ゲシュペンスト(3)
メモ:ロットの年齢は現在10歳
翌朝。
俺は、相変わらずの日光によって、目覚めざるを得なかった。
「うぅ……暑い……」
直ちに断熱結界を部屋に展開して、室温を適温に調節する。
「はぁ……」
やはり、南国だからだろうか。
かなり南の方へ来たとはいえ、まだ南半球でも北の方。
すぐ北の数キロ先には、赤道直下の乾燥した荒れ地が広がっている。
レムリアの植物は大概暑さに強い。
暑さに強く、地上が乾ききっていようが、地下深くまで伸ばした根っこにより、地下水を吸い上げて生きている。
さて、そんな今日であるが。
俺は今日、パシフィス地峡にあるという廃教会へと赴かねばならない。
ま、断熱結界があれば、ある程度はしのげるか。
俺は伸びをすると、掛けていたタオルケットを端に寄せて、洗面台へと向かった。
鏡台の前で髪を梳いていると、こんこんこんと、ノックをする音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「ロット・マクトリカ様で間違いないでしょうか?」
ギルド員か。
「そうだが、何か届け物か?」
「はい、マクトリカ家から、お手紙が届いております」
手紙?
それも、家から?
「中は見たのか?」
「いえ、見ておりません」
「わかった、今行く」
ここを突き止めたのはどうせ、委員会に連絡したらレムリアにいると言われたから、その首都圏から探して回ったのだろう。
タイミングから予想すると、おそらくマリーナタウンの件だな。
そういえば、久しく家にも帰ってなかったな……。
いつか帰ってやるか。
俺はそんなことを思いながら、ギルド員から手紙を受け取った。
「あ、後それとなんですけど、ゲシュペンストの調査の件なんですが」
「ん?」
「今日の朝食後にそのまま向かうそうです」
「わかった。伝えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
俺はその話を聞くと、部屋の中に戻って身支度を整えた。
手紙のことは、帰ってからでも良いだろう。
委員会の制服に着替えた俺は、ジョンと共に昨日のレイドパーティと一緒に、パシフィス地峡へとやって来ていた。
昨日は入り口までしか来ていなかったし、暗くてよく見えなかったが……。
結構な絶景だった。
「凄いですね、隊長」
「そうだな……」
両端から寄せ付ける波と波。
その間約三百メートルほど。
地峡には芝生が生えており、その真ん中に馬車や龍車によって踏み固められたのだろう道が走っている。
地峡の長さはだいたい二、三十キロ程度だろうか。
「なんだ?」
ふと、ジョンがこちらを見下ろしていることに気づいた。
怪訝に思って理由を尋ねてみると、彼は微笑を浮かべながらこう言った。
「いえ、隊長も女の子なんだな、と思いまして。つい」
……意味がわからん。
俺、そんな仕草してたか?
『いい?貴女は、今回のそのデートで女らしさを獲得してくるの!つまり、心の女体化だよ!』
ふと、数日前のメープルの言葉が頭に登ってきた。
心の女体化、ね……。
外側だけでなく、心もそっちに寄せてみろと。つまりそういうことだろう。
「……」
「どうかしたんですか?」
しまった、深く考えすぎてしまった。
えーっと、こう言うときはどうすれば……。
「いや、何でもない」
またやってしまった。
あまりにも思い付かなかったものだから、そっけなく返してしまったけど……。
くそ。
実行しようとするとちょっと恥ずかしいな。
俺は頬の辺りを掻くと、先に進んでいくレイドの最後尾について歩いた。
数十分ほど歩くと、遠くに見えていた建造物が目の前に見えた。
「「おお……」」
思わず各々から歓声が響く。
白い石材でできた巨大な門の形をした教会。
間はアーチのようになっており、潜り抜けることができる造りになっている。
昔は関門としても利用されていたらしいが、ギトの属国になる十数年前の海底資源の権利を巡って戦争をした結果、パシフィス大陸にあった、パシフィス共和国の南部をレムリアが勝ち取ってから、この門は関門の役割を終えていた。
ここは以前教会としても使われていた様で、二階には聖堂があったり、聖職者たちの居住スペースや、頂上の寝台の間は、手をつけられないまま残っている。
「おっほん。それでは、これより対ゲシュペンスト戦の作戦会議を始めようと思う」
一行は聖堂に場所を移して、作戦会議を始めた。
「まず、斥候には、『盟友の風』と『キュウリの漬け物』に向かってもらう」
『キュウリの漬け物』って、完全にネタじゃねぇか。
俺は後ろの方の席に座りながら、そのパーティの方へ視線を移した。
するとそこには、全身緑色の装備で身を包んでいる集団があった。
「斥候が戻ったら、それを元に隊列の編成を行い──」
ていうか、聞いてて思ったけど、これ俺がいった方が早いし確実だよな?
そう思って、俺はジョンにそう呟いてみた。
しかし彼は
「あの人たちにも、仕事っていうものがあるんですよ。昨日話を聞きましたが、レイドを組むにしてもそれなりの費用がかかるようでして。元をとるためにも彼らには必要なんですよ」
「ふーん」
でもなぁ。
そうなると、白の兄の件とか、俺の記憶の件とか。
逃すのはちょっともったいない気がするんだけど……。
「それに、隊長が強いのはみんな知ってます」
「んなことねぇよ。まだおばあちゃんの足元にも及ばないのに」
彼女の頭の回転の速度や発想の機転。魔法の腕や、それを最適に活用する技量はもとい、知恵の面だって負けてる。
俺はあの人を越えたいのに。
あのときは越えるのも時間の問題とか抜かしていたが、今になって思う。
そんな甘い話ではないと。
「そりゃあ、だってフローレスさんはギト始まって以来の偉人ですから」
「わかってるよ……それくらい」
そんな話をしていると、ピーターとラフィーがこちらに向かってくることに気がついた。
「ロットちゃんたちはどうするデスカ?」
「どうするって、ゲシュペンストの攻略か?うん。行くよ」
「それでは、申し訳ないですけど、後方支援にまわってくれますか?ちゃんと元とらないとなんで。あ、こっちがヤバそうになったら、遠慮なく加勢してほしいんですけど……ダメですかね?」
「んー……それは別に構わないよ。ヤバくなれば加勢、それまでは後方支援だな?でも俺たち回復系の魔法使えないぞ?」
「それなら大丈夫ダヨ♪ボクたちのレイド、十人くらいはヒーラーが居るしネ♪」
「へぇ。じゃあ、特になにもすることないじゃん」
「そんなことないヨ♪こういうレイドボスって、大概トリマキがついてるしネ♪」
「それを排除すればいいんですね?」
「それもありますけど、結界魔法で、レイドのステータス管理とかしてもらえたら嬉しいです」
「それなら任せろ」
「ありがとうございます。では、もうすぐ斥候が帰ってくると思うので、その時にまた」
二人はそう言うと、自分達のパーティへと踵を返した。
しばらくして、斥候に出ていた『盟友の風』と『キュウリの漬け物』が、聖堂へと帰ってきた。
彼らの話によると、噂の亡霊が見えた場所(どうやら寝台の間という場所らしい)につながる通路の先が、ダンジョン化していたらしい。
斥候の話によると、そのダンジョンはそれほど規模が大きいという訳ではなく、むしろ若いために通路も細く、レイド規模が通り抜けるには困難だと説明していた。
出現する魔物のレベルは、ダンジョンが若い割には強敵が多かったらしく、斥候にでたパーティからは、数名の負傷者が出ていた。
「……なぁ、今気になったんだけどさ。事前に何も調べないでレイド組んだのって、ちょっとおかしくないか?レイド組むのにも、費用がかかるんだろ?」
「いえ、これが普通ですよ」
「どういうことだ?」
俺は彼の方を見上げながら、そう尋ねた。
「ダンジョン、と一言に言っても、いろんな種類があります。大抵は迷路のような構造をしていますが、中には別世界のような広大な世界が広がっているものもありますからね。未確認のダンジョンに挑む際は、そういう可能性を考慮して、大体最初は、こうやってレイドを組むんです」
「なるほど……」
費用をどうこうよりも、安全面を確保する上で必要な出資ってことか。
経験則だが、ダンジョンは攻略しないでももとの入り口冴え見つけることができれば、未踏破でも帰還することはできる。
「ん?だったら、それこそ斥候だけを最初に向かわせればよくね?そうすれば出費も少なくてすむし。レイドで向かう必要もない」
そもそもダンジョンの役割は概念生命体である精霊の制御のはずだ。
いや、その事実は周知されていないから、ダンジョン=危険なもの→早く始末せねば!という式が成り立つのも理解できるが……。
「そんなに急くことなのか、ダンジョン攻略って?」
「そうですね。古ければ古いほど良いものも出ますが、掘り出し物は、どこにでもありますから」
つまり早い者勝ちと?
なら、それこそ……いや、それこそ無謀なやり口か。
安全面や結果的に得られるものを考慮に入れると、そういうことになるのか……?
いや、でも何か納得いかないなぁ……。
俺がそんな風に頭を悩ませていると、ピーターがレイドメンバーにそろそろダンジョンに向かう旨を知らせていた。
「道はそれほど広くないみたいだけど、言うほどのものじゃないらしい。なので、昼食を終えたら、ダンジョンの攻略に向かおうと思います!」
彼はそう伝えると、昼食休憩を促した。
「おう、どうかしたかお嬢?」
難しい顔をして、この違和感の正体は何か考えていると、酒場でガニーと呼ばれていた大男が、大きめのサンドイッチを片手に話しかけてきた。
「どうして、最初になんの調査もせずレイドを組んだのかな、と」
「あー、それはだな。保身のためだよ、保身。現に、さっき斥候を出したら、敵が案外強かったって言ってただろ?」
「それなら、最初に斥候につかうパーティだけを送って、調査すればいいじゃないか」
そう疑問を口にすると、彼はガハハハハと豪快に笑って見せた。
(こいつ、酒も飲まずにこのテンションだったのか)
それとも、その具にアルコールが染み込んでるのか。
そんな風に、彼に不快そうな目を向けていると、ガニーは水筒からごくごくと何かを飲んで(多分これが正体だな。となるとビールを持ってきてるのか?……んなわけないか)、空いた手で俺の頭をガシガシと撫でた。
「すまんすまん!そんな不機嫌にならないでくれ!」
俺は、乱れた頭髪を気にするように両手を頭に乗せて彼を睨んだ。
何か、コイツとは仲良くなれそうにない。
「ま、お嬢みたいな名門の魔法使いにゃ、到底わからねぇこった……」
ガニーはそう言うと、何かの余韻を残して、どこかここではない遠くを視るような目付きを見せた。
「お嬢も何か食っときな。ダンジョンに挑む前にちゃんと腹ごしらえしねぇと、中でドジを踏むぞ!ガハハハハハ」
彼はそう言うと、自分のグループへと戻っていった。
そういうことじゃないんだけどな……。
「やっぱり、腑に落ちませんか、隊長?」
「ああ。何か、違和感がぬぐえない」
俺はそう告げると、彼が持ってきたコップのストローに口をつけた。
シュワシュワとした、刺激的な味のする飲み物だった。
(炭酸水……ではないな)
炭酸のあの特有の、飲んだ後に来るゲップしそうになるあの感覚が襲ってこない。
「これは?」
「メメの実のジュースです。ここの特産品なんだとか」
「へぇ」
メメの実。聞いたことないな。
「メメの実って、どんなものなんだ?」
尋ねると、彼は少し思い出すようなそぶりを見せて、答えた。
「そうですね。風味付けによく使われますよ」
「ふ~ん」
決して、駄洒落ではない。
「まあ、(腑に落ちないのは)多分気のせいですよ」
「だと良いけど」
俺は息を吐くと、今朝ギルドの料理人から渡された弁当に手をつけた。
レムリアの主食はタロ芋などの芋類だ。
すりつぶしてペースト状にしたものを焼いて、パンのようにして食すのが一般的である。
(栄養バランスが整っている……。しかも色彩に配慮しているのか、チープな料理でも豪華に見える)
おばあちゃんも、豪華な食事だけでは、得られるものに限りがあるとか言って、お弁当作ってくれる時は庶民的なものに仕上げてくれていたっけ。
……今日はやたらとおばあちゃんを思い出すな。
閑話休題。
そして、食事を終えた俺たちは、いよいよダンジョンへと挑むのだった。
長いのでちょっと強引に切断。
次回、ゲシュペンスト(4)




