胎動
「さて、貴方たちの狙いを聞かせてもらおうかしら?」
協会の地下。
四隅に篝火が焚かれたその部屋の中心に、その男たちは縛られていた。
ハンナ・アルトリスは、彼らを睥睨して、そんな質問を口にする。
「……魔女狩りだったんだ」
しばらく沈黙が続いたが、やがて一人の男が口を開いた。
「おい、会長を貶めるつもりか!?」
「だってよ!……だって、ここで抗っても、魔女には敵わねぇだろ!?それに、ここには悪魔もいる……!」
「テメェ、この野郎……!」
言い争いを始める彼らに、ハンナの後ろについていた数名の男が、その手に持っていた木の棒で殴り付ける。
「ぐふっ!?」
「ぐはっ!?」
一人は口から血を流し、一人は歯が一本抜け落ちた。
「そこの貴方、賢明な判断かしら。では、まだ聞きたいことがあるのだけれど──」
ロット・マクトリカは彼らを拘束した後、あのメカメカ集団をハンナに報酬と引き換えに預けた。
彼女はまた何かあったら頼む旨を伝えると、それ以降は私たちの仕事かしらと言って、俺たちを協会から追い出してしまった。
それから、とりあえずすることもないし、ジョンはまだ気分が優れなさそうなのでさっさとギトに帰ることを俺は提案したのだが……。
「それなら先輩、観光していきましょうよ!」と、エリンがそのような提案をしたのを切り口にレヴィアが「そうだそうだ!それにまだニトンを食べてない!」と繋げてきた。
その結果、じゃあそろそろ腹も減ってきたことだしということで、昼食を食べに近くのレストランへと足を向けることになった。
閑話休題。
「ジョン、平気か?」
「まだちょっと立ち眩みがします……」
「あまり無理するなよ?」
「はい……」
俺は、隣に腰を下ろしたジョンにそう声をかけると、メニューを手に取った。
さて、何にしようかな。
そう思い、ズラリと並べられたメニューに目を通していると、何かあり得ない名前のメニューが表記されていることに気がついた。
「……」
(俺、疲れてるのかな?)
俺は目を擦ると、もう一度その欄を凝視した。
そこには、間違いなく『蟻の素揚げ』という文字が並んでいた。
「どうしたんですか、隊長?急に固まったりなんかして」
怪訝に思ったのか、そんな様子の俺にジョンが声をかけてきた。
「いや、別に」
俺はこれ以上深く考えまいとして、何か無難な物を探すことにした。
(『大烏のソテー』。よし、これにしよう)
カラスなら何回か食べたことあるし。
「よし、俺は大烏のソテーにする」
俺はそう言うと、メニューをジョンに手渡した。
「え、カラスですか!?」
すると、俺の注文を聞いたエリンが、少し驚いたような顔をして、こちらを見つめてきた。
「何か変だったか?」
「だって先輩!カラスですよ!?ゴミステーションの生ゴミを漁るしか能の無い害獣ですよ!?」
「お前なぁ……。いいか、エリン。カラスってのは頭が良いんだ。古来よりカラスという生き物は、魔法使いや魔女たちにとって、使い魔として使われてきたんだぞ?」
「私、使い魔なら梟がいいです!ヘド〇ィグみたいな白くてカッコいいやつ!」
「いや、お前の話はしてねぇし」
何時かはその単語が出てくると思ってたけど、まさか、カラスを食べる云々の話に出てくるとは思わなかったぞ……。
そんな話をしていると、隣で「ゲッ」という変な音声が聞こえてきた。
「どうした、ジョン?変なメニューでも……って、ああ、あれか」
「ん?どうしたんですか、先輩?」
俺は、ジョンが開いているメニューのページを覗き見て、眉を潜めた。
それに反応したレヴィアが、目を輝かせて机から身を乗り出してくる。
「どうしたのだ、エインズ!?何かゲテモノでも見つけたか!?」
「いえ、その……『蟻の素揚げ』ってメニューが載ってるんですけど……」
「『蟻の素揚げ』……ですか?」
「なんだ、ただの昆虫食じゃな」
「昆虫食……?」
「ほら、エリン。お前も元日本人なら知ってるだろう?蜂の子とか、あとイナゴとか」
「あー、はいはい!わかりますわかります!確かにゲテモノですね。食べたことありませんけど」
彼女は微妙な顔をして、水を一口飲んだ。
カラン、とグラスが音をたてる。
「レヴィアさんはどう思います、『蟻の素揚げ』?」
そんな様子の二人の会話を深く考えないようにしたのか、ははっと苦笑いして、ジョンは彼の右斜め前に座るレヴィアに意見を求めた。
「そうだな。ミルメコレオって怪物なら食ったことあるぞ?」
ミルメコレオ……訳したら、ミルメコ・レオ→蟻ライオンだな。
名前から想像するに、蟻とライオンが合体したみたいな感じか?
考えるだけで気持ち悪いな。
「何ですか、ミルメコレオって?」
「ちょっとバカな怪物でな?前半身がライオンで、後半身が巨大な蟻の姿をしているんだ。これはとある寓話にその説明が出ているんだが、曰く『ライオンは肉食だから肉しか食べず草花は食べることができない。しかし、後ろの蟻が当時草食であると考えられていたがために、草しか食べれず肉を消化できないとされた。結果、肉を食ってもその肉が消化できず常に腹を空かせており、そのライオンの頭を持つゆえに草を食べないがために常に空腹であるがために、人を襲っては消化できない肉を吐き出して、いずれ餓死してしまう』という怪物だ」
うわ、ダサ。何そのダサすぎる怪物。
「で、そのお味の感想は?」
「そりゃもう、とてつもなく酷かった。何せ食べられるところがないんだもの」
レヴィアはそう言って肩を竦めると、ぐっと伸びをした。
「エインズ、メニューは決まったか?こっちはもう決まってるから、もう呼ぶけど」
「あ、はい。じゃあ俺は『黒角豚のステーキ』でお願いします」
「ん」
東欧レムリア王国港町、ルールポート外郊の廃村。
そこに、白髪の混じった黒髪に、飾りのキセルをくわえた少年と、それに対峙するようにして向かい立つ、片方は右目が、片方は左目が赤く光輝いている双子の少女の姿があった。
人払いがされているのか、周りには誰も居ない。
そして、その双子と少年の間には、戦慄に震えた空気が、張り詰めていた。
「寄越しなさい、吸血鬼」
「それはわたし達の本よ」
二人で一人の台詞を紡ぐようにして話す双子。
少年はそんな彼女たちに不適な笑みを浮かべた。
「いいや、ダメだ。これを魔女に渡すわけにはいかない」
「貴方もしかして」
「わたし達目示の魔女に」
「喧嘩を」
「売ってるの?」
少年はその言葉を聞くと、ニヒルな笑みを、殊更深く刻んだ。
「その通りだけど?」
次の瞬間、その場から三人の姿が消えた。
かと思えば、衝撃が走り、砂煙が舞った。
数条の光が煌めいたかと思えば、次は轟音が鳴り響き、また光が煌めいて衝撃波が走った。
それはほんの数秒間の出来事であり、そしてその内容は数万、数十万にも及ぶ魔法や権能、はたまた拳によるぶつかり合いであった。
一瞬にして数十、いや数百、数万手先を読んで、先に業を仕掛ける。
それを仕掛けられる前に察知してさらにそれの重ね掛けを行う。
塵が収まった頃、そこに立っていたのは、とある一冊の分厚い書物を脇に持っている少年ただ一人であった。
「強いアルト・ヘクセと聞いていたが……存外、大したことはないようだ」
少年はキセルから息を吸い込むと、口からすぱぁと煙を吐き出した。
煙は陽炎のように揺らいでいき、地に伏せていた双子の魔女の方へと漂っていった。
「ま、少しは楽しめたし、眷属にしてやるのも良いだろう」
彼がそう呟くと、その双子は何かに吊られているかのように浮き上がり、地に足をつけた。
それはさながら幽鬼のようであった。
少年は双子の魔女の方へと視線を向けると、二人を自分の胸に抱き抱えた。
「それにやっぱり、幼女のメイドっていうのも可愛いしね」
彼はそう言うと、その双子の魔女の首筋に、牙を突き立てるのだった。
起承転結の中で、ようやく承がやって来たって感じですかね。
次回、オーク・ロード(1)




