逃避
──ザシュ!
「ふぅ。魔法無しで倒すのって、こんなに難しいんだな……」
俺は、目の前で真っ二つになって転がっている、一メートルくらいの角の生えた狼みたいな魔物を見下ろして、息をついた。
なぜ俺がこんなことをしているかというと、それは一種の逃避だった。
なんとかジョンのことを考えないようにするにはどうすればいいか考えた結果、俺は魔物討伐に向かうことにしたのだ。
通常のフィールドにいる魔物は、リヴァイアサンの話から、古代の魔女が人間の姿をそう見えるように変えたものだと聞いていたので、フィールドモンスターの討伐は憚られた。
なので、今狩っているのは、ダンジョンの中の魔物である。
最初の間は、魔法を使って大型の魔物をザックザック狩って、魔核や素材を集めていたけど、やっていく内に何をトチ狂ったのか、一度魔法無しのハンデをつけて狩りをしてみようと考えたのだ。
俺は念のために、小型から倒していくことにした。
最初に戦ったのは、フログマンという魔物だ。
体長約五十センチメートルほどで、簡素な皮鎧を身につけた、人型をしたカエルの魔物だ。
ダンジョンの魔物は、精霊が創り出したものなので、その中身が“人間”であることはない。
……まぁ、こうして魔物と戦えているのは、人間でないと割り切っているのではなく、そういう実感が無いというだけの話なのだが。
今倒した、角のある狼は、ヴォルフというものだ。
ヴォルフの魔核はよく宝珠に使われている。
宝珠のベースとする魔核は、どれでもいいわけではない。
ベースとする宝珠は、大きく強く硬いものが求められる。
ここでいう硬さとは、魔力の出力、所謂『魔圧』に耐える『耐魔性』のことをいう。
この耐魔性が高いと、高出力の魔法を発動しやすくなる。
ヴォルフの魔核は、この耐魔性に優れているため、魔物としての強さもそれなりに高いのだ。
閑話休題。
俺は通路の内壁に背中を預けると、先の戦闘で出来た傷を眺めた。
「痛いなぁ……」
傷としては、小さなかすり傷しかついていない。
けど、痛い。
魔法なしのハンデをくらうと、ここまで俺は無力なのか。
それを実感したから、俺はそう呟いていた。
……現実逃避とはいえ、ダンジョンに入ったんだ。
攻略しないとダメだよな。
ダンジョンは発生から一定期間が過ぎると、外部に魔物を排出する。
それは、黒い妹が世界の均衡を保つためなのかどうかは知らないけど。
……それなら、別に踏破しなくても良いような気がしてきた。
(……諦めようかな)
何か、もうどうでもよくなってきたな。
次は、何をして暇を潰そうか。
そう考えたとき、ポケットの中に入れていた小型の通信宝珠を組み込んだ無線通信機に着信があった。
「はい、もしもし?」
『隊長、今大丈夫ですか?』
ジョン!?
「い、いきなり話しかけてくるな!」
や、やっばい。焦った。超焦った。
てか、何の用だよ?
今頑張ってお前のことを考えないようにしていたのに!
「……これじゃ台無しじゃないか」
『す、すみません隊長。何か、間が悪かったみたいですね……』
「悪いも何も、今はダンジョンの中だっつうの」
俺はため息をつきながら、重い腰を上げて伸びをした。
『それはすみませんでした。また掛け直します』
彼はそう告げると、一方的に通話を終了した。
「何だよ、もう!なんか、無性に腹が立ってきた!」
こうなったらここのボスに八つ当たりしてやる!
俺は懐からヒールポーションを取り出すと、瓶の中身を一息に仰って、空になったそれを床に叩きつけた。
それからボス部屋まで三十秒もかからなかった。
魔力反射の法を使って部屋の位置を割り出して、そこへ転移したのだ。
中に居たのは、黄色い巨大な空飛ぶ角の生えた魚だった。
俺はレーヴァティンを抜刀すると、最大火力の百分の一の威力で薙ぎ払った。
すると、ボスは一撃で灰になって消えてしまった。
「弱っ!?知ってたけど」
そもそもレーヴァティンの火力が馬鹿みたいに強すぎるんだよ。
百分の一の出力でもまだオーバーキルの域を離脱していないんだから。
俺は、そのボスが元いた場所に浮かんでいる黄金の剣をインビジブルを使って手元へ運んだ。
全てが黄金でできている大剣で、鍔に水色の宝石のようなものが填まっていた。
試しに創造魔法で創った道具で鑑定してみると、どうやらその石は氷素と言うらしい。
この剣はどうやら、氷素などの象素と呼ばれる石を鍔の窪みに填めることで、その属性を付与させることが可能となる秘宝らしい。
俺は改編魔法によりその情報を登録すると、その武器を消した。
「……暇だな」
俺は、ダンジョンの跡地に寝転がりながら、ポツリと呟いてみた。
学校は無い。
仕事も……いや、あるにはあるけど、気分じゃない。ていうか、ジョンに会わせる顔がない。
「前世では、どうやって暇を潰していたんだろう?」
思い出そうとするも、なぜか思い出せなかった。
何か、テレビの砂嵐のようなものしか出てこない。
止めだ止めだ。いくらやったって、結果は同じだろう。
俺はかぶりを振ると、上体を起こした。
迷宮跡地の丘に、乾いた風が吹いて、隣の雑草がユラリと揺れた。
端から見れば、その様はヨーロッパの古い絵画の様に美しいのに、彼女の考えていることといったら、どうやってジョンから逃げようかということだけだった。
そういえば、街の復興具合はどうだろう?
最近、よく街並みを見ていないし、分身たちの報告だと、そろそろ七割は完成する頃だと思うんだけど……。
「よし。散歩次いでにでも見に行くか」
俺は伸びをして腰を上げると、歩いて街へ向かっていった。
俺が足を踏み入れたのは、央都アゼリアから山を一つと平原をひとつ挟んだ所にある、イゾルイという都市だ。
イゾルイは央都から竜車で五分の位置にあるが、徒歩で進むなら一日から二日ほどかかる距離にある。
この都市では近くの山で採れる山菜やハーブ、木の実などを使った料理が食べられる。
最近では、復興と同時期に始めている、魔鉱で作った電線ならぬ魔線を張り巡らせ、有償で各家庭に魔力の供給を行い、日本の現代社会に近づけるための実験を行っている。
ここは、所謂実験都市なのだ。
近くの平原には、発電所ならぬ発魔所を建設したり、変電所ならぬ変魔所や、電柱ならぬ魔柱が立っていたりする。
お陰で、この都市のテクノロジーは、他の国より秀でているのである。
いずれはこの設備も世界中に伸ばしていきたいものだ。
俺はそんな感傷に浸りながら、先程購入したソフトクリームを片手に、ベンチに座って高層ビルに取り付けられた巨大なテレビを眺めていた。
テレビでは、ギトの属国である東欧レムリア王国の未開拓地に発見された遺跡へ、調停委員から調査部隊が発足したという話が流れていた。
「遺跡かぁ……」
遺跡と書いて、ロマンスの塊と読む。
うん。
夢があるよね、古代の遺跡ってさ。
俺も行ってみたいなぁ。
転移を使えば一発だけど、でもやっぱり、一人で向かうのは心寂しいし。
そんなとき、ふと脳裏にジョンの顔が過った。
「何考えてるんだ、俺は……」
即行で頭を振って、思念の中から奴の情報を弾き出す。
──べちゃ。
すると、そんな音と同時に、俺の服に何か冷たいものが付着したことに気がついた。
「あ……」
買ったばかりのソフトクリームが、見事に残りすべてがコーンから抜け出て、俺の着ていた洋服に付着していた。
「買ったばかりだったのに……」
俺が払った銅貨一枚返せ!と叫びたくなる。
俺はその言葉を呑み込むと、ポケットから出した風を装って、ティッシュでそれを拭った。
まだちょっと冷たい。
放っておいたらべたべたになるな、これは。
俺は辺りを見回すと、公衆トイレを見つけて、中に駆け込んだ。
「あれ、先輩じゃないですか!奇遇ですね、こんなところで!どうしたんですか?アイスでも溢しました?」
トイレに入ると、洗面台の所で手を洗っているエリンに遭遇した。
「み、見てたのか?」
「いえ。テキトーに言ってみただけですけど、当たってましたか?」
彼女は咥えていたハンカチで手を拭きながら、にこりと笑った。
「……絶対に誰にも言うなよ?」
「はいはい、わかってますって。そんなことより、早く着替えないとべたべたになりますよ?」
彼女はそう言うと、鞄からウェットティッシュを取り出して、俺の服を拭い始めた。
「替えの服は持ってますか?」
「持ってないけど──」
──創る。
そう言い掛けた途端、彼女は俺の唇に人差し指を当ててきた。
「そういうことは、外で軽々しく使わないでください」
「……」
その目は、以前出会った頃の、のほほんとした丸いものではなく、どこか、真剣そうな目をしていた。
俺は、そんな彼女に気圧されたのか、それ以上は喋らなかった。
「先輩。これから服を買いにいきませんか?」
「え……あ、えっと、それは……」
ふと、脳裏に去年の着せ替え合戦の光景が過った。
「大丈夫ですって!貴族みたいにお金持ちじゃないから、大した服は買ってあげられませんけど、安くても、可愛く着こなせる方法を教えてあげますから!」
「いや、それが問題なんだけd」
「子供は遠慮しちゃダメです!」
彼女はそう言うと、俺の手を引いてその場を後にした。
子供じゃないと言いたいのに、否定できないこの辛さ。
なんだろうな、これは。
滅茶苦茶悔しい。
そんな事を思っいながら、彼女に手を引かれていると、ふとエリンの掌が汗で濡れていることに気がついた。
心なしか、足も最初から駆け足だし、顔もひきつっているような……。
「な、なぁエリン?」
「ちょっと口を塞いでいてください。舌を噛みますから」
彼女はそう言うと、俺の体を抱き抱えて、身体能力強化Ⅱの魔法を行使して跳躍した。
不審に思った俺は、魔力反射の法を行使した。
しかし、それは強制的にキャンセルされることになった。
「今は我慢してください。相手にバレます」
彼女はスタンとビルの屋上に着地すると、近くの物陰に俺を隠した。
「何が起きてるんだ?」
「ノスポール帝国の残党、その暗殺部隊っぽいですね……」
ノスポールの残党?
暗殺?
「これは、アブル先生が言っていたことですが、この国の兵力や経済力の殆どは間接的、直接的にも、先輩の存在が要らしいんです。察するに、おそらくクーデターでも起こそうと考えているのでしょう」
クーデター……。
「エリンはどうするんだ?」
「応援は既に呼んであります。私はそれまで足止めですね」
俺のせいか。
俺のせいでこうなっているというのか。
くそっ。
何がどうやって暇を潰すだ。
この国の人間は、俺を生かすために命差し出して俺を守っているというのに。
「俺が相手する。エリンは下がってろ」
そうだ、思い出せ。
俺は何のために魔導官になった。
もう、失わないためだろうが!
「ダメです、できません」
「俺が子供だからか?」
「はい」
彼女は鞄から拳銃を取り出すと、弾倉を確認してスライドを引いた。
「舐めるなよ、俺は──」
「言うことを聞いてください!死にますよ?」
……ぐうの音もでない。
俺は口をつぐむと、彼女にナイフを一振り渡した。
「それは……?」
そのナイフの平には、ルーン文字が彫られていた。
「あった方がましだろ?」
「ありがとうございます、先輩」
彼女はそう言うと、そのナイフを胸ポケットに仕込んだ。
次回、青リンゴVS機械人形




