閑話 バレンタイン
とある二月のある日のこと。
ロット・マクトリカはソファーにふんぞり返りながら、考え事をしていた。
二月か。
二月と言えば、節分とバレンタインくらいしかパッと思い出せる行事がないな。
節分と言えば、もう遠に時期は過ぎてしまったが、あの豆まき。
豆というのは本来、魔を滅する、つまり魔滅という漢字を使うらしい。
どうにも中二病過ぎるとは思うが、実際、この国で生産されている大豆には、退魔性が存在することが、昨年学術誌テイラーに記載されていたことを思い出す。
この世界を創ったという、白の兄とやらはどうやら、そういう洒落たことが好きらしい。
そういえば、そろそろバレンタインだったか。
日本以外の国では、男性から女性へと物を送るのが主流だったと聞く。
産まれてこの方、バレンタインなど一考すらしたことはなかったが……。
まぁ、ジョンにも世話になってるし、一応この道を指し示してくれたアブルにも恩というものがある。
この世界にはそういった風習は見当たらないが──おそらく彼は嫉妬していたんだろうけど──たまにはチョコレートを作って渡してみるのもいいかもしれないな。
俺はそう思い立つと、自室を離れて少し買い出しにいくことにした。
向かったのは、アゼリアのチョコレート専門店。
チョコレート、といっても、あの硬い四角いチョコは売られていない。
たしか、日本に伝わる頃には固形物として形作られていたという記憶があるが、その以前では、チョコレートとは飲むものが主流と聞いていた。
ここでもどうやら、チョコレートは飲むものが主流として伝わっているらしく、そのお陰か、バレンタインにチョコ、という発想はできなかったらしい。
液体で持ち運びにくいなら、冷凍して固めればいいのに、なんてことは、思い付きもしなかったのだろうな。
俺は、チョコレートを一瓶(一リットルほど入っている)購入すると、これから見る二人の驚きように思いを馳せた。
通りに出ると、丁度斜向かいの方にアブルの姿が見えた。
彼は髪色が光って見えるので、どこにいても大抵すぐにわかる。なんというか、そういうオーラを感じるのだ。
「おや、久しぶりだね。元気かい?」
俺の視線に気がついたのか、彼は話していた女性(多分部下か何かだろう)から目を離した。
「久しぶりって、先月あったばかりだろう?」
「?そうだったかな。ところで、その手に持っているのは、もしかしてチョコレートかい?」
「あぁ。これからちょっと料理をしようと思ってな。後で味見させてやるから、楽しみにしておけよ」
「幼女の頼みとあれば、どんと来いだよ」
「幼女言うな、このロリコンが」
そう言うと、俺はあざとらしくあっかんべーをして、その場から立ち去った。
(我ながら、少し恥ずかしいことをしたな……)
そんな変な後悔を胸に、俺はもう一件店へ立ち寄ってから、そそくさと厨房へと向かった。
そして、バレンタイン当日。
俺は、たくさんある会議室の一室に、アブルとジョン、それから一等特級魔導武官の五人を呼んだ。
うわぁ、やっぱりアグニさんオーラがヤバイわ……。完全にお得意の眼力でスズリさんとステイシアさんを黙らせている……。
やっぱりアグニさんを呼んだのは間違いだったか……?
そう思っていると、待ちくたびれたのかクロウリーが俺に話しかけてきた。
「それで、俺たちを召集したのは、どうしてなのかな、マクトリカ特位?」
「えっと、実は皆さんに、日頃からの感謝と言いますか。そういうものを形にして伝えようかと思いまして、この場を用意させていただきました」
──固い!なんか、思ってたのとちょっと違う!
気軽に学校の先生とかに贈り物渡すとか、なんかそんな感じじゃない!
よく考えてみろ!
ここ、軍部!
みんな忙しいだろうに、俺は何をしているんだ!
あぁ、こんなことを思い付いた二日前の俺を罵ってやりたい!
だが堪えろ、堪えるんだ!
「ほう、それは嬉しい話じゃのぅ」
俺のそんなぎこちない回答に、にこにこと笑みを浮かべながらステイシアが言った。
あ、ヤバイ。
急に腹痛が……。
終わったら医務室行って診てもらおう。
「それで、これが感謝を表すために作ったお菓子です。どうぞ」
そう言って、カクカクと強ばった動きで、各員へとチョコレートを配っていった。
「(あの。隊長、俺なんか場違いすぎませんかね?)」
チョコを配り終わる頃、最後列に並んでいたジョンが、そんなことを耳打ちしてきた。
「(我慢してくれ、お願いだから)」
あぁ、こいつがいてくれて、ちょっと助かったかもしれない。
居なかったら俺、たぶん気絶してたし。
ジョンには悪いが、ここは堪えてもらおう。
俺は心の中で詫びながら、ついでに後で多めにプレゼントをくれてやろうと心に決めて、彼の側から離れた。
「これは……チョコレートなん?」
早速包みを開いたスズリが、少し驚いた表情でこちらを見つめてきた。
「はい。液体だと持ちは後に不便なので、固めてみました」
「チョコレートを、固めたのかえ!?」
「はい」
その回答を聞き、ステイシアが驚きの表情をした。
「……アセンション……」
ニュラがポツリと呟く。
「なるほど、楽しみにしておけって、そういうことだったのか」
俺はアブルのその言葉に、大きく頷いた。
あー、緊張したぁ。
まだ心臓がドクドクいってるぞ……。
だが、本題はここからだ。
俺は、このチョコレートに一つ、思いもよらない仕掛けを施しておいたのだ。
「ん!?」
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、それを一口かじりついたステイシアが、そんな悲鳴をあげた。
それに反応して、今まさにそれを食べようとしていた六人が、一斉にそちらを注視した。
すると、スズリはニヤニヤ笑いを浮かべて、こう叫んだ。
「あーっはっはー!ステイシアはんのチョコレート伸びてるやん!まるで曲芸やな!」
「誰がピエロだ!」
そう。
このチョコレートは伸びるのだ。
それも、面白いほどに。
どう表現すればいいか。
そうだな。例えるなら、正月に食べた餅が伸びるという、あの絵をリアルにした感じ、とでも言おうか。
ステイシアの口からは、今そんな感じでチョコレートが伸びているのだ。
「ほう、面白いな」
そう言って、アグニさんもそれを真似て、チョコレートを伸ばし始めた。
「ぷはははは!何それ、おもしろいなぁ!んじゃワシも!」
「……ん。……面白い」
そう言って、次々とチョコレートを伸ばして食べる上位五傑。
「──それにしても、これはどういう仕組みなのかえ?」
一段落して。
しばらくそうやって、ワイワイと伸びるチョコレートを楽しんでいると、ふと疑問に思ったのか、ステイシアが俺にそう尋ねてきた。
「企業秘密です」
俺がそう答えると、スズリは何か思い付いたのか、ニヤリとその口角を上げた。
「そんなケチなこと言わんと教えてぇや~?ワシとロットちゃんの仲やろぅ?(チラリ」
「それは卑怯じゃ!」
「卑怯も糞もあるか!」
「なんじゃと!?」
「やるか!?」
あ、始まった。
スズリとステイシアは、一緒にすると直ぐに喧嘩する。
俺はそっと目を閉じると、二人のとばっちりを受けませんようにと祈った。
──後日談──
医務室。
医「今日はどうされましたか?」
ロ「ちょっと腹痛が」
医「そうですか。それでは、体重と身長を測るので、こちらに──」
ロ(何か、屈辱的だな、この会話……)
次回、金色の悪魔




