ずる」
彼は、そう最後に言い残すと、スッと眠りについた。
次回、起床




